第6夜   少々……心配性な玖硫葉霧

 葉霧が帰ってきたのは12時を過ぎた頃だった。春休み明けの……初日なので午前中だけたった。


 その様子は、少し焦っている様で玄関でローファーを脱ぎ捨てると家の中に駆け込んだのだ。


 向かった先は和室。


「ん?」


 楓は廊下を駆けてくるその足音に視線を向けた。開けっ放しの障子。


「何処にいたんだ? 何をしてたんだ?」


 和室で寛ぐ楓の姿に、葉霧の鋭い視線は向けられた。家出をした飼い犬が帰ってきたかの様な表情だった。


「それにどうしたんだ? その格好は?」


 葉霧は和室に入ると座っている楓の前に腰を落とした。

 言動はとても迅速であった。


「優梨の物をあげたんだよ、葉霧くん。」


 新聞を広げていた和服姿の男性が葉霧の様子に視線をあげた。

 

 メガネを掛けた優しそうな顔をした男性だ。中々のイケメンである。


「ああ、優梨さんのか」


 葉霧は楓が着ているパーカーとデニムのその姿。しっかりと胸元には、蒼い勾玉が掛けられている。



「風呂も入らせたそうだ。」


 鎮音は赤紫色の着物を着ている。

 本日の柄は牡丹の華。

 色鮮やかであり、華やかな着物だ。



「風呂ってすげーんだな、始めて湯に浸かった。」


 楓はケラケラと笑う。

 葉霧はそのあっけらかーんとした楓の態度にムッとした顔をすると。


 突然であった。


 ばんっ!!


 テーブルを叩いたのだ。


 誰もが驚いた。


「楓! 心配したんだ、いきなりいなくなって、何を考えてるんだ。」


 葉霧の真剣な眼差しは楓に向けられている。声を荒げる訳ではないが、その口調は少し強い。


「ちょっと見て回ってたら迷った、何処にいんのかわかんなくなったんだ。」

「それはそうだろう! 知らない土地を彷徨くその神経がわからない、それに……がいる。」


 楓は葉霧のその真剣な眼差しに、口を閉じた。


「まあまあ、その辺で、ご飯にしましょ。」


 暖簾を潜り出てきたのは優梨だ。

 大きなお盆に料理を載せたお皿が並ぶ。


 ばさっ。

 新聞を折り畳む男性は


「無事で何より。」

(葉霧くんが、こんなに感情を剥き出しにしているのは、久し振りに見るな)


 と、柔らかな笑みを浮かべた。


滝川夏芽たきがわなつめ】は、葉霧の兄だ。目元の涼し気な所は、葉霧に似ている。浅葱色の和服姿で落ち着いた雰囲気のある……紳士そうな男性だ。

 実は……ニ十一歳。


 葉霧は立ち上がると


「先に食べてて構わない、着替えてくる」


 鞄を持ち和室を出て行った。

 楓は葉霧の後ろ姿を見つめていた。



(葉霧、怒ってんのか?)


 平然としていた葉霧のを、始めて見た瞬間だった。


「心配してたのは本当よ。」


 優梨はお盆の上からお皿を取りテーブルの上に並べていた食卓は一瞬で、華やかになる。


 煮物、サラダ、玉子焼き。コロッケ。

 それらが、大皿に盛り付けてあり食卓を彩る。


「この辺りは、色んな人が住んでるから夜は、何が起きるかわからないのよ。特に、楓ちゃんみたいな若い女のコは、色んな犯罪に巻き込まれる事もあるの。」


 優梨は楓を宥める様にそう言いながら、お茶碗にご飯をよそっていた。

 

 楓は自然と優梨に視線を向けた。


(? アレか……さっきの奴みたいなのか。)


 ついさっきの出来事だ。

 少女二人と人間の男に、遭遇したのは。


「その姿を見て……良からぬ事を考える人間もたくさんいるのよ。」

「小さな事で報道や目立ったニュースにはならんが……あやかしが、巻き込まれるケースもゼロではない。」


 優梨に続いたのは鎮音だ。


 楓を捜索し、優梨が見つけた時に懸念したのはだ。

 楓にはこの時は、わからなかったが。


「行方不明の人間の中には、あやかしである者が含まれてる事もあるんだよ、楓ちゃん、然程、多くは無いが……。人間もあやかしも、関係ない時代なんだ。」


 夏芽はそう言うと、楓を見つめた。


 優梨も鎮音も優しく暖かく、そして何処か強い眼で楓を見つめていたのだ。


「そうか、ごめん。」


 楓はそう呟いていた。

 

 その表情は、少し暗く沈んでいた。

 反省の色が滲んでいた。


「あたし達よりも葉霧くんね、学校休んで、探そうとしてたんだと思うわよ、鎮音さんに……言うよりも前に止められてたけど。」

「そんな事で休んで貰っては困る。」


 優梨はくすっと微笑む。


 葉霧が、和室に姿を出したのはそんな時だった。薄手のシャツにTシャツ。Gパン姿で葉霧は入ってきたのだ。


 楓は葉霧の姿を見ると


「葉霧……ごめん。」


 そう言った。


 葉霧は楓の隣に座る。


「許さないよ。」

「え?」


 葉霧の声に楓は聞き返した。だが、葉霧は柔らかな笑みを浮かべていた。


「何を見て、何があったのかを話して貰うまでは許さない。」


 そう言うと箸を手にした。


(コイツは……もしかすると……すげぇなんじゃねぇだろうか……オレにとって)



 楓はそんな予感をしつつも隣で涼し気な顔をしながら、昼食を取り始めた葉霧を、見ていた。



【主従関係】を、叩き込まれそうな予感であった。本能的にそれを感じた瞬間でもあった。


 ✣


 昼食の後だ。

 葉霧の部屋で楓は床に座っていた。

 葉霧はパソコンデスクの前の椅子に、腰掛けていた。


 パソコンを起動させながら


「楓、何があったのか話すんだ、ただ、単にフラついていた訳じゃ無いんだろう? ほぼ……丸一日。」


 と、そう言った。


 ソファーはあるが床の上に胡座かき座っている楓は、葉霧の後ろ姿を見上げている。


 広い洋室だ。


 フローリングの床は、ソファーセットのある所だけカーペットが敷かれている。葉霧の座っているパソコンデスクの他に、テレビや簡易冷蔵庫、ベッドが置かれている。


 クローゼットに、ベランダ。日当たりも良く暖かな陽射しが射し込んでいた。カーテンは、遮光のライトブルー。


「変な人間に会った、それから猫だな、の人間。」


 楓がそう言うと葉霧は身体を向けた。



「化け猫?」

「ああ、人間に化けてたからな……姿は人間そのものだ、けどオレの鼻は誤魔化せねぇ。オレは。」


 楓はそう答える。

 葉霧は完全に椅子を回し、楓に身体を向けた。


「詳しく話すんだ。」


 そう言った。


 楓は軽く頷くと今日の出来事を葉霧に話した。葉霧はそれを黙って聞いていた。


 ✣


 聞き終えると深く溜息をついた。


「だから言っただろう? 色んな人間がいるんだ。」


 そう、言った。


「人買いや身売りは………オレの居た所でも良くあるハナシだ、人間にばかり売られる訳じゃねぇし、あやかしに売る人間もいた、村を護る為に……生贄として。」


 楓は……葉霧を真っ直ぐと見つめていた。

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