恋愛成就第三課4

 夕方になるとこの日の試験は終わり、たくさんの受験生たちが一斉に教室から出ていきます。

 合格祈願係の神様はみなさま、ほっと息をつきながらも気分が落ち込んでいる受験生に寄り添って歩いています。試験は明日もありますからね。神様の激励が彼らにちゃんと届くと良いのですが。


 さて、私は凛さんと並んで歩いています。日向くんと特に約束を交わしていたわけでもない凛さんですが、教室を出るときには目で彼を探しているのが私にも分かりました。


「こちらですよ」


 もちろん凛さんには聞こえませんが、私はそういって彼女の腕をとり、日向くんのほうへと誘導していきます。

 さあ、こちらへ。

 日向くんもまた、教室の出口でキョロキョロしています。


「ひなちゃん、どうだった?」

「あ、凛。うーん、まあまあかな。凛は?」

「私はいつもより落ち着いてできた気はするよ。でも成績はギリギリだから」


 二人は仲よく歩きながら、志望大学の話などしています。

 偶然ですが、行きたい大学も同じだったようです。


 けれど話は盛り上がるのに、いつまで経っても連絡先の交換をする様子がありません。

 これは由々しき問題です。

 この時代はまず何をさておいても、連絡先の交換なのではないでしょうか?

 話すのに夢中で、二人とも肝心なことを失念しているようです。


 普段恋愛成就課では、切っ掛け作りにハンカチとか財布とかを落として、それを対象である想い人に拾わせることが多くあります。この場合だとどちらかのスマホをポケットからスルッと落とすのがいいのかもしれません。

 けれど、二人は受験生。

『落ちる』は禁句でした。

 私はいろいろ考えながら周りを見回していました。


「にゃあ」


 歩道の植え込みの陰に、白い猫がいます。可愛らしいですね。

 お願いしたら手伝ってくれるでしょうか?


「猫さん、猫さん、ちょっとこっちに来てくれますか?」

「にゃあ」


 近寄ってきた猫に、凛さんが気付きました。


「あっ、かわいい」

「にゃーん」


 凛さんが手を伸ばしたら、白い猫はさっと逃げます。


「あ……」


 残念そうな凛さんでしたが、そんな彼女に日向くんがスマホを見せました。


「今の猫、写真撮ってみた」

「おおー、ひなちゃん素早いな」

「凛にも送ろうか?」


 こうして二人は無事に連絡先を交換したのでした。

 猫さん、お手伝いどうもありがとう。

 猫さんにもどうか、ちいさな幸せが訪れますように。


 駅に着いて同じ電車に乗って、二人は違う駅で降ります。

 降りる時にニッコリ笑って手を振る凛さん。最初に会った時の地味な雰囲気が、今は華やかなものに変化している気がします。

 顔が変わったわけではないのに。

 不思議なものです。


 薄暗くなった交差点のまんなかで、交通安全課の神様が道行く人々や車を誘導しています。神様が動くと、薄闇にその白い衣が大きくはためきます。それを知ってか知らずか、人々はどこか安心した顔で交差点を渡って行きました。

 凛さんもまた、幸せそうにご家族の待つ家へと急ぎ足で帰っていきます。

 私は交通安全課の神様に、遠くからではありますが一礼いたしました。


 ここまでが、私の地上界でのお仕事。

 凛さんを見送ってから、神々の座オフィスへと帰りました。

 戻ったのは夜の遅い時間でしたが、まだ何人もの神々が働いています。

 私もすぐに自分の席に着き、パソコンを開きます。


「えー、願い事『ひなちゃん、今どこにいるんだろう。会いたいな』、成就っ! ですね」


 ファイルに詳細を記載し、成就のフォルダーに入れる。

 この瞬間が、私にとってすごく、すごく幸せを感じる時間なのです。


「ハルノサクラヒメさま」

「あ、トヨタマビメさま」

「今日もお疲れさまでした。素敵な笑顔ね」

「あ、あの、ありがとうございます」


 人々の願い事は今も絶えず、神様であってもそのすべてを叶えることはできません。

 神様はただそっと見守り、時々ほんの少し人々のそばに寄り添うだけ。

 それでも私は、このお仕事が大好きなのです。


【了】

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