第5話 殺し愛
女神が統治し、その支配権を男神が奪おうとしているこの世界。
新しく来た勇者と魔王は、たちまちのうちに世界を震撼させた。
曰く、武を志す者は出会うことなかれ。
曰く、修羅二人。
勇者と魔王はともに、互いを避ける様に世界を駆け巡り、五年たった今ではおそらく、武に覚えがあるものは勇者と魔王しか存在しないだろう、そのように言われている。
曰く、勇者は類稀なる剛剣と惚れ惚れする様な絶技を誇る。
曰く、魔王は類稀なる絶剣と見惚れる様な剛力を誇る。
力なき民と力なき魔物たちは、もはや絶対的な二人の勝敗にしか興味がなかった。
世界中で、どちらが真の勝者となるかでもちきりであった。
そして、世界の真ん中。不毛の荒野でついに二人は相見える。
「久しぶりだな、燕よ」
「うん、久しぶりだね武蔵」
五年の月日は武蔵をより豪傑の如き肉体に、燕をより彫刻の如き肉体に鍛え上げていた。
「……では、始めようか」
「……うん、始めようか」
それと同時に、武蔵と燕は刀を抜く。
武蔵の刀は女神が鍛え上げた白い刃の名刀で、燕の刀は男神が鍛えた黒い刃の名刀だ。
ともに、神が鍛え上げた空前絶後の逸品だ。
即ち、勝敗を決めるのは純粋に剣を振るうものの腕である。
「愛しているぞ、燕」
「愛しているよ、武蔵」
互いに、にこりと微笑んでそういった。
次の瞬間――
ギン
武蔵と燕は激突する。
白刃と黒刃がぶつかり、火花が飛ぶ。ぶつかった衝撃のみで、周囲に風が吹く。
「ぬんっ!」
「やぁっ!」
掛け声とともに、刃がぶつかる。火花が飛ぶ。
殺意など一切ない、本気の殺し愛。
もはや呼吸の如く自然に放たれる互いの一撃は、一種の芸術であった。
「しゃっ!」
武蔵の力に、絶技が乗る。
「む!」
燕は技術に乗せた力で受け流す。
両者ともに、流れるような動き。武器を持つという動作特有のぎこちなさなど、互いに全く持っていなかった。
相手を想って鍛えた、という矛盾。相手を殺すために鍛えた理由が愛、という常人には理解及ばぬ思考。
その果てに生まれた、静寂の殺し愛。
金属がぶつかる音さえどことなく雅な、それでいて動きはとらえること能わぬほどの戦い。
(なるほど、こう動くのか……何とも見事な)
刀を合わせながら武蔵は思う。
(あはは、見事だ。勉強になる)
刀を握りながら燕は思う。
互いに互いを愛し、尊敬し、学び合う関係であるからこそ、この戦いの中でも互いに互いの技術を吸収する。
五年の月日は、二人をさらなる高みへと導くのだった。
永劫にも続く打ち合い。
実際の時間にして、およそ十二時間。
その打ち合いの果てに、勝負は決まった。
「やあああああああああああっ!」
燕が踏み込む。
「らああああああああああっ!」
それと同時に、武蔵も踏み込む。
燕は武蔵の隙をついて首筋に真っ直ぐ刀を振った。
燕の一撃に対し、武蔵は後の先をとろうとした。
だが、互いの技量は互いの想像をはるかに超えていた。
そう、この判断ミスこそが決着をつけた。
荒野に横たわるのは……
首のない死体二つ。
相討ちである。
こうして、勇者と魔王は相討ち果たしこの世界から消えたのである。
続く
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