第32夜   螢火の皇子

 ーー葉霧はその日……。


 夜になるまで目が覚めなかった。


 鎮音のばーさんは…疲れているだけだ。と、言った。


 皇子みこも……そうだった。に、対抗するには自分も消耗する。


 退魔の力は己の心との闘いだ………。

 闇に取り込まれない……強さが必要だ。


 皇子は……よくそう言ってた。


 オレは……葉霧の傍にいた。

 目が覚めるまで………。



「………楓………」


 良かった…。

 目が覚めたんだ。


「葉霧。大丈夫か?」


 オレは葉霧の手をずっと……握っていた。

 その手の中に……【真紅の勾玉】も一緒に。


 知らなかった………。葉霧がずっと……持ってたなんて。


 何で言ってくれなかったんだ。


「楓……。手に……」


 葉霧の声に手を開く。


 ベッドの上で葉霧は勾玉を眺めていた。


「どうしたんだ? これ」

「葉霧の服から出て来たんだ。着替えさせたから。」


 引いてる………。

 その顔は呆れてる。


 葉霧はそれでも……勾玉を眺めながら笑った。


「楓が?」

「うん。けど……スウェット着させただけだ。へ……変なことしてねぇぞ!」


 これだけは言っとかねぇとな。

 いくら肉食でもーーそこは弁えてるからな。オレも。


 葉霧は勾玉を持つ手をベッドの上に置きながら微笑んだんだ。


「そうか……色々バレたか……。」


 ん? 色々??


