第3夜  ここは何処だ?

 翌日………。


 葉霧は春休み明けなので学校に向かう。


「行ってきます」


 玄関には女性がいる。

 エプロン姿の朗らかそうな女性だ。


「行ってらっしゃい。」


 葉霧を見送る優しい笑顔。

 可愛らしい声は落ち着いていて物腰も柔らかく優しげ。


滝川優梨たきがわゆうり


 葉霧の兄の嫁であり、義姉に当たる人だ。


 セミロングより少し長めの明るい茶系の髪はふわっとしていて、軽くパーマ掛かる。いつも……シュシュで一纏めにしている。長い睫毛に大きな瞳。優しそうな可愛らしい顔立ちをした女性だ。


 朝のお見送りに正にうってつけ。女神の様な微笑みで送りだしてくれる女性だ。


 この家は、鎮音の独裁政権だ。


 その中で、緩く甘く……何より笑顔を絶やさないのが、義姉の優梨。【飴と鞭】の完全なである。


(結局、戻って来なかったな。何処に行ったんだか……)


 楓の事である。

 昨日、蔵の掃除を手伝って貰っていたのだが、葉霧が目を離した瞬間に、いなくなってしまったのだ。そのまま帰って来ていない。


 兄の【滝川夏芽たきがわなつめ】と、優梨。そして、鎮音にも手伝って貰い近辺を探しては見たものの見つけられなかった。


 結局……放置して今朝に至る。



(困ったヤツだ。)


 溜息つく葉霧であった。

 居候……初日からのぷち家出であった。


 ✣

            



「ここは……何処だ?」


 楓は木の上にいた。


 見渡す限りのその景色に驚くばかり。

 空を覆うかと思う程の天に向かって聳える高層ビル群。見た事も無い……大きな道路には車が行き交う。


 嗅いだことの無いガソリンの臭い。

 何よりも騒々しい……。


 何処を見渡しても、人、人、人。更に……見た事も無い文字で書かれた看板。横文字で何と書いてあるのかもわからないし電飾がピカピカするのも……楓にはおっかなく……物見遊山もそこそこにしてしまった。


 目が回りそうだった。


 大きな木の枝に腰掛けていた。


(やっぱり……オレの居た所じゃない。こんな建物は見た事が無い。何処なんだ。ここは。)


 都心の風景が目の前に広がる。

 楓は公園の木の上に居たがここからでも高層ビルが目の前だ。

 それに時計塔も見えた。


(あの……だ。アレは何だ?牛車でもねぇし……。)


 大通りの車に視線を向けていた。さっきから動くトラックや、車に目が点。


(葉霧のとこに戻るにしても、ここが何処なのかもわかんねぇし!)


 少し……不安気に視線を落とす。木の枝に座りながら。


 寺から出たのはいいが、余りの風景の違いと異様さに、楓は戸惑い驚きしまいには、何処をどう歩いたのかすら、わからなくなっていた。


 つまり……迷子である。


 暗くなってしまい人目につかない場所を探し昨夜はビルの屋上で一晩、明かしたのだ。

 起きてから明るい光の中で見た景色は楓にとって驚愕であった。


 どれもこれも、これまでの世界観とは異なり、茫然としてしまったのだ。


 ふらふらと立ち寄ったのがこの公園であった。ようやくを見つけてこの木の上に避難したのだ。


 蒼月寺への帰り道がわからず途方に暮れていた。


(クソ……どっかにいねぇのかよ、オレと同じ様なヤツ。)


 きょろきょろと見回す。

 さっきから木の下を通る人達がいるからだ。


 楓がいるのは駅前の公園だ。


 さっきから公園を抜けていく人達の姿がある。楓の居る木の下を通るのもスーツ姿の人や制服姿の少年や少女たち。


 通り道なのか近道なのか……。

 公園を抜けて行く人達はとても多い。



(だいたい、気味悪い格好してるヤツらばっかだな……あんな服は見た事がねぇ、ココは日本なのか?)


 ランドセルを背負う子供たち。

 スーツに身を包む男性や女性たち。

 セーラー服を着た女のコ。

 学生服の男の子など、自分の着ていた服装とは、異なる人達の様子だ。

 目新しいモノばかりが映る。信じ難い。

 楓は少し強張った顔をしていた。


 葉霧の服装や鎮音の服装にも驚いたが、何となく受け入れてしまっていた。一晩たち落ち着いたのか、異様だとやっと気がついたのだ。


「ねぇ? 何してるの?」


 その声に楓は下を向いた。


 木の下から見上げてる少女がいた。

 セーラー服を着た少女であった。


(コイツ……はいるが……

 ……。)


 見た目緩く巻いてある茶系色の髪。

 睫毛もぱっちりとした大きな瞳。

 可愛らしい顔立ちをした少女であった。


「ちょっと……お話しない?」


 にこっ。と、笑うその笑顔はとても愛想が良く見える。だが、楓は


「お前、じゃねぇな?」


 蒼い眼を鋭くさせた。


 少女は鋭い眼を向けられてもその笑顔は崩さない。


「だから声を掛けたんだけど。」


 少女のその言葉に楓は木の上から降りた。

 文字通り枝から飛び降りたのだ。


 地面に軽々と着地する楓の姿に少女は笑顔を解く。まじまじと、楓を見つめると


「鬼、なんだね。」


 そう言った。


 通る人達の視線はぎょっ。としていた。

 楓の姿を見て。


(え? なに? いきなり木から……落ちてきた??)

