第4話

 結局美優さんの手がかりはみつからなかった。

 江ノ島を離れたときにはすでに日が暮れはじめていた。桃香さんは藤沢駅近くのホテルに宿泊するというので、一緒に夕飯を食べてから、そこで別れるはずだった。

 ファミリーレストランで食事をしているとき、不意に桃香さんがいった。

「つぐみちゃんも一緒に泊まらへん?」

 即答できなかった。今は学生の特権である夏休み期間中、多少無理をすることはできる。お金以外は。

「お金は気にせんでええよ。みゅうと泊まるつもりでツインの部屋をとっとるし。それに、ひとりじゃ淋しいし」

「そういうことなら」

 あたしはうなずいた。美優さんのことは気になるし、彼女がみつかるまでは桃香さんのそばにいたかった。ひとりの友達として。

 とはいえ未成年であるあたしが無断外泊をするわけにもいかないので、自宅に連絡をする。電話にでたのはお母さんだった。正直に事情を話す。外泊なんて数える程度しかしたことないので反対されても仕方ないのだけど、条件つきで許可された。あまり気乗りしない条件であるけれど。

「どうしたん?」

「美優さんと再会できたら雪乃さんにも話しなさいねって」

「どうしてゆきのんに?」首をかしげる。

「雪乃さんは舞台の脚本を書いてますから、そのネタの提供に。お母さんは雪乃さんのファンなんです」

 雪乃さんとはあたしの初恋の相手で、今は小さな劇団に所属している。詳細は省くけれど、雪乃さんはあたしの初恋を題材に脚本を書いた。『月の歌』という舞台公演は、小さな劇場だったけれど成功に終わり、それを観劇したお母さんは感激して、すっかり雪乃さんのファンになってしまった。自分の恋物語を親に観られるのは、ものすごく恥ずかしかったけれど。

「ええんとちゃうかな。みゅうと会えたら、ゆきのんに話しても。むしろ話さないとあかんよ。親友でしょ?」

「舞台のネタにされるかもですよ?」

「ええよ。ハッピーエンドになるなら、うちは大歓迎や。ゆきのんの舞台ならうちも観てみたいし」

 あたしは深く溜息をついた。恥ずかしさが先行して頑なになってしまっているのか、桃香さんの心が広いのか。たぶん、その両方。

「舞台化する前に現実でもハッピーエンドを迎えないとですね」

「せやね」

 桃香さんが同意した。


 食事をすませてファミリーレストランをでると、桃香さんに手を引かれ半ば強制的に買い物をすることになった。目的はあたしの着替え。洋服に頓着しているわけではないので量販店の安いシャツでいいと伝えたら拒否されてしまった。曰く、「うちの我儘につきおうてもらうんやし、つぐみちゃんに変な格好はさせられへん」と。

 友達が少なく普段はインドアな生活をしているので、洋服は親が買ってきたものを適当に着ていることを話すと、桃香さんはなぜか俄然とやる気をだした。

「うちが可愛い服を買うたげる。適当な服じゃもったいない。美人なんだから」

 美人という言葉は否定したものの、厚意には素直に甘えることにした。いくつかの店舗をまわって購入したのは、ネイビーブルーの半袖のワンピース。セーラー襟で胸元に大きな白いリボンがついている、落ち着いた色彩のシンプルなデザインだけど、可愛らしい服。

 試着した姿を桃香さんにみせると、「想像してた以上に可愛い」と満足そうに笑った。あたしもうなずくしかなかった。自分でも驚くほど似合っていた。まるであたしのために用意されたんじゃないかと錯覚してしまうくらいに。

 ワンピースと一緒に買ったのは同じ色のヘッドドレス。リボン柄の黒いソックスと白い靴。それと、いくつかのTシャツと下着。

 お会計をすませたあと、桃香さんにお礼をいった。

「大切にしますね」

「ええよ、別に」軽く首を振る。「大切にせんでもええから、つぐみちゃんももっと可愛い服を着ないとあかんよ」

「……はい」

 ワンピースに一目惚れしたあとだと反論ができなかった。家に引きこもる生活を少しは改めないといけないかもしれない。たまには書を捨て町へでる必要もあるかもしれない。少しだけ反省した。


 ホテルにチェックインしたのは夜の十時すぎだった。

 疲れていたのか桃香さんはシャワーを浴びたあと、すぐに眠ってしまった。もしかしたら不安で昨日は充分に休息していないのかもしれない。

 逆にあたしは眠れなかった。

 美優さんのことが気になってしまい全然寝つけない。眠るのをあきらめて、あたしは起きあがった。薄明かりのなか、荷物から手探りでラジオを取りだしイヤホンを耳にする。音漏れで桃香さんを起こさないように控えめの音量でスイッチをつける。

 はじめて聴くガールズポップが流れていた。ラジオをテーマにした曲で、声は電波にのって遠くの街まで旅をするというような歌詞。

 ラジオを聴きながら美優さんのことを考える。

 美優さんはなぜ姿を消したのだろう。桃香さんのことを嫌いになってしまったから? それはないと信じたい。もし嫌いになったとしたら、桃香さんとの思い出の場所を訪れるはずがない。美優さんはまだ桃香さんのことが好きなはず。

 家族や友人のことで悩んでいたとは考えられないか。と思ったものの、その考えはすぐに打ち消した。中学校と接点のない桃香さんは相談しやすい相手のはず。家族のことで悩みを抱えていたとしても、桃香さんは話しやすい相手だと思う。相談とまではいかなくても、不平不満を漏らす程度はあっても不思議はない。

 桃香さん以外に誰か好きなひとができたとかはどうだろう。これは考えられる。けれど、家出をする理由がわからない。後ろめたさから桃香さんの前から逃げだしたくなるのはあるかもしれないけど、わざわざ鎌倉まできたのはどうしてだろう。ここで詰まるということは、おそらくこれも正解ではない。

 滋賀から鎌倉まで、けして近くない距離を旅したことを考えると、美優さんは桃香さんを嫌いになったわけではない。これは断言してもいい。好きだけど行方をくらませる理由──。

 頭の片隅でなにかが引っかかっているのだけど、その正体がわからなかった。

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