「葉霧……ハラとか減ってねぇか? 喉は?」


 葉霧はずっと……オレを見てくれてる。

 いつもと変わらない優しい目で。


「大丈夫だ。」


 それなら……ちゃんと……話さないと………。


 ぎゅっ。


 オレは………葉霧の手を握った。


「何? 大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだ。」


 ばーさんと同じ事……言ってるよ。


「葉霧。皇子の事を話してもいいか?」


 葉霧のその目は……驚いてた。

 でも……嬉しそうだった。


 やっぱり……葉霧……。


 聴かないでいてくれたんだな。

 オレが自分から話すまで………。


「聞きたいな。それは……」


 葉霧は勾玉ごとオレの手を強く握り返してくれた。


「気になってたから」


 そ………そうだよな。オレもバカだから………。皇子のハナシ……してたしな。


 葉霧の優しい眼差しの前で……オレは言う事にした。


「話すよ? 葉霧。」

「ああ……」


 ✢



 オレが居たのはーー平安京から少し離れた村だ。


 この頃はーー人間よりもあやかしが強く……オレも容赦なく喰い殺してた。


 あやかし達と村に棲んでいた。

 近くの村を襲いーー人間を狩って……毎日を過ごしていた。


 でもある日……。

 オレが何時もの様に、狩りから戻ってくると村にーー火が放たれていた。


 退魔の術を使う人間達が攻めてきたんだ。


 そこに皇子はいたーー。



 焼き払われた村ーーその炎の中で……オレは、動けなかった。


 仲間を次々に殺してゆくーーこの男の凄さを、目の当たりにした。


 オレは物陰に隠れて見てたんだ。


 でもーーアイツが馬に乗った時に……オレは駆け出した。


 それを、まるで虫でも払うかの様な所作をされてオレの身体は吹っ飛んだんだ。


 地面に転がったオレをーーソイツは見下ろしてた。



「なんだ? 生き残りか……」


 薄紫色の装束に腰に刀。

 漆黒の長い髪……。碧の眼。


 真紅の勾玉ーー。


 馬に乗り見下ろすソイツとーーオレが対峙した瞬間だった。


 馬鹿にした様な眼をした嫌味のある男。

 オレをーーあやかしを……蔑む眼。


 この時ーー既に殺してやりたい。と、思っていた。直感的に。


「小娘……。私は螢火の皇子ほたるびのみこだ。都の側に住んでいる。殺したくなったら何時でも来るが良い。」


 男はーーオレを見て笑い立ち去った。


 始めてーー人間に見下された瞬間だった。


 いつもは恐怖の顔をして命乞いしてくる……。なのにーー立場が逆転していた。


 これがーー【退魔師】

【螢火の皇子】ーー。


 殺してやる。


 仲間を殺された事や、棲む場所を奪われた事よりも、アイツのが、気に食わなかった。


 言われた通りーー

 オレは毎日の様にソイツの屋敷に行った。


 行くたんびにーーボロボロにされた。


 変な術を使うから身体に触れる事もーー近づく事も出来ない。


 それにーー勘が凄くいい。


 後ろから狙っても……寝込みを襲っても……皇子みこは、必ず気がつく。


 その度ーーオレはふっ飛ばされるんだ。



 でも……ある日ーー。


 様子がおかしい時があった。


 皇子の所に都からの遣いが来て……

 助けてくれと、言ったんだ。


【貴族の男】が何かに取り憑かれた。


 樹の上から見てたからそう聴こえた。

 大きな桜の樹だーー。


 皇子はその日の夜に男の屋敷に

 向かった。






「もしかして……それがか?」

「うん。そうだ。」


 葉霧………。すげぇ真剣に聞いててくれてる。




 憑き神と言うのを見たものーー

 退魔の力を使い人を救うのもーー

 見たのはこの日が……はじめてだった。


 たまに夜にいなくなる事はあったから、オレは皇子の屋敷で、待伏せしてたんだ。


 でもこの日の皇子は違かった。


 オレに言ったんだ。

 木の上に居るオレに向かってーー


「鬼娘。今宵……私の後をついて来い。この生命いのちくれてやれるかもしれん。」


 オレはーーついて行った。


 屋敷には苦しむ男ーー。

 何やら念仏唱える坊主もいた。


 でもーー皇子は、人払いするとオレを呼んだ。


 男と皇子と、オレーー。

 部屋の中で


「よく見ておれ。此奴を巣食う闇を。」


 皇子は言ったーー。


 オレには男が何に苦しんでいるのか視えなかったが、皇子がーー手を翳した瞬間にその身体を覆う大きな禍々しい黒い影が視えた。


 男を巣食う……闇。


 恐ろしくなった。蠢くその影は男もーー皇子の事も、喰い殺そうとしてたんだ。


 見た事無い……得体の知れないーーオレは動けなかった。


「これが憑き神だ。あやかしだ。人を喰らい……殺す。」


 皇子の言ってる事もよくわかんなかった。

 目の前の……強大な闇の前に……皇子が飲み込まれそうになるのを前にしてーー


 オレは叫んでた。


「さっさと殺せよ!喰われるぞ!お前!」


 その時の皇子の顔は忘れないーー。


 嬉しそうな顔をしていた。


 その後は一瞬だ。

 皇子が放った白い炎みたいな光ーー。


 それがその黒い影を消し去った。


 部屋は何事も無かったかの様になった。



 ✢



「葉霧……。疲れねぇ?」

「続きを……」


 少し哀しそうな葉霧に話すのを止めたんだけど……


「それからは……皇子を殺すとかじゃなく屋敷によく行く様になったんだ。そしたら……皇子もオレをふっ飛ばさなくなった。字を教えてくれたりーーメシを食う事も教えてくれた。」


 葉霧の眼がーーおっかねぇのは気の所為か?


