第31夜 一角兔
ーー部屋の奥のドアは青い鉄の扉だ。
亜里砂はドアを開けた。
オレンジの裸電球が天井から吊り下がっている。コンクリートの壁に囲まれた階段だ。
鉄製の階段が、続く。
カンカンカン………
降りる度に亜里砂のヒールの音が冷たく響く。手摺に捕まりながら慣れた様子で亜里砂は降りる。
「なぁ? そのレンタルペットってのは何なんだ?」
楓は亜里砂の後ろから降りて行く。
手摺を伝いながら。
葉霧はドアを閉めると降りる。
「貸し出すのよ。あやかしを。番犬代わりでもいいし、さっきみたいな観賞用にしてもいいし。人手の代わりにしてもいい。」
「派遣みたいだな。」
葉霧は後ろからそう言った。
「ん~……似てるかもね?」
「んで? 今から会うヤツは、なんでその飼い主とやらを殺したんだ?」
楓は薄暗い階段を滑らない用にしながら降りてゆく。反響するから声が響く。
「貸したのは農家の人でさ。猪とか猿とか? その駆除に長期レンタルで、契約したの。」
亜里砂は階段を降りると通路を歩いた。
細い通路だ。奥には鉄格子のついたドアが見える。裸電球は揺れる。
(……瘴気か……。寒いな……)
空気がひんやりとしていた。
葉霧は少し身震いした。
「でも……畑仕事してるレンタル飼い主に突然……襲い掛かって喰い殺したのよ。」
亜里砂はそう言うとドアを空けた。
重々しくドアは開く。
灰色の壁に囲まれたその部屋にいたのは異様な化け物だった。
フー……フー……
興奮しているのか鼻息は荒い。壁に取り付けられた鉄の鎖。首輪に繋がったその鎖を引きちぎろうと暴れている。
ガシャン!
ガシャン!
鎖を繋ぐ鉄の輪は壁から今にも崩れそうだ。
大きな耳を垂らした一見……ウサギに見えるが異なる。頭には角が生えていた。ユニコーンの様に長い角だ。
身体は金色の毛に全身覆われ……顔は馬に似て細長い手足には三本の指。獣の指だ。
長く太い鉤爪が生えている。
身体はウサギの様にまん丸としている。
何とも奇妙な化け物だ。大きさはアフリカ象程度の大きさだが非常に俊敏。鎖をつけられていても飛び回り、動き回る。
ギロッ……
入ってきた楓と葉霧を睨みつけるその眼は
どす黒い。
「なんなんだ? コイツ……。」
楓はその異様なあやかしを前に目を丸くした。
「逃げ回ってるうちに色んなモンを取り込んだのね。最初は、
「一角兎?」
亜里砂の声に葉霧は目を丸くした。
かつ……
亜里砂は入口付近に下がった。
「そう。身体も犬ぐらいで……狩りにうってつけのあやかしよ。だから……昔から家畜を襲うあやかしや鬼避けに、番犬代わりに、遣われてたの。」
スッ……
亜里砂はゆっくりと入口のドアに下がってゆく。楓たちの方を見ながら。
鎖は壁から抜けそうだ。
「絶滅寸前だけどね。」
亜里砂はそう言うと外に出て行った。
バタンッ!
「殺したら開けてあげるわ!」
しっかりと鍵まで掛けた。
ガンッ!!
その直ぐ後だ。
一角兎ではないーーあやかしは、壁の鉄杭を引き抜き鎖をつけたまま楓と葉霧に向かって来たのだ。
獰猛な眼。
牙の生えた口を開き飛び掛かってくる。楓は背中から、瞬時に夜叉丸を引っ張り出した。
「あやかしと決まればぶっ殺してやる! 最近……ストレス溜まってたからな!! 覚悟しやがれっ!!」
刀を鞘から抜き、楓は向かってくるあやかしに、真っ向から向かって行った。
噛み殺そうとするあやかしにだ。
(………キレてる……。相当溜まってたな。)
葉霧はため息ついた。
牙を剥き、楓を頭から齧りつこうとするあやかしの口は、縦長だ。楓は上から襲ってくるその口の下に入り込む。
首元目掛け刀を貫く。
バリッ………
鉄製の太い首輪は刀で貫かれ割れた。
あやかしから首輪と鎖が剥がれたのだ。
がしゃん……
床に首輪と鎖は落ちた。
楓はそこから刀を持ち替える。
握ると首元から腹まで斬りつけた。
正に一瞬の出来事だった。
葉霧にも何が起きたのかわからなかった。
黒い血を噴き出し、あやかしの首から腹までは、切り裂かれたのだ。
だが、あやかしは怯むこと無く、腹元にいる楓を前足で殴りつけた。払ったのだ。
楓の身体を。
ガンッ!!