(変な格好だな……)

(撮影かな?)


 行き交う人は木の上から突如、現れた楓に視線は向けてるものの、ただ急いでいるのか立ち止まる人間はいなかった。素通りするする者の方が多い。ちらっと見ては何の反応もなく通り過ぎる者も。


(たいして驚かねぇんだな、葉霧もそうだったが)


 人間の反応に楓の頭に葉霧が浮かぶ。

 終始彼は平然としていた。普通であった。


 目の前の少女は笑顔を覗かせる。


「ここじゃやっぱり人目につくし、騒ぎになる前に行こうか?」


 少女の声に楓は見据えた。

 笑って立つ少女を。


(コイツならわかるかもしんねぇな。)


 歩きだした少女の後を楓はついて行く。


 公園を抜けて歩道を歩く少女の後ろから楓はついて行くが、やはり周りはその姿をちらちらと見ていた。


 黒装束に角。長い爪に刀。裸足。

 通勤時間の人混みではかなり目立つ。

 ぎょっ。とされる。


(包帯……。)


 セーラー服のスカートから覗く少女の右足。太股と膝。包帯が巻かれていた。


 鞄を持つ左手の手首からも包帯は覗く。

 袖口で少し見えづらいが。


 歩道から裏通りに入ると少女は雑居ビルの中に足を進めた。薄暗いビルの中は、天井に蛍光灯があるが今はついていない


(奇妙なとこだな。)


 コンクリートの無機質な壁に囲まれた箱の様な空間を通りながら、楓は辺りを見回していた。


 少女は躊躇う事もなく楓を誘導する。

 エレベーターに。


「あたしは【綺羅きら】あなたは?」


 エレベーターを待ちながら少女は楓にそう聞いた。


 ガコン。エレベーターの扉は開く。

 中には誰もいない。


「楓だ。」

「楓? 乗って。」


 綺羅は、エレベーターに乗りながらそう言った。開のボタンを押しながら楓を待つ。


 躊躇いつつも楓は乗り込んだ。


(なんだ? これは………)



 次から次へと信じ難い光景が目に飛び込んでくる。扉が閉まると動き出した。


 銀色の壁に囲まれた空間だ。

 それに見た事もない装置が目の前に並ぶ。

 綺羅は……それを押し動かしたのだ。

 この箱の乗り物を。


「動いた………。」


 白い天井を見上げ……警戒して下も見る。

 とにかく……楓の視線は忙しい。

 驚く楓に綺羅はくすくすと笑う。


「懐かしいな~……その反応、あたしも。」


 楓が綺羅に視線を向けると大きな瞳が覗いていた。


「最初はビックリするよね~」


 3階でエレベーターは停まる。

 扉が開く。


 綺羅は楓を先に降ろした。

 降りるまで開、のボタンは押したままだ。


 降りると直ぐに目の前にはドアだ。マンションなどの部屋のドア、天井には蛍光灯、白い光が照らす。


 狭い正方形の空間は無機質なコンクリートの壁に囲まれていた。床は白いタイル。


 何の変哲もない雑居ビルのフロアだ。

 窓の無い直ぐに部屋のある狭いスペースだ。


 だが楓には、そんな事はわからない。


 綺羅はエレベーターを降りるとそのドアを開けた。造りこそはマンションなどの玄関そのものなのだが……靴を脱ぐスペースはない。


 廊下に直通。

 床はグレーのカーペットが敷かれていた。


「なんなんだ? ここは。」


 通路の壁には、写真が貼ってあった。

 楓はその写真を見て言ったのだ。

 白い壁にボード。


 そこにピンで留めてある少女達の写真。

 どれも手書きでネーム入りのプロマイド写真だ。


 中には下着チックな服装をした女のコもいる。それがずらっと並んでいた。


 顔写真と、肌を強調させる様な写真。どれも若い娘ばかりの様だ。この綺羅も10代の少女に見える。


 そのぐらいの娘たちの写真だった。


「直ぐにわかるわ。」


 綺羅は楓を連れて奥に進む。

玄関から直ぐにドアだ。開けっ放しのドアの向こうにも部屋が見える


 その部屋に行くまでにドアがあった。

 2つ並んでいた。今は、閉まっている。


 木製の普通の部屋のドアだ。


 正面の開いたドアを抜けると……


 白いソファーに角型のガラスのテーブル。それにテレビやパソコンの置かれたボード。

など、家具の並ぶ広い部屋だ。フローリングの床には、ブラウンのカーペットが敷かれていた。


 部屋の中には誰もいない。


「どうぞ。」


 ソファーに綺羅は楓を促した。


 キッチンもしっかりしていた。

間取りで言うと1LDK。このリビングの様な部屋と、さっきのドア2つは、バス・トイレである。


 楓は白いソファーに腰掛ける。


(なんだ? この椅子やらかいな。)


 座った事の無い感触だった。

レザー調のふかふかしたソファーだ。

2人掛けであった。対面にも同じソファーが置いてある。


 葉霧の寺では畳に座布団だ。

 完全な和風スタイルだった。


 広い空間のキッチン。

ガスコンロも置いてあり、電子レンジに冷蔵庫。簡易的な食器棚。ケトル。など、

それなりに充実したキッチンだ。


「お前の家か?」


 楓はそう聴いた。

 ソファーの表面を触りながら。

 その顔はもう……驚きっぱなしだ。


 綺羅はワンドアの冷蔵庫を開ける。


「ん~ちょっと違うかな?」


 そう答えた。


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