「そんな時だーー」




 ✢




かえでーー。」


 ある日。皇子がオレを見てそう呼んだ。


「なんだ? それ。」

「名前だよ。お前は今日から楓だ。」


 名前なんてーーはじめて貰った。

 そんなの気にしないから。


 皇子とオレが出逢ってからーー

 数年が過ぎた。


 その間に変わった事があった。


 あやかしがーー狂暴化した。


 皇子は毎日ーー何処かへ出掛ける様になった。


 オレは皇子がいないから、近くの森を根城にして暮らしてた。


 近くにはーー鬼一族が暮らす山もあったが

 オレはそこじゃなくて森に暮らした。


 野生の動物を仲間にして、近くの村を襲う逆賊を、殺したりしてた。


 熊のエンや狼のクローー。

 オレの兄弟だった。


 人間を喰うのは止めなかったがーー力の無い者を襲うのは止めた。


 人を襲う人間を殺して喰った。


 姿を見せてなかった皇子が帰ってきた。


蒼月の姫そうげつのひめ】そう呼ばれる美しい姫を、連れて帰ってきたんだ。


 月みたいな本当に綺麗な人だった。


 でもーーその人を見たのはその一度だけだった。


 それから少し経ったある日……


 オレは皇子に呼ばれた。


「楓。今夜からここに住め。お前に頼みたい事がある」

「は? なんだ? なんでここに棲むんだ? 森でいい。」


 皇子は直ぐに笑う人だった。

 その日もーーよく笑ってた。


「良いな? 明日ーーお前に会わせたい奴がいる。」


 オレはその日ーー部屋を用意された。

 お付きの者みたいのもついた。


 次の日……オレが紹介されたのは【珠里しゅり】と言う、鬼一族の娘だった。


「楓。珠里と一緒に遣いを頼まれてくれんか?」


 皇子はその日からーーオレと珠里に遣いを頼むようになった。


 内容は皇子から渡された文と箱を届ける事。村や町ーー寺。


 どれも都から遠く離れた所だ。


 でもーー届けるとみんな


「ありがたや。」

「助かります」

「神様じゃ」


 泣いて喜んだ。


 その時だ。【夜叉丸】を寺から貰った。

 御礼に。



 文の内容や箱の中は知らない。

 見た事無い。


 オレも珠里も鬼だからーー人間なら時間の掛かる旅もあっとゆう間だ。


 駆け抜ければ……片道二日……三日で行ける。


 でもーーどこも荒んでた。

 人間は死にそうな程……生気もなく覇鬼もない。死んでるのかと思った。


 それにーーあやかしだ。


 オレと珠里もよく出会した。

 襲われた。


 そんな時ーーオレの身体にが起きた。


【新月】だ。


 その頃になるとオレはーー使い物にならなくなった。人間になるんだ。


 一緒に居たのが珠里じゃなかったら殺されてた。



 ✢





「その……珠里と言うのも鬼なんだよな?」

「ああ。」


 葉霧は不思議そうな顔をしてる。


「その娘は平気だったのか?」

「平気だった。だから助かったんだ。夜叉丸もあったから良かったんだ。」


 葉霧は少し……考え込んでいる。


 ん~……まあいいか。




 ✢




 皇子にその話をしたらーー数日後だ。


 勾玉をくれた。


「良いな? 力の話は誰にもするな。これをつけておればお前の力は無くならない。だがーー新月の時だけは気をつけろ。勾玉があっても……万全にはならない。」


 皇子はそう言ってた。


 それからーー時間も経つのもあっとゆうまだった。


 オレと珠里の遣いも多くなった。


 東西南北……遠くまで行った。

 片道……五日。掛かったこともあった。


 久々に皇子の所に帰ってきた時だ。


 皇子は酷く窶れていた。


 たまにーー血を吐く様になった。


 何の病かはわからない。


 そんな時だ………。


 オレと珠里がーー遣いから帰ろうとした時だ。


 いきなり……オレ達は襲われた。


 何だかわからない奴だ。


 布を被った男なのかーー女なのか……。

 あやかしだとは思う。


 珠里は殺された。


 オレも凄い怪我をした。

 ソイツはーー手傷を負って逃げ出した。


 珠里の頭だけ持って屋敷に帰った。


 その後だ。


【鬼狩り】が始まったんだ。




 その日はーー朝から騒がしかった。


「皇子様! 多分……鬼一族では無いかと」

「馬鹿な! あの山の者達はーー珠里の里だ!」


 あれ? 皇子。今日はいたのか?

