第7夜 月と勾玉
ーー葉霧はデスクに椅子を向けた。
「楓の着ていた服装で、思い当たるのは平安時代だ、今から1300年程前の時代だ。」
楓はそれを聞くと立ち上がる。
葉霧はノートパソコンを楓に向けた。
画面を向けられた楓は、葉霧の隣に立つ。
「すげぇ、なんだこれ?」
楓はパソコン画面に手を伸ばした。
触れている。
「ん? 触れねぇのか?」
「映像だ。」
平安時代の写真だ、画面に表示されているのは。服装や建物の絵……現存する平安時代の建造物の写真。それから、京の都の全体図を表示していた。
葉霧はその画像の中から京の都の全体模型の写真を表示した。
「見覚えあるか?」
「ああ、都だ。」
楓は画像を見ながらそう答えた。
目を丸くする。
「コレ! 何処にあんだ? ここから遠いのか? オレがよく居た所に似てる!」
興奮した様な声が葉霧の横で聴こえる。
「残念ながらこれは模型図だ。」
「もけいず??」
かちかち。と、マウスを動かしクリックする葉霧。次に画面に出したのは絵だった。
平安時代の貴族の暮らしを描いた絵だ。
「これは平安時代に暮らしていた人達の様子を描いたものだ、つまり……記録だ。」
葉霧は楓に視線を向けると
「楓、この時代はもう終わっている、京の都も……今はもう無い、こうして語り継がれているだけだ。」
と、そう言った。
「え? ない??」
「ああ、この後も……色んな時代が流れた、今は平成だ。」
葉霧の目は真剣なものだった。
楓を真っ直ぐと見つめ揺らがない。
だからか、楓は目を見開いていた。
「
「え………?」
呟く様な声だった。
葉霧は聞き取れずに聞き返した。
「【
そう言ったその目は何処か遠くを見つめている様だった。葉霧に顔は向けてるし、瞳も向けてはいるが、その瞳を見ている訳ではなかった。
「螢火の皇子……?」
葉霧はそう怪訝そうな顔をした。
「
楓はすっ。と、勾玉を掴む。
勾玉を見つめたまま
「コレを奪ってオレを封印した奴だ。」
そう言った。
葉霧は少し楓の表情が、曇ったのを知った。翳りがあった。
「鎮音さんから聴いた話と、楓の言う人が同じだとしたら、その人は……俺達玖硫家の先祖だ。」
葉霧は淡々と伝えていく。声の強弱はまるで無い。語る様に伝えていた。
「先祖? それって……死んだって事か!?」
「そうだろうね、子孫がこうして生きているんだ。」
楓は目に見えてわかるほど肩を落として落胆していた。
葉霧はその様子を見ながら更に続けた。
「螢火の皇子については、目立った文献などにも記述は無い、ただ、鎮音さんから聴いた話だ、彼は……病で亡くなった、そう聴いてるよ。」
楓は葉霧を見つめた。
その大きな瞳が揺らいだ。
「そ……そうなのか……。」
(やっぱり身体が……。)
哀しそうな顔をしていた。
葉霧はそんな楓を見つめると
「封印されたにしては……感傷が強そうだが、退魔師と交流があったのか?」
と、そう聴いた。
「アイツはオレを殺したかっただけだ。それだけだ。」
楓は葉霧を強く睨みつけた。
哀しそうな目などもう消えていた。
(世間一般に出回る文献に、螢火の皇子の名前は無いが、玖硫の文献にならあるかもしれない。)
葉霧はパソコンに視線を向けると
「この時代に出て来た以上は、この時代のルールに従って生活をして貰うしかない。残念ながら、俺には楓をもう一度、封印する力も無い……かと言って殺す事も不可能だ。」
「え? なんで?」
「殺し方がわからない。」
電源を落とした。
楓は葉霧の言葉を聞きながら少し不安そうな表情をした。
「楓」
葉霧は楓を見ると微笑む。
その表情に楓の顔も少し緩んだ。
「心配するな、その姿なら角を隠せば人間に見える。」
楓はそれを聞くと頭の角を触った。
ぴょこんと角は出ている。
「あ……コレさー、言ってなかったんだけど、オレは月の満ち欠けで姿も変わるんだ。」
楓は角から手を離した。
「月の満ち欠け?」
「そう、満月に近くなればなるほど鬼になるんだ。逆に……満月から遠くなると角と爪と牙も消える、その分力も消えるから、だからこの勾玉を持ってるんだ。」
葉霧は楓の胸元の勾玉に手を伸ばした。
勾玉を掴むと眺める。
「これを付けていると月の影響は、受けないのか?」
「いや……力だけな、って言っても本領発揮は出来ねぇよ、特に新月はやべぇんだ、だからこの勾玉を持ってねぇと人間みたいになる、完全な。」
楓は言いづらそうではあったが説明した。
葉霧は勾玉から手を離すと
「それならコレを外せばいいんじゃないか? それなら人の姿を保っていられる、そう言う事だよな?」
と、そう言った。
「いや……角とかはフツーにあるよ、月の力がオレにはすげぇ関係あるみたいだ、姿は鬼みてぇなのに力だけは薄くなるんだ。因みに今が鬼の姿の最大限、ここから月が欠けてくと、この姿も少しずつ変わってく」
「何だか獣人みたいだな。」
葉霧はふぅ。と、息を吐いた。
「ん~実際、良くわかってねぇ事もあるんだ、だから皇子が教えてくれたんだ、この勾玉も、皇子がくれたんだ。」
楓はそれを言ってからはっと顔色を変えた。
「あ、コレ……言うなって言われたんだ、オレの秘密だから。」
と、そう言った。
すると、葉霧は
「ご心配なく、例え弱点を知った所で俺にはどうする事も出来ないよ。」
と、そう言った。
「ああそうか、いいのか言って……。」
楓は勾玉を掴み眺めた。それを見つめる目は何処か嬉しそうでもあった。
(随分と執着していたんだな、その皇子とやらは、それに、この感じだと楓もかなり……従順だった、退魔師とヒト喰い鬼、それだけの関係では無さそうだが……封印されてるんだよな、それでも……。)
興味が湧いた様子だった。
葉霧の目は強く煌めく。
「とにかく……少しずつ調べて行くしかないな。」
「え? どうやってだ?
