第15話夏休み

「ですからして、三年生は受験生としての自覚を持ち、また本校の生徒としてふさわしい行動を――」


 長ったらしい校長の言葉は、きっと僕だけじゃなくて大半の生徒の耳には入っていないだろう。体育館の壁際で気だるそうに突っ立っている僕らの担任すらも聞いていないように見える。

 マイクを通した大きな声ですら内容が入って来ないくらい、今年の夏は暑く、映像越しであればきっと最高の雰囲気を感じられるはずだ。しかし、実際は滲む汗も、青すぎる空を貫かんと立ち昇る入道雲も、その場にいればうっとおしいだけだ。


 夏が嫌いだとは言わない。でも、夏だろうが、冬だろうが、その時になればその季節が嫌になる。暑すぎるし、寒すぎるし、実際に体感しなければ見方も感じ方も違うということだ。


 校長のありがたい話が終わり、教室に戻ると、あとはホームルームで一学期が終わる。


「あー、俺からは特に話すこともないんだけど、受験生としての自覚を持ってだな、あとは本校の生徒なんだぞってのをちゃんと意識して――」


「先生、それさっき校長先生が話してましたよ」


 クラスの真面目な女子が口を挟む。僕からすれば、同じことを話していようが、いまいがどっちでもいい話だ。


「あー、そうか……いや、そうだったな、すまんすまん」


 結局、担任の話もさほど耳に入らないまま、ホームルームが終わり、夏休みへと突入する羽目になった。三年生は補習なり、受験対策などがあるため、頻繁に学校に来ることになるのだが、それでもやっぱり夏休みという響きが、クラス中にいつも以上に活気をもたらしているように見える。


 今年の夏は長くなりそうだなと、痛いくらいの強い日差しを燦々と浴びる席から立ち上がり、図書室へと向かった。




 夏休みに入って、彼女と初めて会ったのは幸田の最後の大会の会場だった。結局、終業式の日は彼女は病院へ行っていたらしく、図書室に彼女の姿はなかった。


 幸田が順調に勝ち進んでいく様を当然のように眺めながら、彼女とたわいもない会話を繰り広げる。


「そういえば、篠原くんは大学はどうするの? 進学はするでしょう?」


「んー、まだちゃんと決めてはいないんだけど、とりあえず東京には出たいなぁって考えてる。桜坂は?」


「私もしっかり決めてないけれど、東京に出るわ。この近くには、私でも通えそうな大学は無いもの」


 自然と視線が彼女の喉に向かってしまう。こうして会話をしている相手が、喋れなくなるとはいまだに信じられないでいる。


 しかし、日を追うごとに彼女は確実に話を途中で途切らせることが増えた。最近では、一時間と持たずに苦しそうに喉に手を当てて咳き込んでしまう。その度に、僕は彼女を気遣って話を切るのだが、彼女は頑なに喋り続けた。まるで、運命に抗うように……。


 結局、あっさりと次の大会の出場権をゲットした幸田は、まだまだやり足りなさそうな表情でコートから出てきた。試合中から僕と桜坂を見つけていたようで、笑顔で手を振って来る。


 桜坂は小さく手を振り返していたが、僕は後ろについた手をあげることはなく、代わりに舌を出した。


「こんな時くらい、しっかり応援してあげればいいのに」


「僕がここに来た時点で、最大限の応援になっているんだよ」


「それもそうね。雲宮くん、すごい嬉しそうだもの」


 ペアの人と別れた幸田の元に愛衣がタオルと飲み物を持って駆け寄る。遠すぎて何を話しているかは分からないが、二人とも笑顔で見つめ会っている。


「良い二人ね」


 桜坂が珍しく口角を上げて言った。


「……そうだね」


「あの様子なら、二人っきりで夏祭りに行ったって、大丈夫そうに見えるんだけど」


「僕もそう思うんだけどね。側から見れば、もう恋人同士に見えてもおかしくないよね。実際、クラスには勘違いしてる人もいたし」


 今日も、憎たらしいくらい澄み渡った青空だ。でも、反面に僕の心の黒ずみは消えるどころか、増え続けていた。


「夏祭り、楽しみね」


「…………うん」


 結局、僕は彼女の言葉を否定することはできず、空を見上げたまま曖昧な返事をした。


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