第5夜 優梨と螢火商店街
ーー騒動の後で時間が経過していたからか、待ち行く人達の流れは、変化していた。
スーツ姿の人達も多く見掛けるが、女性や子供の姿も混在していた。
(……やべぇな、滅茶苦茶……見られてる)
特に通り過ぎる子供の目は楓の角や腰元の刀などに視線がいった。母親らしき人物に手を強く引かれる光景を何度となく目にする事になった。
「え? ヤバくない? 角だし」
「撮影だろ?」
「おかあーさん、つの、つのあるよ~」
「いいから!」
など、特に女性と子供連れ。男女の若そうな2人組。などは二、三度。振り返る。それでも、遠巻きに視線を送ってくるだけではあった。
(う~ん、この反応はありがてぇんだか……何なんだか、微妙なとこだな、まー、ビビられて大騒ぎになるよりはマシか。)
鬼……は、ヒト喰いだ。
楓もそうである。その為、姿を見られれば人間は、襲われる、喰われる。と恐怖で逃げ惑った。だから楓は今。
自分に向けられる好奇の視線に戸惑っているのだ。
楓はその足を止めた。
(ウマそうな匂いだな)
車が行き交う大通り。
通り沿いの歩道を闊歩していた楓だが、視線を向けたのは横道である。
ビルや飲食店、コンビニなどが並ぶこの通りから脇に入るその通りだ。
【
通り名前にも目がいった。
(何だって? 螢火??)
通りの前に掲げられた看板だ。
門の様に建っている。自然と身体は傾く。
まるで引き摺られる様にその通りに足を踏み入れた。
商店街はアーケードの無い通りだった。
軒並み、商店が建ち並ぶ。午前中だと言うのに既に活気が溢れていた。
「いらっしゃ~い!」
女性の声や男性の声が響き、所々から立ち込めてくる美味しそうな薫り。煙に載って楓にも運んでくる。
(やべ、肉だ、焼けた……肉の匂い。)
焼き鳥屋であった。
店先で鉢巻した男性が串をひっくり返し焼いている。ちょっと日に焼けた肌で、炭火を前にしてるからか、赤い頬と、汗を少々。五十代近いだろう。
白いタオルを首から掛けて、時折汗を拭う。白いTシャツは、肩でまくりあげそこそこ筋肉のついた腕で、手際よく串をひっくり返す。
立ち昇る白い煙。ジュウ。と、火に炙られ滴る脂の音。ぱちぱち。と、炭火が弾く音。
楓の足をふらつかせていた。
(もも串60円?? 60円ってなんだ??)
紙に書いてあるその表記。
始めて見る言葉だった。
「いらっしゃい、ん? あんた、何か変わった格好してるね? それ……今、流行りのコスプレとか言うやつか?」
店先で焼き鳥を焼いている男性だ。
じ~っと見ている楓にそう声を掛けた。
食い入る様に見ているその視線に、笑顔を向ける。
「ん? あ? こすぷれ??」
「今は変わった格好をするコ達が増えてるんだろ? この前の【多胡朔坂】の花見も凄かったらしいな。」
串を何本も掴み壺の中に突っ込む。
タレを潜らせた串をまた網の上に載せた。
じゅう~~っと広がる香ばしいその薫り。
(あ~……ウマそ~~~。)
正にヨダレでも垂れてしまいそうなぐらい口は半開き。ぼぉ~~っと、炭火の上で焼かれる焼き鳥に目は釘付けだ。
「え……?」
(黒い装束、蒼い髪に勾玉。裸足に刀、まさか……。)
商店街の通りを自転車押しながら、歩いていた女性だ。焼き鳥屋の前にいる楓の姿にその目は見開く。
(お金なんて持ってないわよね……、葉霧くんも、何も言ってなかったし。)
女性の足取りは速くなった。
「楓ちゃん!」
声を掛けていた。
「?」
楓は自分の前に自転車を押しながらやって来た女性に顔を向けた。
ふわっとした長い髪は、少しパーマ掛かっている。それをピンクのシュシュで結び、背中に垂らしている。明るめのブラウンの髪だ。
薄手のピンクのカーディガンを羽織り、白いシャツとデニム。それにスニーカー。
自転車のカゴにはビニール袋がこんもりと乗っけられていた。後ろにもカゴがついていてそちらもビニール袋が乗っている。
大きな黒い瞳が覗く。
(誰だ? 楓ちゃん? って言ったよな? オレのことか?)
