第30夜  ヌシ様

 ーーかつかつ……


 通りをヒールの音たてながら颯爽と歩く女性がいた。


 黒のミニスカートにニーハイブーツ。

 きゅっ。と、締まった腰。


 赤いトップス。

 黒の薄手のロングコート。


 少し派手めの化粧。

 紅いリップは光沢で煌めく。

 唇ーー左下にホクロ。


 セクシーな女性だ。


(参っちゃったな~……。何処行っちゃったんだろ。)


 はぁ~~


 深いため息つきながら歩く。

 その女性はふとーー商店街に差し掛かる。


(このまま帰ると……キレられるよね。さっさと……連れて帰らないと……)


 コートのポケットに手を突っ込みながら商店街に入る。


 闊歩しながらもその表情は暗い。

 セミロングのさらっとした黒い髪が靡く。


「ごちそう様でしたー」


 その声に女性はハッとした。


「いた!!」


 駆け出した。


 小料理屋ーー忍の前まで。


 戸から出て来たのは楓。

 店の中に声を掛けている。


 その後ろから葉霧も出て来た。


「あ~~~! やっと見つけたよ! ちょっと!」


 腰に手を当てて仁王立ち。


 店の前で待ち構える。


「なんだ? お前。」


 楓は女性の姿にそう聞いた。

 葉霧は戸を閉めた。


「楓。知り合いか? みたいだが……」


 葉霧はそう言いながら女性を眺めている。


(また……忍さんとは正反対なのが出て来たな。)


 とても華やかな女性である。


「アンタ達だよね? の事。殺したの。」


 女性は腕を組むと不快そうな表情をしている。楓と葉霧を睨みつけている。


「メリィちゃん?? なんだ?」

「さあ?」


 楓と葉霧は顔を見合わせた。


「ちょっと! とぼけないでよ! アンタ達のせいで大変なんだからあたし! ……そりゃ~……任せっきりにしてたのは悪いと思うけどさ。」


 女性は怒鳴ったかと思うとぶつぶつと言う。

 楓ははぁぁ~~~と、ため息つく。


「あのさ。なんだか知んねぇけど……人……」


 ごほん。


 楓は咳払い。


「鬼違いじゃねぇの? だいたいメリィちゃんってなんだ? どっかの猫か?」


 楓はきちんと言い直した。

 それでもその眼はとても不満気だ。


「あ!」


 葉霧が突然……声をあげたのだ。


「心当たりあるわよね?」


 女性は葉霧を睨む。


「楓。だ。獅子の……」


 葉霧は楓に視線を向けた。


「獅子~~??」

「居ただろ? ビルの地下に。」


 楓の怪訝そうな顔に葉霧はそう伝えた。


「あ! メリィちゃん!!」

「だからそう言ってるでしょ!!」


 楓の声に女性は怒鳴った。

 余りにもふざけた態度に見えたからだ。


 緊張感とは無縁なのがこの二人だ。


「それがどうかしたのか?」


 葉霧は女性にさらっと聞いた。


「どうかしたか? じゃないのよ。あのね……あれはのモノなの。商品なの!」

「商品??」


 楓は素っ頓狂な声をあげた。


(………獅子の化物が商品? よくわからないな……)


 葉霧は首を傾げた。


「とにかく! ヌシ様が呼んでる。ちょっと来て貰うわよ。」


(はぁ~良かった。見つかって)


 楓と葉霧はこうして女性に連れ出された。



 女性が先導して歩きその後ろを楓と葉霧が歩く。


「ヌシ様ってなんだ?」

「さあな。」

(また……面倒な事になったな……)


 商店街の中を歩く。

 入口とは反対に向かって歩いて行く。


 目の前の女性はーー本当に颯爽としていた。


 小料理屋忍から少し歩いた所だ。

 お店を五~六軒。通り過ぎた所で女性は立ち止まった。


「ここよ。」


 女性が立ち止まったのは書店の前だった。


 年季の入った町の書店。

 看板には【はらだ書店】。二階建ての建物だ。雨避けの屋根の上に窓がある。


 入口のガラスドア。その横のショーウインドウには【新刊入ってます】の手書きPOP。

 蛍光カラーのピンクの紙で、貼られている。


「本屋?」


 葉霧は目を丸くした。

 何処からどう見ても書店だ。


 女性は何も言わず自動ドアに進む。


「ここにいんのか? ヌシ様ってのは。」


 楓は怪訝な顔をしながらも……女性の後に入った葉霧の後を追った。


 店内には所狭しと棚が並び……様々な本が陳列されている。葉霧は少々……狭いながらも充実した陳列棚に目を瞠る。


(普通の本屋だな)


