第4夜 姉妹と人間
ーー中には殆ど飲料のペットボトルだ。
綺羅はそこからお茶のペットボトルを手にした。
キッチンでグラスにお茶を注ぐ。
そしてキッチンにペットボトルを置くと、台の上にある透明のビンを手にした。
小瓶だ。
丸いキャップのついたガラスの小瓶。
女性が旅行用に、化粧水などを入れて持ち歩く小瓶に似ていた。その蓋を開けるとお茶の入ったグラスに、とんっ。とんっ。と、指で叩き1滴、2滴……雫を垂らす。
透明な雫は、3滴。グラスに垂れた。
(貴女に恨みは無いけど……。)
小瓶の蓋を閉める。
「綺羅……だったな。」
台に置く小瓶を持つ手が少し震えた。
「ええ。」
グラスを持つとキッチンから楓の方に向かう。
「人間にしか見えねぇけどあやかしだよな?」
楓はテーブルの上にグラスを置く綺羅を見据えた。真っ直ぐと。
綺羅は身体を起こす。
「どうぞ……お茶だけど。」
にっこりと笑う。
楓は自分の対面のソファーに座る綺羅を視線で追いつつ、グラスに手を伸ばした。
飲もうとグラスを口元にくっつける。
(コレは……。)
楓はグラスに注がれたお茶を一気に飲み干した。
綺羅は目の前でごくごくと飲み干す楓に、一瞬だけギョッとしたが、その様子を見据えていた。じっ。と。
「あ~ウマかった、喉渇いてたんだ。」
楓はテーブルにグラスを置く。
軽快な声をあげながら。
綺羅はそんな楓を見ると微笑む。
「そう。」
楓の表情が一変したのは直後だった。
「うっ!」
喉元を、抑え苦しそうな声をあげたのだ。
その後で楓はそのままソファーに倒れたのだ。
綺羅は楓の側に近寄ると顔を見下ろした。
(気を失ってるわね。さすがは祈仙の秘薬。牛鬼ですら眠らせる程の睡眠薬よ。
コレで、1時間は目が覚めないわ。)
綺羅はまるで眠っている様な楓を見下ろしていた。
【牛鬼】
ヒト喰い鬼の中でも伝説とされるほど最恐の鬼である。非常に残忍で獰猛なあやかしだと、言われている。その姿も最凶で、頭は牛。身体は鬼。背には羽。体調は雄に10メートル近くあるとされ、その割に俊敏で自由に羽を使い飛び回る。遭遇したら最期。と、恐怖伝説になる鬼だ。
がちゃ。
楓と綺羅が入ってきたドアが開く。
入ってきたのはスカジャンを着た派手な男だった。右首にはタトゥーが見える。
ガタイのいい見るからに堅気では無さそうな男性だ。
目つきが異様に鋭く
「終わったか?」
不敵な笑みを浮かべた。
「ええ。」
男はソファーに倒れている楓を見下ろすと更にその口元を緩めた。
「鬼か? まあ……なかなか綺麗な顔をしてる。」
「昨日から彷徨いていたみたい、新参者だから対して騒ぎにならない筈よ……それに、この格好、人間として生活もしてないみたいだし。」
綺羅はソファーから退いた。
代わりに男が楓の前に腰を落とす。
ペチペチと、頬を軽く叩く。
「よく寝てんな……相変わらず効くな、お前の仕入れてくる睡眠薬は。」
さらっ。と、楓の肩に掛かる蒼い髪を男は撫でた。
「いい髪してんな、これなら売れるだろ。」
「もういいでしょ、さっさと【
綺羅は男をずっと強く見据えていた。
男はそれを聞くと立ち上がる。
顔だけ綺羅に向けた。
右首のタトゥーがやけに目立つ。
「おっと……そいつはこの女が使えるかどうかを判断してからだ、確かに美人っぽいが、それだけじゃ駄目なのは、お前も良くわかってんだろ?」
男の舐める様な卑下た眼が綺羅に突き刺さる。綺羅は、右手を握り締めた。
「話が違うわ!」
「いいや……この前のオンナみたいに、客の前で人間じゃなくなって噛み殺されたらたまんねぇからな、お前、また殴られてーの?」
綺羅の叫ぶ声を男は遮るかの様にそう言った。
がしっ。
「!!」
男は右腕を掴まれて驚いた。
「なるほどな。」
むくっ。と、起き上がったのは楓だった。
右手を掴んでいたのは楓だ。
ギリッ。と、その手は食い込むのか男は顔を顰めた。
(な……なんつー力だ、振りほどけねぇ。)
驚いた事に男は手を動かす事が出来なかった。爪が食い込んだのもあるが、右手を掴む楓の力は強い。ギリギリと締め上げられているかの様だった。
「どうして? あの、牛鬼だってこんなに早く目を覚まさないのに。」
綺羅は狼狽えていた。
驚きを隠せないのか、顔は真っ青だった。
楓は左手で腰元の刀を掴む。
「牛鬼?ああ、あの年寄りか、オレは鍛え方が違う。」
楓は腰の帯から一瞬にして刀を鞘ごと抜く。そのまま男の横っ腹を鞘で殴りつけた。
「ぐっ!」
軋む骨の音。
男は手を離されて吹っ飛ばされた。
どたんっ!