「おお、
「源さん、あの……何か食べました? この娘。」
(食べたのならお会計しないと……)
朝に葉霧を送り出した女神は、今はとても不安そうな顔をしている。
楓とは初対面である。何しろ、葉霧が紹介する前に、寺を抜け出してしまったからだ。
「いや、声を掛けただけだよ、ハラ減ってるみたいだし」
源がそう言った時には楓の視線は、優梨ではなく焼き鳥を見ていた。パックに詰められる焼き鳥をじ~・・っと。
「あ、良かった。」
(この姿で、無銭飲食とかで警察沙汰にでもなったら大変だわ、それこそ新聞沙汰で大騒ぎになるわ。)
ホッと胸を撫で下ろす優梨。
どうやら問題にはなってない様子。
「アレ……食いたい。」
楓は優梨にそう言った。
「焼き鳥?」
「うん、ハラ減った。」
棒読みだ。
その途端にぐぅぅっとお腹の鳴る音まで響く。優梨はふぅ。と、1つ息を吐くと
「源さん、パックで一つ下さい。」
そう声を掛けた。
「はいよ。」
源はそう言うと焼けた焼き鳥をパックに詰めた。
「にしてもなんだ? コスプレにしては良く出来た角だな。」
くるっ。と、手際良くパックを輪ゴムで留めながら源は楓の頭の上の角を眺めていた。
右手には輪ゴムがたくさんついている。
「え?? 」
優梨は財布を持っていたが、お金を出そうとしたその手は止まる。顔も幾らか引き攣った。
「あー……楓ちゃんは、舞台をやってるのよ、今も稽古中で抜け出して来たみたいね。」
「ほぉぉ~? 舞台か、そりゃすげぇな。」
源は優梨にビニール袋を差し出した。
楓にはもうビニール袋しか目に入ってない。ずっと、源の手元の焼き鳥しか目は追っていない。
「そうなの。」
優梨は千円札を源に渡した。
源は受け取ると小銭を取りだした。
「優梨ちゃんの知り合いか?」
「寺に下宿してるのよ、葉霧くんの従兄妹なの。」
店先でお釣りを渡す源は目を丸くした。
「葉霧くんの? どーりで綺麗な顔をしてるわけだ。」
源の少し細い目が見開き、楓をじ〜っと見つめた。その視線は、楓の綺麗な顔だ。
ホホホホ……。
優梨の少し引き攣った様な笑顔とだいぶ演出された笑い声は店先に響いた。
帰り道。
自転車押しながら歩く優梨の後ろで楓は手に持つビニール袋から、既にパックを開けて焼き鳥を口に頬張っていた。
優梨はその姿を横目に手にはスマホ。
(とりあえず……無事、見つけました……と。)
メールを送ったのだ。スマホに直ぐに返信が届く。ブルッと振動した。
『わかった、終わったから帰るよ。』
葉霧からのメールである。
(そっか、始業式だから午前中だったわね、良かったわ、とりあえず……)
優梨は自転車のハンドルに引っ掛けてあるバッグの中にスマホを入れた。
もぐもぐ。
口を動かしながら楓は目の前を歩く優梨を見ていた。
緩い天然パーマの明るめのブラウンの髪は、ピンクのシュシュで一纏め。背中で揺れていた。
「ゆーりさんだっけ?」
「ええそうよ。」
楓がいなくなってしまったので、優梨は楓を見てはいない。ただ、行方を探したので葉霧から特長だけは聴いていた。
「アレか? 葉霧の嫁か?」
「違うわよ! 姉です! 葉霧くんはまだ16よ?」
(もう直ぐ17だけど)
思わず。であった。
優梨の声は高く大きく響いた。
「姉ちゃんか。」
「義理のだけどね、あたしの旦那が葉霧くんの、お兄さんなのよ。」
坂道を自転車を押して歩く優梨を見ると、楓はがさっ。と、食べ終わった串を袋の中にバラバラと入れた。左手に袋を引っ掛けると、後ろについてるカゴに手をかける。
「?」
優梨は後ろを振り向く。
楓が押していた。
(軽くなったと思ったら……へぇ。)
優梨にしてみれば鬼としか聞いてない。見た目もそのまま。実際、良くはわからない存在だ。
蒼月寺に着くまで会話は然程、無かったが、自転車を二人で押しながら坂道を登った。
優梨は不思議と何も聞かなかった。ただ、その顔はずっと微笑んでいた。楓も何も言わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます