恋愛成就第三課3
ここでほんの少し、きっかけを作ってみようと思います。
恋愛成就と言っても、もちろん二人を無理やりくっつけるわけではありません。大切なのは当人同士の気持ちなのですから。
けれどこのまま気付かないで電車を降りたら、二人が出会うのはもっとずっと先になってしまいます。
だから。
ガタン。
カーブに差し掛かり、電車が大きく揺れました。そのタイミングで私はそっと凛さんを押します。
「あっ」
「おお?」
「す、すみません」
体勢を崩しかけた凛さんを、”偶然”、日向君が受け止めました。
「いや、いいけど。……あ……凛?」
「えっ?」
「
「えーっと。……ええっ? ひなちゃん?」
「そうそう!」
「ひなちゃんっ!?」
思わぬ出会いに、二人とも大きな声をだしてしまいました。
ざわざわっと周りの乗客がさざめきます。
二人は慌てて声を潜めました。
「久しぶりだなあ。凛、全然変わんないなあ」
「失礼な! ひなちゃんは……大きくなりましたね?」
「高三だからな」
二人もとても楽しそうだけれど、周りの人たちだってこっそりクスクス笑っています。
こういう雰囲気は、当事者の二人だけでなく周りにいる人にも小さな幸せをもたらすことが多いのです。
私も嬉しくてニコニコ笑ってしまいました。
「ひなちゃんも、共通テスト受けるんだ?」
「ああ。凛も同じ会場なんだな」
「そうみたい」
「じゃあ会場まで一緒に行くか」
「そだね!」
駅に着くとドッと人が降ります。周りを歩くのはやはり同じような受験生が多くて、不安そうな者もいれば、まるで遠足に来たかのように楽しそうな者もいます。
凛さんも日向くんも何度か友達に声を掛けられました。でも挨拶するだけで友達は先に行き、二人はそのまま仲良く並んで歩いていきます。
これにも多少は神様効果があるのかもしれません。
それとも近付いたら馬に蹴られるぞ的な雰囲気があるのでしょうか。
「ひなちゃんは、九州に転校したんじゃなかったの?」
「ああ。そのあとまた二回転校したんだ。高校を受験するときにこっちに帰ってきたんだけど、隣の市だったから」
「そっか。転校って大変そう」
「まあ。でも全国に友達がいると思えば悪くないかって思うことにした」
「うんうん」
「凛は御木多高校だったんだな」
「そう。家から近いから」
「制服可愛いよな」
「そうそう! 見違えた?」
「いや、すぐわかった」
「ひなちゃんは変わったなあ」
「サッカーしてたから、日焼けするんだよ」
「小学校の時から運動得意だったっけ」
試験会場で部屋を確認すると、日向くんは凛さんの隣の教室でした。
「じゃあな、お互いに頑張ろうな」
「うん」
二人は手を振って別れました。
これからしばらくは私の出番はありません。
凛さんは想い人と無事再会しましたが、このままではまだ恋愛成就とまではいきません。恋愛成就第三課の一柱としては、もう少し凛さんのそばで様子を見る必要があるでしょう。
凛さんの席の隣に立って周りを見ると、同じ教室内にちらほらと他の神様がいらっしゃいます。
たまたま近くに居た神様と目が合いましたので、ご挨拶いたしました。
「お疲れさまです」
「お互い大変ですな。この時期の合格祈願係は本当に忙しいゆえ」
「あ、違うんです。私、ハルノサクラヒメと申します。恋愛成就第三課で初恋を担当しています」
「なんと! 恋愛成就課の神様ですか。私は学業成就第二課、合格祈願係の
「ありがとうございます。合格祈願係の神様方には、大変お忙しい季節ですね」
「ええ。本当は直前ではなくもっと前に祈願に訪れてくれるとありがたいのですが、ほとんどの願い事は受験の直前ですからなあ」
アキノフデノミコトさまは困ったように頭を掻きながら軽く会釈すると、次の受験生のもとへと移動していきました。
合格祈願係の願い事は、短期間でとても多く上がってきます。だから神様方は、受験の時は一柱で大勢の受験生を担当することになるのです。
あちらこちらの席を忙しく歩き回りながら、担当する受験生がなるべく平常心で試験に臨めるように場を清めたり。あるいはもっとアドレナリンが出るようにと舞ったり歌ったりしている神様もいます。
アキノフデノミコトが少し離れた席で受験生の女の子を応援しはじめました。その素晴らしい舞いに、私は思わず拍手を贈りました。
人々には見えませんが、本当にここは熱気あふれるよき場所です。
凛さんもまた、目標に向かって一心不乱に鉛筆を動かしています。その結果もまた、日向さんとの良い縁に繋がるでしょう。
専門外の私ではありますが、秘かに凛さんの受験を応援いたしました。
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