楓の身体は吹っ飛ぶと壁に激突した。
勢いのいい殴りつけだ。
血を流しながらも、あやかしは振り向き、楓に長い角を突き刺そうと突進してくる。
「それはあんまりオススメしねぇな。」
楓は壁から避けるとあやかしは止まれないのかそのまま壁に突進したのだ。
角が壁に直撃する。
たんっ。
楓は地面に着地すると角が突き刺さったあやかしを見て笑う。
だが、あやかしは前足を壁につけると支えにしながら角を引き抜いた。己の前足を上手く使い壁から引き抜いたのだ。
「へぇ? 人間みてぇな動きすんな。」
楓は刀を握り振り返ったあやかしに向かっていく。
あやかしの角と楓の刀がぶつかった。
「楓! 角だ。」
葉霧には角の根本に光る蒼い結晶体が視えた。
あやかしの急所である魂の位置だ。これを破壊すると、あやかしは冥府に逝く。
二度と……蘇らない。
「だろーな。」
楓はにやっと笑うと刀を引いた。
あやかしもまた角を引く。
互いに対峙。
お互いを見据えていた。
「愚かな…………」
地鳴りの様な声だった。
「あ?」
楓はスイッチ入ってるのでとても眼が鋭い。あやかしとの闘いになると、
鬼の血は全開。
別人の様になる。
ボタボタ……
地面にあやかしの腹から黒い血が流れ落ちている。
「わかるか………? かつて……農の護身と言われた……我ら一角兎も、このザマだ……」
あやかしは口を開いたままだ。
語ってはいない。
だが、地鳴りの様な声は響く。
(……何だ? 頭に直接……語りかけてくるのか?)
葉霧にはそう聴こえたのだ。
頭の中に響く様に語りかけている。
「闇は……牙を剝いた。我等……あやかしも捕食される。1000年の時を経て……奴等は再び……この地を覆う。」
葉霧は刀を握る楓の傍に近寄った。
「楓。様子がおかしい。」
「ん?」
葉霧の眼は碧だ。
その眼はあやかしの角を見据えていた。
「
「へ?」
楓は驚いて葉霧に視線を向けた。
「あやかしの角の根元だ。視えるか?」
葉霧はそう言った。
楓は目を細めた。
ゆらりと立つあやかしの額に、象徴の様に生える角。それしか楓には視えない。
「わかんね。」
「あの根元に……魂があるんだが……黒い影で、覆われ始めてるんだ。魂を喰らうかの様に……」
蒼く煌めく結晶体は、葉霧には、その周りを不気味に黒い影が、覆っていくのがわかる。
それはまるで結晶体を飲み込もうとしている様だった。
「なるほどな。闇を創り出すとは、そう言う事か。あやかしや人間の魂を……闇に染める。」
葉霧は唸り始めたあやかしを、見据えた。
声はとっくに聞こえなくなっていた。
ただ、グルルル………と、あやかしは唸り始めたのだ。
「何か様子がおかしいぞ?」
「魂が消えかかっている。このままだと完全に飲み込まれる。今のうちかもしれない。」
楓は刀を握り締め唸るあやかしを前にたちはだかる。
「楓。少し弱らせてくれ。」
「了解」
葉霧は右手を握りしめた。
楓は立ち往生してるあやかしに向かって飛び上がる。あやかしは、カッ!と、眼を見開くと、向かってくる楓に、飛び掛かってきた。
後ろ脚を蹴り跳んだのだ。
楓は咄嗟にあやかしの耳を斬りつけた。
右耳は楓の刀で斬り落とされる。
ギェェェッッ!!
苦しそうな声をあげながらも、口は楓の身体にかぶりつく。
「楓!」
葉霧の声が響く。
だが、楓は頭からかぶりつかれる瞬手の所で、あやかしの顎の下から刀を突き刺していた。開かれた口を下から串刺しにしたのだ。
「葉霧!」
楓が叫ぶと葉霧はあやかしに右手を向けた。
あやかしの動きが止まる。
白い光があやかしを包み始めた。
グワッ!!
あやかしの苦しそうな声を聞き楓は刀を抜いた。
その瞬間、あやかしの頭は白い光の炎に包まれる焼かれていく様に。
白い光の炎があやかしの頭を包み角までも覆う。その根元から黒い影は現れたのだ。
「あれか。」
楓にはやっと視えた。
体内に居るのは視えない。
姿を現してくれないと楓には、認識出来ない。
葉霧の右手が更に強く白く光る。
(……これは………疲れる……)
始めて感じた疲労感だった。
全身から力が吸い取られて行く様な感覚が葉霧を襲う。
黒い影は白い光の炎に包まれ焼かれていく。
グエッ!グエッ!
気味の悪い声が響く。
楓は黒い影がやがて破裂するのを見ると刀を握り飛び上がる。
次にするべきは魂の破壊だ。
葉霧は地面にしゃがみ込んでいた。
尋常ではない疲労感に襲われていたのだ。
それでもあやかしの額を突き刺す楓を眼は追っていた。
刀を角の根元に突き刺すと
カッッ!!