 一緒にいんのは……【雪丸】??


 アイツ! 今日こそは飯炊きやらせねぇと!


 この時ーー皇子の屋敷にはオレを含め、遣いに出される鬼やあやかしが何人かいたんだ。


 皇子はそれを【隠し者】と呼んでた。


 謂わばーー使いっぱしりだ。


「皇子! どうかしたのか?近くの村で……変なハナシ聞いたぞ」


 そうそう。そのハナシをしに来たんだ。

 オレは。今日は身体空くからエンとクロの所に行きてぇんだ。


「楓か……。何の話を聞いた?」

「ああ。鬼が暴れまわってるって。ウソだよな?」


 あれ?


「皇子様! やはり……闇……」

「雪丸!」


 んん? 今……なんて言ったんだ?

 聞こえなかったな。


 にしても……皇子。おっかねぇな。


「皇子はおるかっ!」


 屋敷の中にずかずかと入って来たのは都の遣いだった。

 何か……あったのは直ぐにわかった。


 オレはその様子をーー桜の樹のあるこの庭から、観ていたんだ。


「皇子! どうなっとるんだ? 都の周りに鬼が現われて人を襲っておる!」

「貴様! さては鬼を使いーー都を滅ぼす気だな!」


 何を言ってんだ?鬼が?

 座敷で喚く男達。

 困った顔をする皇子……。


「その様な事をして何になるのです?」

「誤魔化すか? お主が【隠し者】として鬼やあやかしを遣っておるのは知っておるのじゃ!」


 貴族や武士ってのはーーどうしてこう……思い込みが激しいのかね?


「今までの功績で目を瞑っておったがーー受け渡せ! 隠し者全員じゃ!」

「馬鹿な事を言うな! 私の大切な弟子ですよ?」


 なんか……雲行きが……。


「そうか。ならば【鬼狩り】じゃっ!」

「何を言うのです!」

「あの山に火を放ってくれるわ!」


 鬼狩り??は?何言ってやがる!


「お前ら…」

「楓! 黙ってろ。」


 くそ! 眼が本気だ。


「直ぐに支度をせい!」

「術者を集めるのじゃ! よいな!」


 遣いはそれだけ言うと去って行ったんだ。

 けどーー皇子は頭を抱えてた。


「そんな事をすればーーの思う通りだ。雪丸。直ぐにーー遣いを。」

「はい!」


 あ……オレも。行かなきゃ。

 あの山はーー珠里の山だ。珠里が眠る山だーー。


 あそこには珠里の家族がいるんだ。


「皇子! オレ……みんなに知らせてくる。」

「楓! 待ちなさい!」


 そうーー。いつもの様に皇子が怒って……オレが怒鳴り喚く。

 日常茶飯事だった。


 でもーーこの日は違かった。


「なにすんだよ!」


 オレは皇子に桜の樹に押し付けられてた。

 首から勾玉を取られた。


「あー! 皇子! バカヤロ! もう直ぐ新月なんだ!」

「楓! お前はここで死んではならん。私の子孫を……いつか必ず巡り会うその子孫を……護って欲しい。」


 その後は……白い光りに包まれてオレは動けなくなった。


 意識も遠のいたんだ。



 ✣



「気がついたら……葉霧がいたんだ。」


 そう……【桜の木の下】だ。


 オレは葉霧に出逢った。


「そうだったのか……。」


 葉霧はベッドの上に起き上がった。

 オレは支える。その背中を。


「話してくれて……ありがとう。楓。」


 葉霧の優しい瞳は……オレを癒やす。

 この人が居ると……強くなれる。


「聴いてくれてありがとう」


 葉霧はそっと……抱き締めてくれた。


 ぎゅっ。としてくれた。


 皇子……。巡り会ったよ。ちゃんと。

 言われた通り……護るから。


 見ててくれ。





















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