 入った事は無い。

 行きつけの書店はこの近所にある。

 デパートの中に大きな本屋がある。

 葉霧はそこを利用している。


 店の奥にはレジカウンター。


 棚と棚の間は狭いがーーそれでも人二人はすれ違えるだけの、広さはある。


「いらっしゃいませ」


 女性はさっさと奥に向かう。

 それを追うと、カウンターにいる男性がにこっと笑いかけてきたのだ。


 蒼いエプロンをした白いワイシャツ姿。首元にはしっかりと……ブラウンのネクタイ。


 ライトブラウンの頭は短めでツンツンしている。何よりも……体格ががっちりしていた。


 葉霧は目元までしっかりと瞑り口角あげて笑顔を絶やさず……自分達を見ている男性に視線を向けた。


(胡散臭いな……)


 印象はそうであった。


 がちゃ。


 カウンター脇を通るとドアだ。女性は、そのドアを開けると、直ぐに階段なのか降りて行った。


 ドアは開けっ放しだ。


 店内は白色の蛍光灯でとても明るい。

 だが、階段は暗い。


 白色の蛍光灯が天井に設置されているが一本。下に三箇所。それが……照明であった。


「楓。足元……暗いから気をつけて」


 葉霧はスマホのモバイルライトを照らした。楓に渡す。


「ん……」


 楓は受け取ると後ろから葉霧の足元も照らせる様に翳した。


 階段を少し降りた所で


 バタンッ!


 ドアは勢いよく閉まったのだ。

 その音は、このコンクリートの壁に囲まれた空間には、凄く響く。


「え? なんで? そんなキレてたのか? アイツ……」

(まじ……ビビった~~~)


 楓はドアの方を振り向いた。

 ちょっと顔は強張っている。



 葉霧は、少し急な階段をヒールなのに物ともせず、降りてゆく女性に視線を向けた。


 女性は一度も此方を見ない。


 長い階段だった。


(感覚的に二階分は降りてるな……)


 少し先を降りてゆく女性の背中を、追うカタチで降りて行く。


 女性は下に着くと……ドアを開けた。葉霧と楓は奥に入って行く女性の後を追う。


 階段を降りると空間が広がる。


 ガチャ……


 鉄製のドアは閉めると冷たく響く。


「なんだ? ここ?」


 楓は、配管パイプが天井に、幾つも繋がれたその空間を見回した。コンクリートの壁を、オレンジ色のライトが照らす。


 天井にはライトが間隔的に設置されている。そのせいか部屋の中も、オレンジ色に見える。


 何も無い空間だ。


「葉霧」


 楓は葉霧にスマホを渡した。

 葉霧はライトを消すとスマホを、デニムのポケットに突っ込んだ。


 細い通路を歩く女性の背中が明るいライトに照らされた。


 横から眩しい程のライトが照らしている。

 その一角だけ異様に明るい。


 ポンプの音とモーターの音もする。


「水槽か……」


 葉霧は柱の影に隠れていて見えなかった水槽にそう呟く。


 だが次の瞬間。


「わっ!」


 楓が背中からしがみついてきたその行動に

 葉霧はビクッ!とした。


「何?」


 葉霧は振り向く。

 背中にしがみつき横を向く楓がいる。

 水槽の脇を今……歩いているのだ。


「いやいや。見ろって! なに……スルーしてんだよ! おかしいだろ!」


 葉霧は横を向いた。


 ぎょっ。とした。

 明らかに。


 二人は水槽の前で立ち止まった。


 大きな水槽だ。奥は深くどこまで続いているのかわからない。アクリルの箱だ。


 水族館などに置かれている様な大きさだ。


 そのアクリルにぺたっと張り付きコッチをじっ。と見てる大きな瞳。


「人魚…………」


 葉霧は呟いた。


 楓が驚いたのは、このぺたっとくっつき、自分達を見てるその光景に、出会したからだ。


 パールのブレスレットをつけた美しい人魚だ。腰から下は鱗のついた煌めく尾。


 上半身はから女性の特徴的な裸体がそのまま。


 両手をアクリル板にくっつけて葉霧を覗く金色の瞳。瞳の上の睫毛はとても長い。


 お人形の様な顔立ちだった。


 長いエメラルドグリーンの髪が揺らめく。


「痛っ! 何?」


 急に背中に走った痛み。

 楓が背中を抓ったのだ。


「なに……おっぱい見てんだよ! 変態っ!!」

「はぁ?? 目を見てただけだ。」

「嘘つくなっ! この柔らかそうな白い……」


 楓がそう喚き出すと、葉霧はその口を手で塞ぐ。


「うるさい」


 そう制した。


 楓の口から何が飛び出すか、わかったものではない。


 葉霧と楓が通り過ぎると、美しい人魚の顔は豹変した。


 シャーッ!!