あやかしの身体は粉々に砕け散った。
木っ端微塵に吹っ飛んだのだ。
葉霧はその閃光と地面に、降りる楓を見ていたが、やがて…地面に倒れ込んでいた。
「葉霧っ!!」
楓の声は葉霧には届かなかった。
楓は刀を鞘にしまうと葉霧の側に近寄った。その身体を抱き起こす。
葉霧は気を失っていた。
「葉霧っ! くそっ!」
(……力の反動か。オレはわかってたのに! 目先の欲に目が眩んだ! あーバカだ!)
楓は食欲に、目が眩んだ事をとても反省した。
ガチャ……
恐る恐るであった。
ドアが開いたのだ。
だが、直ぐに全開。
「あ! 倒したの? やるじゃん! ヌシ様でも捕まえるだけで精一杯だったのに。」
亜里砂が入って来たのだ。
かつかつと近寄ってくる。
「お前なぁ! 逃げるか!? フツー!」
「え? だって恐いじゃん。あれま。どうしたの? その人。」
亜里砂は楓に抱えられている葉霧を見下ろした。とても、声は軽やかだ。
「あーもういい! ちょっと手を貸せ。」
「え?」
「おぶるんだよ。おんぶ!」
「あ……普通……逆じゃない??」
「オレらはこれがフツーなんだよっ! うるせぇな!!」
楓は不満げな亜里砂の手を借りて葉霧をおんぶした。
(夜叉丸で痛てぇかもしんねーけど……ちょっとガマンしてくれ。葉霧……)
楓の背中には愛刀の夜叉丸がいる。
背中におんぶした葉霧に横目向けた。
「ん? あんた。首輪取ったの?」
亜里砂は入口に向かう楓に視線を向けた。
床に落ちている首輪を見つけたのだ。
「ああ。死んだらペットじゃねぇだろ。」
楓は部屋を出て行った。
ふ~ん。
亜里砂は目を丸くした。
(面白いじゃん……コイツら。)
亜里砂は部屋を後にする。
楓を追った。
「え!?」
だが、楓は
ぴょん!
ぴょん!
と、階段を数段ふっ飛ばして跳びながら登っていた。亜里砂はそれに更に目を丸くしたのだ。
(………凄っ! なに? アイツ……)
ただただ、目を丸くしていた。
ガチャ……
楓は、ヌシーーの部屋に出て来た。
「ほぉ? 倒したのかい?」
ジェニーは楓を見ると目を光らせた。
ブハッ……ブハッ……
笑う。大きな口を開けて。
「ああ。倒した。」
楓はジェニーの前に向かう。
椅子に座り煙管を吹かすその前に。
「寄越せ。金だ。それで葉霧にウマいもん食わせる。」
楓は右手を差し出した。ジェニーは隣にいるホストに視線を向ける。
ホストは後ろの、アンティーク調のテーブルの上に置いてある、茶封筒を手にした。
それを楓に差し出した。
「手が塞がってる。中を見せろ」
「そんなに警戒するんじゃないよ。入ってるよ。十万。」
ジェニーはブハッと笑う。
「うるせぇ。葉霧の金だ! 確認すんのがオレの役目だ!」
楓はジェニーを睨みつけた。
ブハッ…ブハッ
ジェニーは笑うとその黒い眼で楓を見つめる。
「鬼娘が退魔師とね。世も末だ。」
はぁ……はぁ……
そこへ亜里砂が戻ってきた。
少し息があがっている。
(あ~もう! 走っちゃったわよ……)
丁度……ホストがお金を封筒から出して楓に見せていた。
「ん?」
怪訝そうな顔をしつつその様子を見つめていた。
楓は札束を戻された封筒を受け取った。
「まさか……化かし金じゃねぇよな?」
「そんな事するもんかい。信頼は大切だからね。」
ジェニーは警戒する楓ににやっと笑う。
(いい気性だ。鬼だけあるね。)
「信用できねぇ。」
楓はポケットに封筒を折って突っ込んだ。
葉霧の脚を抱えた。
「また頼むよ。」
ジェニーは笑う。
ブハッ……ブハッ…と。
蛙の口を大きく開けて。
「二度とやんねぇ。くそムカつく。」
楓はジェニーの部屋を後にした。
紫煙が天井に舞う。
「亜里砂。暫く……付き纏いな。」
ジェニーは亜里砂に目を向けた。
大きな黒い眼を。
「え?」
「アイツらは使えるよ。死体処理には丁度いい。」
(………そう……上手くいくかな?)
亜里砂は苦笑いしていた。
楓は葉霧を背負いぴょーん……と、屋根から屋根を飛び越えた。
人目につかない様に気をつけながら蒼月寺に急いだのだ。
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