3
村のメインストリートを奥に進むと、最後の家の向こう側は牧場みたいになっていた。牛が数頭と、馬がいる。すっごく大きい!
牛も馬もこんなに近くで見たことないからなあ。
「ここから隣の村までは凄く、すっごく遠いんで、馬に乗らないと辿り着けないんです。藍ちゃんはここより向こうに一人で行っちゃあ、絶対に駄目ですからねー」
「はい」
「お、シューじゃねえか。ちょうどよかった。……って、可愛い子を連れて何してんだ?」
村の外から駆けてきた馬が目の前で止まり、頭上から言葉が降ってくる。
柊くんは珍しく顔をしかめて、馬に乗ってる人を見上げた。
「げっ、イェンス。何故こんな時間に……」
「何故って、村の外にオークが出たんだよ。今から狩るからお前も手伝え」
「オーク?」
「お嬢さん、危ねえからそこの家に入っときな。おーい、ドリス」
牧場の家から出てきたのは私よりは少しだけ年上にみえる女の人だった。
「なあに、あなた」
「今からオークを狩るからな。この子を家に入れてやってくれ」
「あら、新しいパン屋の子ね。どうぞ」
訳も分からないままに話が進んでる。どうするべきか柊くんの顔を見ると、うんうんと頷くので彼女と一緒に家の中に入ることにした。
部屋の中には赤ちゃんが眠っている。きっとイェンスさんとドリスさんの子だ。
「引っ越してきていきなりオークなんて、びっくりした?」
「あの、オークって?」
「魔物よ。えーっと、イノシシのすごく大きいのって言えばわかる?」
「魔物?」
「あー、向こうから来た人間は知らないのかな。近くの山ん中に住む大きなイノシシよ。オークが狩れたら当分はごちそうが食べれるわ。焼き立てパンもあるし、今年はいい年になりそう!」
ドリスが指さすので窓の外を見ると、本当に大きな猪が二本足で立ち上がって柊くんを襲おうとしていた。
「柊くんっ!」
「あら。シューったら、やるわね」
ドリスはニヤニヤして見てる。でも、あっ、危ない!
猪みたいなオークが太い腕を振り下ろそうとしたとき、柊くんはどこから取り出したのか、槍のようなものを持って迎え撃った。
立ち上がったオークは頭一つ大きかったけど、その一撃を柊くんは耐えた。そして周りを取り囲んだ数人の人が次々と切りかかり、やがてドーンという大きな音を立ててオークの身体が倒れた。
「やった。明日はステーキよ!」
「……よかった」
「うふふ。パン屋さん、お名前は? あたしはドリスよ」
「夏海藍です」
「ナツミアイ?」
「えっと、アイです」
「アイさんね」
ドリスさんは私を連れて部屋の奥に戻ると、お茶を入れてくれた。
「狩りを見るのは初めて? 怖かった?」
「……はい。でも皆さん無事でよかったです」
「アイツらは結構強いから。心配はいらないわ」
ドキドキする心臓が落ち着くのを待っていると、玄関のドアがバタンと開き、柊くんが入ってきた。
「藍ちゃん! 良かった。まだここにいてくれた」
「柊くん!」
「シュー、さっさと彼女を連れて帰ってあげて。さあ、さあ」
「ドリス、彼女を見ててくれてありがとう。まあイェンスが僕を引っ張っていったせいだけどね!」
「あはは。うちの人には後でよーく言っとくわ」
「あの、ドリスさん、お茶をありがとうございます」
「どういたしまして。明日もおいしいパンを頼むわね」
「はいっ!」
柊くんと二人並んで家へと歩く。
本当は村の中に川が流れているので、それも見に行く予定だった。でも今はオークを解体してるから行けないんだって。
オーク……猪に似た魔物。
詳しくはないけど、多分大きすぎる馬と牛。
看板に書かれた見知らぬ記号。
「あのね、柊くん。ここは……どこですか?」
「もう気付いちゃいました、よね? やっぱり」
「日本じゃないみたい」
「……うん。藍ちゃんの前に住んでたところとは別の世界」
「私、もう日本には帰れないのかな?」
「いえいえ、とんでもない! ちゃんと向こうの世界にも行けるよ。来た時と同じように僕が軽トラで送るから」
ちぎれそうなくらい首を振るから、ちょっと笑ってしまう。
「藍ちゃんがもっとここに慣れてから、ちゃんと話すつもりだったんだ」
「なぜ?」
「だって、すぐに向こうに帰るって言うかもしれないし……」
「帰らないよ」
私がきっぱり言うと、柊くんは目を見開いて私の顔を覗き込んだ。
「ホントの本当に?」
「うん。だってこの村のパン屋さんに就職したし」
「小さい村だけど」
「みんなが私の焼いたパンを買ってくれる。ドリスさんとも約束したし」
「雑貨屋さんは可愛い小物とかじゃなくて武器を売ってるけど」
「武器! 今度見に行ってもいい?」
「もちろん! 案内するよ」
銃刀法とか、関係のない世界なんだなあ。
「村の外には魔物とか出るけど」
「魔物は怖いけど……村には来ない?」
「来ないし、もし来ても僕が守るから!」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますです」
ふふふ。
あはは。
どちらともなく笑いだした。なんだかすごくおかしくて。
家に帰り着くまで、ずっと一緒に笑ってた。
柊くんがくれたペンダントは、実は翻訳機だったらしい。全然違う言葉なのに、普通に喋ってるように聞こえるなんて。こんな不思議な翻訳機は、多分日本にはない。
ここにいたら、他にもいろいろと不思議なことに出会えそう。
パンをたくさん焼くのは大変だけど、みんなに喜んでもらえるって最高だ。もっと美味しいパンを焼きたい。
そして何より……。
「そうだ、藍ちゃん。明日は花畑のほうを案内しますね」
「来た時に通った?」
「ですです。あそこは村長が管理しているのですよ。とってもいい匂いの花があるのでー」
「ありがとう。じゃあ朝のうちに頑張ってパンを焼かないとね」
「美味しい焼き立てパン! 僕もお手伝いしますね」
「よろしくお願いします」
柊くんのことをもう少し見ていたい。
この気持ちが何なのか、見極めるにはきっとまだまだ時間がかかるから。
――了――
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