第29夜 ソイツは闇喰い
ーー【螢火商店街】
商店街はカフェモンドールなどがある通りの脇道にある。
楓と葉霧は、観光客などの多いその商店街に入る。
「いつもより人……多くね?」
楓は賑わう商店街の様子に目を丸くした。
完全に常連客になった【焼き鳥屋 とり
店先で炭火を焚き、網で焼きながら商売している。今も……順番を待つ人達でいっぱいだ。
「あ~………焼き鳥~~~」
もくもくと上がる白い煙。
炭に滴る特製タレの甘辛い薫りに楓はふらふらっと足を奪われる。
「オイ」
葉霧はイラッとした表情。
その声も張る。楓のパーカーのフードを掴むと引っ張る。
「なんだよ!焼き鳥盛り合わせ!」
「目的が違う。」
(朝メシ食ったばかりだよな?)
学園で人一倍……朝食を平らげた後だ。
僅か……一時間弱の事。
【小料理屋 忍】に着くまでずっとそんな感じであった。
匂いに誘われ……ショーケースに並ぶ商品に誘われ……ふらふらっと。
その度に、葉霧がフードを掴み引っ張った。完全なリードである。
その店ーーは、商店街の中ほどにあった。
落ち着いた佇まいの店である。
まだーー昼前だと言うのに暖簾は掲げてあった。藍色の暖簾には【忍】の一文字。
「ここだ。」
葉霧は店の前で立ち止まる。
「商い中。やってんじゃん!酒!」
「だから。まだ昼前だから。」
楓は大酒飲みだ。
次郎吉と良く呑みに行く。
葉霧は店の戸を開けた。
カラカラ……と、音を立てて木戸は開く。
カウンター席のみの本当にこじんまりとした店内だ。
「いらっしゃい。」
出迎えたのは藍染めのすすき模様の着物姿の女性だ。物腰柔らかそうな落ち着いた雰囲気の和服美人。正に……その言葉が似合う。
一瞬。ナチュラルなメイクを施した目が大きく開く。
グレーに近い瞳をしている。
「あら?珍しいお客様ね?どうぞ。」
店内にはお客が一人。
カウンターの奥の方に座っていた。
コの字型のカウンターは、湯気のたつ大皿の料理が幾つも並んでいる。
楓は戸を閉めた。
「失礼します。」
葉霧は女性の前に座る。
丁度いい高さの舞椅子だ。
楓は葉霧の隣に座る。
「鎮音さん……の、お孫さん?よね?此方は……鬼娘。」
女性はにっこりと微笑む。
楓と葉霧を見ながら。
「知ってるんですか?」
「ええ。貴方達有名よ。」
女性はおしぼりを交互に渡す。
「なにが有名なものか。人間とつるみ荒らしてるだけだ!」
カウンターの奥の方から怒鳴る声。
真っ赤な顔をしたスキンヘッドの男だ。
怒りなのか酒で赤いのかわからないが、顔は真っ赤。口元に黒いちょび髭。
目は据わっている。
「もっちゃん。おやめ。」
女将ーー忍が男を制した。
怒鳴る訳ではなく叱りつける口調だ。
「もっちゃん??」
楓はきょとんとした。
「ええ。
ぐび……
もっちゃんーー茂吉は、お猪口の酒を飲み干した。
「カワウソ??タコかと思った!茹でダコ!」
「てめぇ!頭見てから言うなっ!」
楓の声に茂吉は怒鳴りつけた。
(………カワウソ……はもっと可愛いよな?)
葉霧は首を傾げる。
フフフ……
忍は控えめな笑い方。
口元に手を置いて笑う。
何とも色香漂う御方だ。
「何か飲む?」
忍の声に楓は顔をあげた。
「オレ……冷酒!しかも鬼殺し。」
「楓!」
葉霧が声をあげた。
次郎吉に勧められーーすっかりお気に入りのお酒に、なった。
「え?ダメ??小料理屋なのに??」
「烏龍茶二つ。」
楓は、葉霧をうらめしそうな顔で覗く。
葉霧はさっさと注文する。
「マジか………鬼だ………」
「鬼はお前だ。」
楓はカウンターのテーブルに頭をついた。
フフフ……
忍はそんな二人を見ると笑う。
(飼い犬とご主人様ね。完全に。)
忍は氷を入れると、烏龍茶をグラスに注ぐ。二つ。
「酒も飲まねぇのが何でここに来たんだ?」
茂吉は徳利でお酒を注ぐ。
お猪口に。
「少しーー聴きたい事があるんですが……」
葉霧は烏龍茶のグラスを受け取る。
忍を強く見据えた。
「あら?私に?何かしら?」
忍は伏せっている楓の前にグラスを置いた。着物の袖を掴みながら。
楓はその音に顔をあげた。
(ホントにお茶……烏龍茶………。焼酎入ってねぇかな??)
楓はグラスを持つと口につける。
がっくりと項垂れた。
「昨日……奇妙なモノを視ました。」
葉霧は楓の事は放置だ。
隣にいるから視界に入る。
「ウワサ……は聞いたわ。人間が暴れたって……」
忍は鼈甲の簪をつけている。
首を傾げると鈴の音が響く。
簪には、小さな鈴がついている。
「そんなもん。日常茶飯事だ。毎日のように殺人だ、強盗だ、暴力だ……ニュースになってる。そんなんでイチイチーー俺達あやかしのせいにされたら、溜まったモンじゃねぇ。」
吐き捨てる様に言ったのは茂吉だ。
葉霧は茂吉に視線を向けた。
「そんなつもりは無い。ただ……知りたいだけだ。」
たんっ!
