第16話人はいい加減だ

 僕たちの住む街は県外れにある小さな街で、プチ田舎みたいな場所だ。

 市内に何があるかと言われれば、駅前に構えるショッピングモールくらい。あとは、個人で営業している小さなお店がちらほら見受けられるくらいで、これといったメディア受けしそうな催し物も建物も存在しない。


 もちろん、市内のどこからでも山は見えるし、少し車を走らせれば海だってある。便利か不便かで言えば、便利な街ではあると思う。自然も商業も程よく存在していて、住みやすい街ではある。その反面、全部が中途半端とも言えるわけだが。


 そんな器用貧乏な街で、唯一僕が誇れると思っているのが、真夏のピークである八月中頃に行われる夏祭りだ。

 海沿いで打ち上げられる花火を学校の屋上で見るのが、僕と愛衣のここ数年の恒例だ。海から山の上の学校まではだいぶ距離があるため、花火自体はそこまで大きく見えるわけではないのだが、花火が自分の目線よりも下で大輪を咲かせる様は、いつ見てもなぜか感動してしまう。まるで、手を掲げて欲していたものが、すごく近くにあるような気分になれるのだ。

 愛衣は神様になった感じとか言っていたが、まさにその通りだ。普通に見上げる花火が一人称的とするならば、学校の屋上から見る花火は俯瞰、三人称的、まさに神様視点だ。花火も見えれば、それを見上げる人や海沿いをずらっと並ぶ屋台だって見える。


 一般的に見れば、大したことのない普通の夏祭りだろうけど、僕にとっては一年で一番心がゆり動くイベントだと言っても過言ではない。


 でも、今年に関しては夏祭りが憂鬱にすら感じる。現にこうして待ち合わせ場所で三人を待つ間も、頭を埋め尽くす黒い霧は晴れることはなく、ぐるぐると渦を巻いていた。


「おーす、お待たせ」


 最初に待ち合わせに現れたのは幸田だ。祭りということもあって、普段よりも人が多いため、声をかけられるまで気づかなかった。


「げっ、幸田まで浴衣かよ」


 シンプルな黒灰色の浴衣と下駄に身を包んだ高身長の男は、不思議そうに首を傾げる。


「当たり前じゃない? 実笠こそ、なんで私服なんだよ」


「僕はいいんだよ。これで」


 整った顔だちに浴衣は男から見ても似合いすぎてて、若干気持ち悪いという感想すら出て来る。ゆるい腕元から覗く筋肉質な腕とか、浴衣越しからでも分かる分厚い胸板とか、貧弱身体の僕が隣で同じように浴衣なんぞ着ようものなら、盛大な公開処刑も同然だ。


「にしても、女性陣は遅いな」


「愛衣はいつも時間にルーズだからな。五分遅れはいつも通りだよ。でも、桜坂はいつも時間ぴったりに来るイメージだから意外だな」


「俺、佐野倉と待ち合わせすると必ず先に待っててくれるけど」


「それはお前だからだよ。僕は絶対に十分は待つ」


「信頼関係があるからできることだと思うけどな」


 そうだけど、そうじゃないんだけどなぁと心の中でぼやいてみる。


 後ろの時計台が五時半を重低音で合図する。


「それにしても、やっぱりカップルが多いな。俺の後輩も彼女と行くって言ってたしなぁ」


「羨ましいの?」


 幸田は少し考えるように目を瞑る。


「んー、どうだろう。そりゃ、もちろん彼女がいたとして二人で屋台まわったり、花火見るのは楽しいだろうけど、友達とでも楽しいから、なんとも言えないよな。俺は恋愛がいまいち分からないからさ」


「それは、僕も同意見だけど……」


 前を行き交う恋人たちに目を向ける。糸が繋がっている二人、正反対を向いている二人。もちろん、両方いる。ただ、圧倒的に赤い糸が繋がっていない方が多い。


 どっかの本で読んだ気がする。人は家庭を持つに到るまでに最低五回は恋をして、三回の交際をするものだと。これがどれだけ信憑性があるのか定かではないけど、僕が率直に抱いた感想は、恋愛ってかなりいい加減で、人間の心次第なんだなというものだった。


 また、違う本には、恋愛はタイミングだ。その時、偶然出会い、偶然恋に落ちるものだ、と書いてあった。ロマンチックと感じる人もいるだろうけど、やっぱり運命が見える僕には理解ができないことだ。



 結局、女性陣は五分遅れで一緒に来た。


「ごめんねー。一緒に着付けしてたら遅くなっちゃった」


「なるほど、ちょうど中間くらいの時間になるのか」


「何が?」


「いや、なんでもない。桜坂、浴衣似合ってるよ」


 紫紺色に牡丹の花模様の浴衣に薄黄色の帯で着飾った彼女は照れる様子もなく、小さく微笑んだ。


「ちょっと、私は似合ってないっていうの?」


「愛衣は毎年見てるだろ?」


「はーうっざ。そうだけど、そうじゃないでしょ」


 先ほど、僕が幸田に抱いたことを愛衣にそのまま言われる。彼女が本当に見て欲しいのは幸田のはずなのに、ほんと女心って難しい。


 愛衣はさあ、褒めろと言わんばかりに両手を広げて、朱色の生地に白椿の模様の浴衣を見せびらかす。


「すごい似合ってるよ。な、実笠」


 幸田が腕を組んで一人満足げに頷く。


「へっ!? あ、ありがとう。その、えっと……雲宮くんもに、似合ってるよ!」


「おっ、そうか? サンキューな!」


 なんだか、すでに僕と桜坂はお邪魔虫なんじゃないかと思ってしまう。それくらい、二人の間には良い雰囲気がにじみ出ている。


「篠原くんは浴衣着て来なかったの?」


「だって、あれと比べられるの嫌だろ」


 桜坂は不思議そうに首を傾げて幸田と僕を見比べる。


「そうかしら? 私は少し見たかったのだけれど」


「やだよ、恥ずかしい。目立つのも好きじゃないし」


「みんな浴衣のグループに一人私服がいる方が目立つわよ」


「うっ……じゃあ来年な」


「あら、これで来年のお祭りに楽しみが追加されたわね」


 彼女は満足そうにしたり顔をする。


「ほら、二人ともー早く行くぞー」


 気がつけば幸田と愛衣は歩き出していた。呑気に首に両手を回してキョロキョロ周りを見渡しながら歩く幸田の横はがっちり愛衣が確保している。


「私たちも行きましょう」


 隣の桜坂も珍しく舞い上がっているように見える。


「そうだね。はぐれてもめんどうだし」


 こうしてこの夏、僕にとって長く、心に深く刻まれる夏祭りが始まった。

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