その向こう側へ、君と行けたなら。-2-

 事の始まりは、五年前。

 タイムマシンが発明されたことがきっかけだった。

 偉い人が作ったタイムマシンは、様々な実験の後、実用化された。

 最初は物を送るだけ。次に小動物、そして満を持して人間を。


 タイムマシンは報道を通じて、私達にも過去や未来の様子を垣間見せてくれる。

 ただ過去に送られた人間は、帰ってくることはなかった。それはそうだ。過去にはタイムマシンが無いのだから。

 それでも志願する人は後を絶たない。過去へ向かった人はそこで時代の証拠になるような物を手に入れ、現在から持ち込んだカプセルに封じて地中に埋めた。

 気の遠くなるようなタイムカプセル。

 何百年もの時を超えても見付けられるように、カプセルには特殊な発信機が付けられた。そのうちのいくつかは、掘りおこして回収することができたらしい。

 タイムカプセルによって、過去の様子が知れる。

 その頃は『戦国時代のあの武将たちの意外な素顔!』なんて番組がいくつも放送されていた。


 問題は未来にあった。

 未来からは帰ってこれる。何故なら未来にはタイムマシンがあるから。

 帰ってきた人は多分、口々に同じことを言ったんだと思う。

 未来に跳んだ人たちが危機的な情報を持ち帰ったという話は、しばらくの間内緒にされていたらしい。

 タイムマシンの存在が世に知れてから一年くらい経ってようやく、こんな情報が公開された。


「四年後に地球は消滅する」


 それは政府の発表だったけど、最初の頃は信じた人はあまりいなかったんだと思う。

 当時私はまだ中学生だった。その日、学校でずいぶん話題になったのは覚えている。男子は面白そうに大声で話し、女子は大げさに怖がって噂していた。

 昨日見たアニメ映画の感想を言い合うのと、ちっとも変らなかった。

 けれどそれからすぐに。

 一年もたたないうちに社会は崩壊する。

 タイムマシンで過去に避難することが推奨されたからだ。


 一つ素晴らしいことがあるとすれば、偉い人たちはタイムマシンを秘匿も独占もしなかった。


「全世界のすべての人がタイムマシンを使う権利を有する」


 社会は混乱し、タイムマシンに人々は群がった。

 当然管理は厳重に行われることになる。だがほどなく混乱は収まった。タイムマシンは驚くほど早く増産され、世界各地に何万基も設置されたから。

 そのいくつかは暴徒によって壊され、しかし残ったタイムマシンで次々と人々は過去へと避難する。

 それは帰ることのできない一方通行の旅。


 この町にも一つ、タイムマシンがある。置かれたのはもう二年以上前のことだ。

 ちょうど夏休みの最中だった。暑い、暑い、七月の終わり頃。

 タイムマシンが置かれた施設の前に、長い、長い行列ができた。このマンションの窓からもそれがよく見えたっけ。列には当時のクラスメイトもたくさん並んでいたんだと思う。

 そしてその時から、私の中学三年生の夏休みは無期限に続いている。

 だって先生はもう居ないから。そして長い休みを喜ぶ生徒たちもすでにいない。


 本当だったら去年、私は高校に入学するはずだった。

 受験もしていないし、それ以前に勉強も全然してないけど。


 同級生も学校の先生も近所の人も、次々と姿を消していく。

 タイムマシンの中に入り、そしてこの世界から存在しなくなる。

 じゃあ、私は?

 私はここに残ると決めた。

 なぜ?

 問われても、心の中に思うことは、自分ですら分かりにくい……。

 両親は一緒に過去に行こうと私を説得する。周囲のみんながいなくなる中、ギリギリまで残って話し合いを続けた。でも今年になってようやく諦めてくれた。


 つい先週、私の十七歳の誕生日。両親はそれを祝って、それからタイムマシンの中に消えていった。

 少し離れたところから見送る。

 涙を見せない私は薄情だろうか。

 それでも父の、母の幸せを祈る気持ちはある。

 元気で長生きしてね。

 父さん。

 母さん。

 もう私の声は届かないけれど。


 世界中のほとんどの人が、何百年も、あるいは何千年も過去の世界に向かう。

 ほんのわずかな人数のひねくれ者をこの世界に残して。

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