茂吉はお猪口をテーブルの上に乱暴に置いた。
「知りたい??何の為にだ!退魔師一族がまた正義でも振りかざして、あやかし退治か!?」
茂吉の口調は、荒い。
それにーー葉霧を強く睨みつけている。
忍は袖に手を通し黙って聞いていた。
「言っとくが……あやかしが大暴れして人間に危害を与えてたのは昔の話だ!今じゃみんな大人しく暮らしてる。所帯持ってこの世界で生きてる奴もいる!」
身振り手振り。
茂吉は興奮しているのか葉霧を睨み捲し上げる。
「わかっている……。力の無い俺に、手を出して来なかったのも……あやかし達が変わったからだと理解してる。殺そうと思えば殺せた筈だ。」
葉霧の眼は強いーー。
茂吉を見据え何よりも堂々としている。
自分への中傷を受け入れている。
「ああそうか。そこまで言うならお前。この街に棲むあやかし達を……護ってくれるんだろうな?」
「茂吉!いい加減にしな!」
キッーーと、鋭い眼差しで睨むのは忍だ。
その口調も強い。
茂吉は黙った。
「ごめんね。茂吉は絡み酒なんだ。悪く思わないでね。貴方だけじゃないから。いつも喧嘩になるのよ。」
忍の声に茂吉は不貞腐れた顔をしている。
「いえ」
葉霧は忍に笑いかけた。
「あのさ~……護る。護らねぇもねぇんじゃねーの?葉霧は退魔師だけど……神じゃねぇからな。」
楓はからから……とグラスを揺らす。
氷が揺れる。
「人を喰って生きてきたオレ達が……人間に護って貰おうなんて考えるのが間違いだ。協力はアリだけどさ。」
楓は烏龍茶を飲む。
「そうね。自分の事は自分で。茂吉。私達は腐ってもあやかしだよ。それがことわりだ。」
忍はーーとくとく。
お猪口に冷酒を注ぐ。
それを楓の前に置いた。
「ちょ……忍さん!」
葉霧がぎょっとして止めた。
「一杯だけ。」
ぱちん。
忍は葉霧にウィンクした。
にこっと笑いながら。
(いやいや……)
葉霧はため息つく。
「いいのか!?」
「私も飲むから。」
忍の手にはお猪口。
かつん。と、楓と合わせる。
「そんな事は………わかってるさ。」
茂吉はぼそっとーー話だした。
お猪口にお酒を注ぐ。
葉霧は茂吉に視線を向けた。
「こんだけ穏やかな日々が続いたんだ。それが……もしかしたら失くなるかもしれないなんて……」
茂吉は頭を押さえた。
少しテカるその額を。
徳利を置いた。
「茂吉……。あんた、なんか知ってるね?」
忍はお猪口を台の上に置いた。
目の前には作業出来る台がある。
茂吉はーー静かに息を吐く。
「アンタの言う……黒い影なら俺も昨日。見たよ……。」
楓と葉霧の目は見開いた。
「茂吉さん。何か知ってるなら教えて欲しい」
葉霧は身を乗り出した。
茂吉の表情は青褪めていた。
だがーー口を開く。
「アレはーー
「闇喰い?」
楓が聞き返した。
茂吉は楓と葉霧に顔を向けた。
真っ直ぐと。
「その昔ーーアイツらに、大勢のあやかしが喰い殺された。奴らはーー身体の中に取り憑いて殺意と悪意の塊を、創り出す。つまりーーあやかし達は殺し合ったんだ。」
茂吉は険しい表情をしていた。
「それはーー憑き神とは違うのか?」
「憑き神?アレは闇喰いの破片みてぇなモンだ。解りやすく言えば……闇喰いの手下だ。」
茂吉の表情は一段と曇る。
葉霧は少しーー恐がっている様な茂吉を見据えた。
「つまりーー闇喰いに取り憑かれると生存は不可能。そう言う事か?」
「ああ。奴等は……タチが悪い。自分達で創り出した悪意と殺意の塊から、その心の闇を喰って生き続ける。塊が死ねばまた……他の奴に取り憑く。」
葉霧は茂吉の言葉に手を顎についた。
(昨日……死んだ人間から黒い影は出て行ったと言ってたな。そうか……来栖警部に銃殺されて本体が死んだからか。)
楓の話を思い出したのだ。
「闇喰いを……殺せるのは退魔師だけだ。」
茂吉はハッキリとそう言った。
(ああ。だから護ってくれみてぇな事を言ったのか。まー。闇を滅ぼせるのは、退魔師だからな。)
楓は納得していた。
「闇喰いが何処にいるのかは、わからないのか?」
葉霧がそう聞くと茂吉はため息つく。
「昨日……あの黒い影が飛び立った時に空が一瞬……黒く覆われた。奴等は……散らばってる。何処にいるのか。なんてわからねぇよ。アイツらは闇に生きるあやかしだ。」
(また……随分と厄介だな。)
葉霧は烏龍茶を飲んだ。
新たなーーあやかしとの出遭いであった。
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