 シーラカンスの様な顔に豹変した。

 白く濁る眼が通り過ぎた二人を睨む。


 青褪めた鱗に囲まれたその顔。

 トゲトゲした歯が覗く口。


 恐ろしい顔つきをしていた。


「あの娘ね。一番人気なのよ。」


 女性は待っていた。

 水槽の脇を通ってくる楓と葉霧を。


「アレは……何なんだ?」


 葉霧は微笑む女性にそう言った。


「観賞用のペット。」


 女性はコートのポケットに両手を突っ込んだままだ。


「ペット?」

「そう。ただ愛でるだけのペット。」


 そう言うと歩きだした。


 奥に……進む。


 広い洋間。

 それは突然広がった空間だ。


 床に敷き詰められた絨毯。

 アンティーク調の大きなテーブル。


 その前に膝掛けをした者がいた。


「ようこそ。【あやかし専門ペットショップ】へ。」


 ここは【あやかし専門ペットショップ】

 レンタルペットショップ【ジェニー】


 にたぁ。


 と、笑うのは大きな口に真っ赤な口紅を塗った蝦蟇蛙の顔をしたあやかしだった。


 蝦蟇蛙は紫色の顔をしている。その頭には少し斜めに被ったウェディングハット。真紅のハットに漆黒の薔薇のコサージュ。


 身体はとても大きいがひらひらの、レトロなヨーロッパ風のドレスだ。昔の貴族が着ていた様な、真っ赤なドレスを着ている。


 足元は蛙の足そのものだが、足首にはレースのリボンを結んでいる。


(………こ……これはちょっと………)


 余り何事にも動じない葉霧であるが……既に……顔は真っ青だった。


「すげぇ………姫様カエルだ。」


 ブッ……


 葉霧は思わず噴き出した。


「やめろ。」

「えっ??」


 笑いを堪える葉霧。楓の揶揄めいた言葉がツボにハマったらしい。


「失礼なガキ共だね。」


 あやかしの手も蛙の手だ。

 だが、その手には指輪を嵌めている。


 大きなルビーが光る。


「この方がヌシ様よ。【ジェニーさん】」


 そう言ったのはここまで案内した女性だ。


 その後ろにはバニーの格好をした女性。

 更に筋肉質なバニースタイルの男性もいる。


 流石に黒のスラックスを履いているが、蝶ネクタイにウサ耳つけている。


 胸元がハート型に開いたワイシャツを着ている。


(………悪趣味だ……)


 葉霧は更にジェニーの隣に立つホストの様な男性にも目を丸くした。


 サテン系の真っ黒なスーツにキラキラした金のネックレス。ツンツンさせた金髪。メイクしたであろうキリッとした目元。

綺麗な男性だ。


「なんなんだよ? なんか鼻もげそうだぞ。ココ。臭せぇ。」


 楓は鼻を摘んだ。


(確かに……キツい香水の匂いしかしない)