葉霧は椅子の背もたれに寄りかかると
「その為に蔵があるんだ、彼処の中を漁れば……何かは出てくるだろう。」
と、そう言った。
楓の顔は一期に明るくなった。
「それならさっさと調べてみよーぜ! 皇子の事も、なんかわかるかもしんねぇじゃん!」
葉霧はデスクの上に置いてある鞄に手を伸ばした。
「悪いけど……これからやる事がある、楓の部屋は隣だ、テレビもあるから好きにしていたらいい、終わったら呼びに行くから。」
鞄を開けながらそう言った。
「え? なにそれ?? やる事??」
「楓……部屋で待っててくれるか?」
葉霧の視線に楓は渋々と部屋をでて行くしかなかった。退場を促された気がした。
ばたん。
部屋を出ると
「ちぇっ! 葉霧のケチ!」
と、そう言うと階段に向かった。
階段を降りる。
足音が響く。
ばたん!
葉霧の部屋のドアが思いっきり開いた。
「楓! 部屋は隣だ!」
直ぐに葉霧の怒鳴り声が響いた。
階段まで。
「……へいへい。」
楓は階段を登る。ぶすっとしながら。
葉霧が部屋の前で仁王立ちしていた。
とても眼は鋭い。それに顔も恐い。
「大人しくしてろ。」
その声はとても低かった。
しかも左隣のドアの方を顎で促す。
(おっかねぇな、鬼よりおっかねぇ。)
葉霧がずっと仁王立ちで見張っているので、楓は部屋のドアを開けて大人しく中に入る。
葉霧はドアが閉まるのを見ると部屋に戻った。
(全く、首輪が必要だ、それに躾だな)
完全なペット化であった。
楓の部屋は葉霧と同じ様な部屋だった。
家具も揃っている。違う所と言えば、カーテンとソファーの色の違いぐらいか。
どちらもネイビーだ。
ベッドの上に寝転ぶ。
「うわ。」
跳ね上がった身体に楓は驚いた。
「わ、なんだこれ? すげーふかふか~~」
何度か座りながら跳ねる。柔らかなスプリングが楓の尻を優しく包む。
身体を倒すとその心地よさが全身に広がった。
(あの女は言ってたな、人間として生活してる様子も無いって、てことはあやかしだと隠して、人間として暮らしてるヤツがいるって事だよな、他にも。)
ごろん。
羽毛布団の上で寝転び横を向く。
頬に当たる感触が心地良い。
(会って話を聞きてぇな、オレは封印されてこの時代にいるが……普通に生き延びた奴等がいるって事だ、この時代まで。)
目を閉じると浮かぶのは森。駆け抜けた森と木々の大佛な世界。そして華やかな都。
(皇子はいつ死んだんだ? あの時はまだ生きてた、オレの記憶の中では見えなくなるまで生きてた。)
浮かび上がるのは優しい眼差しだ。
長い漆黒の髪……優しい手……。
楓はいつしか目を閉じていた。
その面影を辿りながら。
「あ! そうだ!」
目を開けると起き上がる。
「探せばいいんだ! そうすれば会える、ココにいても何もわかんねぇ」
ベッドから降りると楓はドアに向かおうとしたが
(う、葉霧か)
足を止めた。
葉霧の部屋は隣だ。部屋の前を通らないと下には行けない。
楓は白いレースのカーテンの掛かった窓に視線を向けた。ベランダだ。
そっちに向かう。ベッドの下にあるドアを開ける。
覗くとどうやら葉霧の部屋に繋がっているベランダの様だ。広いベランダだ。
二部屋分繋がっている。
(ここからなら行けそうだ)
ベランダにはサンダルが置いてあった。
スポーツサンダルだ。少し大き目のサイズだが楓は足を通す。
(この格好で裸足はちょっとな、優梨さんにも裸足は言われたしな。)
裸足で出歩く事を注意された。
一緒にお風呂に入りながら。
ついでに伸びた足と手の爪も切られた。
(あと角か、あ、フードでいいか、ん?夜叉丸……。)
ベランダの手摺に捕まり下を覗く。
フードを被った。
(夜叉丸もダメか、まーいいや、新月じゃねぇし。)
刀である。銃刀法違反だと、これも注意された。優梨に。その為、下の和室に置いてある。
手摺に軽く飛び乗るとそこから飛び降りた。
外は門の見える境内だった。地面に着地。
母屋の玄関が後ろだ。
楓は大きなサンダルを引っ掛けながら飛び出した。
外へ。
宛など無い。だが、ただ黙ってじっとしてる事が出来ない
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