その向こう側へ、君と行けたなら。-4-
「俺さ、世界が終わった後の、その先を見たいんだ」
創史はまっすぐ前を見て言う。
まるでその先に未来があるように。
私はそんな創史の横顔を見る。
じっと見つめる。
「世界が終わったら、先なんて無いんじゃないの?」
「だって誰も終わった先に何があるか分かんないんだろ? 未来から帰った人は世界の終りの先を見たわけじゃあないって話だし」
「今日より先に行くことができなかったんだっけ」
「そう。タイムマシンが行けなかったとしても、明日がないとは言い切れない」
それはあちらこちらで何度も議論された内容だった。そしてその結論はと言えば、結局のところ、過去という安全な避難場所を人々は選んだのだ。
私はただ行く先を選べずにここに残っていただけ。けれども創史は自分で選んで現在に残った。
明けゆく空を見ながら、朝焼けに頬を赤く染めて話す創史。
そんな創史が少し眩しく見えて、私は目を逸らした。
「世界の終りのさらに先に行けたら」
「先に行けたら?」
「あのさ」
「うん?」
「絵里、俺と一緒に旅に出ない?」
考えたこともなかった提案にびっくりして、もう一度創史の顔を振り返り覗き込む。
創史は私の勢いに焦ったのか、のけぞった。
「ち、近いよ」
「どこへ?」
「何が?」
「旅ってどこへ行くの?」
「どこへって、どこか広い場所だよ。犬とか猫とか、牛とか羊とかニワトリがいてさ、田んぼと畑があって」
「何それすごい田舎!」
「近くにコンビニとかスーパーがあってさ」
「ふふ。程よい田舎感になったね」
「やっぱりお店は便利だからなあ。もう残ってるものは少ないかもしれないけど」
多くの人がタイムマシンに乗り始めた最初の頃は、まだお店が開いてた。
けど、従業員も店長さんも社長さんもみんないなくなって、お店の多くは開きっぱなしで放置されている。
まだ残っていた人たちは、そこから必要なものを持って帰って生活してた。そして結局は、持って帰ったものの多くをこの世界に置いたまま、残っていた人たちも過去へ向かった。
もし世界が終わったあとで、その先の未来が本当あったなら、当分は食べ物に困らないんじゃないかな。
「でもいつかは、食べるものも自分たちで作らないといけないだろ」
「スーパーの保存食もいつかは食べられなくなるもんね」
「そうそう。だから田んぼと畑と牧場!」
お店のものは今は持って行き放題だけど、いずれ無くなるかもしれないし何年もたてば食べられなくなりそう。
それからは、自分たちで作るのかあ。
牛がいて、ニワトリがいて。畑で野菜を作って。
家には犬と猫。隣には創始が、今と同じようにキラキラとした目で座っているのかもしれない。
「でも私、野菜とか作れないよ。電気もガスも水道もないし」
「それは、本屋さんに行こう。キャンプの本とかあるし、サバイバルの本もあるから」
「なるほど!」
「どう?一緒に行ってくれる気になった?」
びっくり自給自足生活のお誘いだった。
何だか世界の終わりが少し楽しみになったかもしれない。
ふと。
創史の顔がすごく近くにあるのに気付いて、ちょっと恥ずかしくなった。
「うーん。創史はなんでこんなにギリギリにうちに来たの?」
「絵里が残るってのは母さんに聞いてたんだ。でも直前で気が変わるかもしれないだろ?」
それはどうだろう?
私が行きたい過去はなかったし、結局ここにいる。
でも創史が残るって知ってたなら、ここに残るという気持ちはもっと固いものになっていただろう。
「俺のせいで絵里が自分の選択を変えたら嫌だから。だからタイムマシンが止まるまで待ったんだ」
「そうかあ。じゃあ残っててよかった。こうして創史に会えたし」
「お、おう」
はにかんだ顔。
中学生までとは違う、ちょっと大人の顔になった創史。
ほんの少しだけ私と彼の距離が近付く。
彼の手が、私の手に触れた。
そっと。
それから、しっかりと握って。
私の頬が燃えるように熱いのは、きっと朝焼けのせいだ。
「俺、絵里のことが……」
創史が何か言いかけて口ごもる。
私も恥ずかしくて、目を逸らした。
目の前には東の空。
真っ赤な空が少しだけ色を薄め、地平線がきらきらと輝いている。
「あ、もう日が昇る」
「……ほんとうだな。この太陽が昇りきったら」
「うん」
「そしたら、世界の終りのその先だ」
「そっか」
「そうしたら、絵里……」
空と大地の境目から、刺すような眩しい光がみるみるうちに膨らんでいく。
赤かった空の色はやがて薄れ、その先にあるのは。
世界の終りの向こう側には、何があるのか。
それとも。
隣に座った創史の手を握りしめる。
互いの顔は見ない。
ただまっすぐ目の前の空だけを見つめた。
【了】
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