その向こう側へ、君と行けたなら。-3-

 タイムマシンが使えるのは、世界が終わる五分前まで。

 そう決められていた。

 ギリギリに使われたタイムマシンが、過去にどんな悪影響を与えるか分からないから。

 管理のために残っていた人は最終便で過去に向かったはずだ。電気は止められ、もう誰もタイムマシンを動かすことはできない。

 世界が終わるまであと四分三十秒。

 五分って案外長い。

 時計が刻む一秒一秒が永遠のように感じられた。


 ドン、ドン、ドン!


 突然、すごい音が玄関のほうから聞こえてきた。

 何が起こったの?

 これって、玄関のドアを叩いてる?


 ああ、チャイムはもう鳴らないんだ。電気は止まったから。

 こんな時にお客様だとか。

 慌てて玄関に駆け寄ると、外で私を呼ぶ声が聞こえた。私は急いでドアを開ける。

 目の前にいるのは同級生の男子だった。生まれた時から同じマンションに住んでる、一番古い友人。

 保育園に入る前からずっと仲良しだった男の子。

 幼馴染で親友。

 とっくにタイムマシンに乗ったと思っていたのに。


創史そうし、何でこんなとこにいるの?」

絵里えりが残ってるって聞いてたんだ。俺も残ったから。そんなことより出て来て。もう時間無いから!」


 急かされて慌ててサンダルをつっかけて外に出る。

 鍵を掛ける必要は……もうない。

 あと四分で世界は終わるのだから。


 創史が向かったのは非常階段。

 駆け足の創史に追いつこうと、全力で走る羽目になった。

 はあはあと息切れしながら、前を行く創史に聞く。


「ねえ、ねえってば。何があったの? どうしたの?」

「一緒に世界の最後を見よう。この上の階にすごく見晴らしのいい空き家があるんだ」


 空き家。

 マンションの住人は多分みんな過去に避難している。鍵を掛けずに出た人たちも多かった。

 残った私たち一家は、そんな家から生活に必要なものをかき集めて過ごしていた。

 創史もそうだったんだろう。


「ところでさ、絵里はなぜ現在に残ったの?」

「私? うーん。行きたい過去がなかったから」


 タイムマシンは優秀で、行きたい時代を好きに決めることができた。

 まだ本格的に避難が始まるより前のこと、学校ではみんな、どんな時代に行きたいかを楽しそうに話していたっけ。

 この町で避難が始まった時には、誰もが互いに行きたい時代に誘い合っていた。

 持って行ける物はキャリーバッグ一つ分。そこに着替えや食料をいれて。あとはサバイバルグッズ。

 マッチやライターが一番に品薄になって、店頭から消えた。電池、ナイフや包丁、そしてなぜかティッシュも。

 恐竜を見たいと言ってた人がいたけど、武器とか持って行けたんだろうか。

 文明の発達していない古代に跳んだ人は苦労しているかもしれない。

 もしかしたら現代知識チートとかやってるのかな?

 両親は昭和の高度経済成長期に行くのだと言っていた。母さんの祖父母を頼るのだと言う。

 ひいじいちゃんとひいばあちゃん、さぞかしびっくりしてるだろう。


 偉い人たちが言うには、タイムパラドックスは起こらないらしい。

 たしかに両親が過去に行っても私の思い出も家のアルバムも改変されたりはしなかった。

 それはきっと過去ではあるけれど、並行世界というか、もうこことは違う世界になってしまったのだと思う。

 難しいことは分かんないけど、適当にそんな想像をしてる。


 私には過去に会いたい人もいなければ、見てみたいものもなかった。

 強いて言えば。


「私は……多分、未来が見たかったんだと思う」


 過去じゃなくて。

 未来に向かっていきたかった。

 そう言うと、前にいた創史が振り返って満面の笑顔を見せてくれた。

 ドキッ。

 なぜか心臓が大きく撥ねる。


「俺も!」


 そして創史は知らない誰かの家のドアに手を掛ける。ドアは何の抵抗もなく開き、創史は靴を脱いでずんずん奥へと歩いていった。

 私も玄関でつっかけを脱ぎ捨てて追いかける。

 家の中は家具が置きっぱなしで、まだ誰かが住んでるみたい。

 うちよりも広いリビングには大きなテレビがあって、真っ黒い画面にうっすらと埃をまとっていた。

 リビングをまっすぐ突っ切って、創史が窓をめいっぱい開く。


「この家のベランダ、すごいんだ」

「おおー」


 リビングの窓の外は、リビングよりももっと広いルーフバルコニーになっていた。置きっぱなしの鉢植えが意外と元気に生い茂っている。

 さらにはテーブルとイスまで!


「絵里、ここに座ろう。ここからだと東の空がよく見える」


 創史と並んで椅子に座り、遠くの空を眺める。

 朝日が上る直前の空は、昨日までと同じ濃い赤に染まっていた。


「あと何分かな」

「二分くらいだと思う。ちょうど太陽が昇るくらいの時間がその時だって」


 この世界が終わる。

 あとたった二分で。

 その時、私のそばに創史がいてくれるのがすごく心強いと、初めて思った。

 ずっと一人で大丈夫だったのに。


「最後の五分のうち半分くらいは、階段を走ってすごしちゃったよ」

「あはは」

「朝日ならうちからでも見えるのに」

「えー、だって俺がいきなり絵里の家に上がり込んだら困るだろ?」

「そんなの、今ここにいるのと一緒じゃん」

「いや、だって、その、心理的にな」


 あたふたする創史は、本当に何も変わらず今まで通りだった。

 あと二分で世界が終わるなんて、嘘みたい。

 朝焼けの空は、日が昇る直前が一番赤い。

 家のリビングから見る景色とたった一階分しか変わらないはず。だけど不思議と、特別綺麗な空のように思えた。

 隣に創史がいるから。

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