床に倒れ込む男の身体。
楓は立ち上がると男の殴りつけた横っ腹を踏みつける。
「ぐはっ……!」
男の口から血が噴き出した。
見下ろす楓の眼は蒼く光り煌めく。
研ぎ澄まされた鋭い視線。何よりもその形相はおぞましい。恐ろしい程に、怒りを顕にしていた。
「その胡桃ってのは何処にいんだ?」
楓は男にそう語りかけた。
低く響くその声。
「厶ダ……だ、お前らみてーのだとか若い女ってのは金になる、そこに人も人外も、変わりはねー……。」
「ほぉ?」
ぐりぐりっ
楓は踏みつけてる足を、まるで捻り潰すかの様に、動かした。
「うっあっ!!」
苦しそうでいて痛そうな声があがる。
男の目は痛みに耐えていた。
それでも。
「ここで殺してやろうか?」
楓は鞘から刀を抜いた。
刃先を男の眼に向ける。
「!」
眼にスレスレの銀色に光る刃先。
今すぐにでも突き刺されそうな程、近い。
「やめて! そいつを殺したら胡桃は!」
「うるせぇよ! お前もあやかしなら、てめぇでどーにかしろよ!」
楓の怒鳴り声が綺羅の声を遮った。
男の眼の前で刃先が揺らぐ。
怒鳴った事で。
男は刃先が震えることで今にも突き刺さるかどうかなのを見つめていた。
「わ、わかった、返すから。」
男の声に楓は刀を眼から離すとそのまま床に突き刺した。
ドスッと。
「!!」
男の目の前で刃先が床に突き刺さった。
「どこにいる?」
「ここの上だ、弟分に見張らしてる。」
男は観念したのかそう話をした。
その表情は、さっきまでの威勢などはなく、もう本当に観念したかの様だった。
「話をつけろ。」
楓がそう言うと男はスカジャンのポケットに手を突っ込んだ。
踏みつけてる楓の足は退かないので、少し梃子摺りながら、何とかスマホを取り出すと電話を掛け始めた。
「俺だ、胡桃を下に寄越せ、お前らは来んな、胡桃だけだ。」
「へ? 兄貴?? どうゆうことですか!!」
「うるせーよ。」
男はそれだけ。だった。
通話を切ると床にスマホを置いた。
横っ腹が相当痛むのかとても苦しそうな呼吸をしていた。食い込む程に今も踏みつけられている。
暫くすると玄関の方からドアが開く音がした。入ってくる気配がする。
「わかってると思うが、この女共に手は出すな。」
楓は刀を抜いた。
床から。
ボコッと穴が開いた。
男はその様子を眺めながら息を吐いた。
「わかった。」
そう答えた。
「胡桃!」
「お姉ちゃん!!」
入ってきたのは、綺羅によく似た少女だった。目元ばっちりでメイクを施したお人形さんみたいな可憐な少女だ。
綺羅の姿を見ると抱きついたのだ。
ひらひらの正にお人形の様な格好をしていた。その少女を綺羅は抱きしめていた。
強く。
楓は男から足を離すと刀を納めた。
腰元にぐっ。と、しまうと
「人身御供もまだいるんだな。」
そう言ったのだ。
楓はそれだけ呟くと部屋のドアに向かった。
「あの……。」
綺羅が声を掛けたが
「さっさとしろよ、置いてくぞ。」
楓はそう言った。
綺羅と胡桃はその声に楓について行く。
男は床に倒れ込んだまま出て行く3人の姿を見ていた。虚ろな目で。
(あれは手を出しちゃいけないモンなんなんだな……きっと。)
✣
雑居ビルを出て綺羅と出会った公園まで3人は歩いてきた。
胡桃は、少し動揺している素振りだったが、ただ、無言で自分の手を引く綺羅に連れられて歩いていた。
「街を出ろ。」
楓は公園に入るとそう言った。
「ありがとう。」
綺羅は楓に笑いかける。
「お姉ちゃんどうして……?」
胡桃は怪訝そうな顔をしていた。
だが、綺羅は微笑むだけだった。
「あ、ここって何処だ? 蒼月寺って近いか?」
楓はそう聞いた。
何しろ葉霧の家がわからない。
「蒼月寺? 近いわよ。」
綺羅はそう言うと公園の出口の方を向いた。
ここから通りは見える。
「あの通り沿いに真っ直ぐ行けば着くわ。高台だから坂を登るの。」
綺羅は指を指し車の行き交う通りを示した。楓はその方向を見ると、フッと笑う。
「なんだ、近くにいたのか……オレ。」
「知らない道は少しの距離でも遠く感じるものよ。」
綺羅の言葉に楓は頭を掻いた。くすくすと笑われて少し恥ずかしそうにしていた。
「それじゃ。」
綺羅と胡桃は楓に手を振ると駆け出した。
晴れやかでいて爽やかな笑顔をしていた。
(ハラ減ったし……戻るか。)
楓はお腹を擦ると歩きだした。
ぐ〜…と鳴った。
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