恋愛成就第三課2

 途中で休憩をはさみながらも、パソコンに向かい合う時間が続きます。

 リストも終盤。けれど実はここからが勝負の時間です。

 叶えてあげたい願い事は、不思議とリストの最後のほうに現れるものなのです。


 願い事『ひなちゃん、今どこにいるんだろう。会いたいな』

 願い事がきちんとお願いの形式になっていないのは、願い主が神域の中でふと零した本音だからでしょう。

 願い主は西尾凛にしお りん、十八歳。

 大学受験の合格祈願で家の近くの神社にやってきました。たくさん並ぶ合格祈願の絵馬を眺めながら、小学校の時に転校した友達を思い出したようです。


「そういえば、ひなちゃん元気かな。やっぱり受験するのかな。大学で会えたり……しないかなあ」


 西尾凛さんは何気なく呟いただけでしたが、神域ではたまにこういう言葉が拾い上げられることがあります。

 対象は春川日向はるかわ ひなた、十八歳。

 備考欄を見ると、願い主と同じく受験生でした。そして彼も実は凛さんのことを忘れてはいないようです。

 これは、とても気になる案件です。ただ会いたいというだけの願い事が恋愛成就課に回ってきたということの意味を、しばし考えてみました。

 うん。

 この願い、叶えてあげたい。


「恋愛成就第三課、波瑠之咲良比売ハルノサクラヒメ。恋のお手伝いに行ってまいります」


 ◇◆◇


 地上に降り立った神の姿は、普通の人には全く見ることができません。


「うわあ……似たような服の子がたくさんいますねえ」


 今日は大学入学共通テストの日。駅には朝早くから多くの受験生がいます。

 西尾凛さんと春川日向くんは通っていた高校は違いますが、今日と明日はたまたま同じ会場で試験を受けることになっていました。

 これが縁というものです。

 その縁をほんの少しだけ補強するのが神様のお仕事なのです。

 通勤ラッシュと重なって、駅のホームには長い列ができていました。


「あ、いたいた」


 凛さんの姿が見えました。小柄で可愛らしい女の子ですが、あまり目立つ雰囲気ではありません。どちらかと言うと地味で真面目そう。眼鏡をかけて、あまり長くない髪をギュッと結んで、大きな鞄を重そうに持っています。

 そんな彼女が、人波に流されるように電車の入り口に向かって前に進んでいきました。

 満員ですがあと数人、頑張れば電車に乗れるかもしれません。


「でもごめんなさいね。凛さんはもう一本待ってください」


 私は凛さんの前にこっそり割って入ると、電車のドアの手前で立ち止まりました。

 神様は見えないけれど、人に対して影響力はもちろんあります。

 私も新神ではありますが、これでも神様ですから。


 凛さんは、何故か一歩前に進めずに一瞬立ち止まってしまいます。その目の前で、無情にも電車のドアが閉まりました。


「あ……」


 チャイムが鳴り、電車が動き始めます。


「ついてないなあ」


 凛さんは小声でそうつぶやきます。でも今日は共通テストですから。ホームにはすぐに臨時列車が着きますよ。

 凛さんは行列の一番前に立っていますので、今度こそちゃんと電車に乗り込むことができました。

 この電車もやはり前の駅から乗っている乗客がいて、車内には座れるような場所はありません。後ろからくる乗客に押し込まれるように、凛さんは奥へと進みます。

 私もそっと凛さんに寄り添い、さりげなく人をかき分けて誘導しました。


 混雑した車内で、人々はもぞもぞと動き、自分の立ち位置を定めます。そして電車が動き始めるとようやく、こっそりと息をつくのです。

 満員電車ってほんとうに大変ですね!

 私がいるから、凛さんのそばにはほんの少しだけ空間に余裕があります。特に力は使ってないけれど、やっぱり神様というのは見えなくても近寄りがたい何かがあるのかもしれません。

 そういうのって、自分では分かりにくいものです。

 たとえ神様であっても。


 凛さんのすぐ隣には、黒い学生服を着た体格のいい色黒の少年が立っています。髪の毛は短くさっぱりと刈ってスポーツマンらしく、どちらかと言えばイケメンかもしれません。彼が凛さんの想い人、春川日向くんです。

 二人が仲良く遊んでいたのは小学生の頃。その時はまだ、日向くんはすごく小柄でした。その後、日向くんが引っ越してからもう何年も経ちます。すっかり背も高くなった今は、もう当時の面影はあまりないのかもしれません。

 凛さんは気付かないまま。そして日向くんもまだ凛さんのことには気付いていません。


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