 葉霧もさっきから感じてはいた。

 だが、余りにも目の前の状況が強烈で匂いどころでは、無かったのだ。


 部屋に充満している様々な香水の匂い。


「慣れればたいしことないよ。」


 ジェニーは笑う。


 ブフォっと。


 声は掠れたハスキーボイス。


「それで? 余り長居したくないんだが……」


 葉霧はジェニーの大きな黒い眼を見据える。


「頼みたいことがあんのさ。」


 ジェニーはまるで王様が座る様な椅子に座っている。


 その横に置いてあるテーブルから煙管を

 取ると、ホストの男はスーツの胸ポケットから……マッチの箱を取り出した。


 シュッ……


 火をつける。


 ジェニーの咥える煙管に火をつけたのだ。


 ぱくぱく…と、口を動かすと紫煙が湧く。


 紫煙はシャンデリアのついた天井に舞う。


「頼みたいことってなんだ?」


 楓と葉霧は同時に後ろに下がった。

 紫煙から離れる為だ。


 煙いのだ。とても。


 吐く量が多い。


 モワモワしている。


「【亜里砂アリサ】」


 ジェニーが視線を向けたのは、案内した女性だ。


「ついてきて。」


 亜里砂ーーは、楓と葉霧を促した。


「はぁ?? あのさー。何なんだよ? オレらお前みてーなヤツの道楽に、付き合ってらんねぇんだけど?」


 楓はとても不機嫌な表情をした。


「何を今更。お前達がメリィを、殺したのは知ってる」


 ジェニーは紫煙がもくもくとする口から言葉を吐く。


「だから! アレは不可抗力だっての! 殺らなきゃオレらが殺られてたんだよ!」

「いや? 別に責めてはいない。」

「はぁっ!?」


(何なんだ………)


 葉霧はため息つく。

 楓とジェニーのやり取りを聞きながら。


「言い方が悪かったな。仕事を頼みたい。」

「仕事? 俺達は……稼業を持ってないが」


 葉霧の眼は鋭くなった。

 ジェニーは大口開けた。


 ブハッブハッ……


 大口開けて笑ったのだ。


「それなら今からおやりよ。そうさねー。始末屋なんてどうだい? 人間と鬼のコンビだ。ピッタリの名前だよ。」


 ジェニーはまるで小馬鹿にした様な物言いだ。葉霧の視線は鋭くなる。


「話にならないな。楓。帰るよ」


 葉霧は楓の腕を掴む。


「お待ち! メリィを殺してくれたのは有り難い。」


 ジェニーの声に、葉霧と楓は振り向く。

 紫煙を吹き……ジェニーは椅子の肘掛けに肘をつく。



「アレは少々……手が掛かりすぎた。亜里砂の使が役立たずで、連れ出した挙げ句……ブクブクと太らせやがって。顧客もいたのに大損だ。」


(……それを言われると……)


 亜里砂は俯いた。

 バツの悪そうな顔をしながら。


「使い魔? あのランタン持った奴か?」

「そうよ! アンタが殺したヤツ!」


 楓の声に亜里砂はキッ!と、睨みつけた。


(……確か……白髪の紳士の様な奴だったな。そうか。得体が知れなかったのは、使い魔だったからか。)


 葉霧を獅子の姿をしたあやかしの場所まで案内した男である。


「亜里砂。お前の使い魔がメリィを連れ出したのはわかっておろうな?」


 ギロッ。


 ジェニーの黒い眼は亜里砂に鋭く向けられる。


「わ……わかってます。ごめんなさい。」


 亜里砂はしゅん。とした。

 手を前で握り頭を下げる。

 ぺこぺこと。


「頼まれてくれんか? 放っておくと人間にも困るとは思うがな。メリィの様に」


 ジェニーは楓と葉霧にその眼を向けた。


「どういう意味だ?」


 葉霧はジェニーを見据えた。

 視線は鋭さを増した。


「表に出れば人間を喰らう。そいつは飼い主

 を、喰い殺した。まあ。レンタル飼い主だがね。」


 カンッ……


 ジェニーは灰落しを叩く。

 火種が落ちた。


「今はソイツを縛ってあるが……もうどうにもならん。アタシの力では抑えておけん。」


 ジェニーは楓と葉霧を見据える。


「タダでとは言わんよ。報酬をくれてやろう。」


 ジェニーの口元は緩く笑う。

 葉霧はため息つく。


「聴くだけ無駄だ。楓……」

「あ! やるよ! オレ。」


 葉霧の言葉を遮ったのは楓だ。

 しっかり右手挙げてる。ぴょーんと。


「は?」

「金くれんだよな?」

「ああ。やるよ。」


 ジェニーは楓ににやっと笑う。

 楓は腕を組む。


「それならやるよ。」

「楓!」


 葉霧は楓を強めに呼んだ。


「なんだよ? いいじゃん。オレのメシ代ぐれぇにはなんだろ?」

「いや……それとこれとは話が違う!」


 葉霧は頭を抑えた。


「話が纏まったんなら宜しく。亜里砂。案内してやんな」


 ジェニーは渋る葉霧を横目にそう言った。


「じゃ。ついて来て」


 亜里砂は部屋の奥のドアに向かった。

 楓は亜里砂の方に歩きだした。


 はぁ………


 葉霧はため息つく。

(困ったな……。楓にも自覚があるのか。そうゆう態度を出してるつもりじゃ無かったんだが……)


 葉霧は楓を追った。












































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