ステージに立つ横顔を眺めるばかりの人生でした。

その場所は、裏路地に入って少し歩いた場所にあった。

大通りとは打って変わって簡素で、整備もおろそか。喧噪けんそうとは無縁であろう静かな空間。

少し踏み込んだだけでこうまで世界は変わってしまう。それが、街というものの性質だということを司は改めて肌で感じる。


「ここか」


外見はお世辞にも良いとはいえない何かの店。

元は会員制のバーか何かだったのだろう、看板の剥げ具合や絡みついたツタが控えめな営業停止を告げていた。

ふと、立ち止まる。決して臆したわけではない。持ち物と、覚悟を確認するためだ。

黒衣が葉月を人質にとっていた場合、自らが傷つこうとも葉月だけは助けなければならない。ということを。

昔受けた兄からの言伝が脳内を駆け巡る。


『"何かあったら葉月を頼む。お前は葉月の兄だから"』


義務にも似たその感覚は、常に司を締め付けていた。そして、それは今も変わらない。

兄は多くを語る人間ではなかった。だが、それが妙に司には心地良かった。

ぎりり、と歯軋りの音が口内に溶ける。

司は冷静だった。しかし、その冷静さは激昂げきこうを兼ねた危ういものだった。

いつ暴発してもおかしくない。


階段を少しずつ降り、扉に手をかけ、ノブを回す。中の機構は錆びついておらず、案外よく動いた。

暗闇から、暗闇へと。司は入っていく。


中はやはり、90年代を思わせるバーのように見えた。もちろん営業はしていない。

壁に染み付いたものだろうか。少し熟れた酒の匂いが鼻腔をくすぐって、どうにもこそばがゆい。

ここには店員も客もいない。強いて言うなら、塗装剥げを起こした黒いソファーに座る黒衣が店員で、今入ってきた司が客というところだ。


「来たか」


黒衣はぼそりと呟いた。常に変わらない、静かで冷めた声だった。

当たりを見回す。割れたグラス、破れたポスター、日に焼けた壁。肝心の葉月は・・・いない。


「葉月をどこにやった・・・。また『私が殺した』なんて言ってみろ! その時は地の果てまで追って必ず後悔させてやる!」


司は顔の怒気を強め、懐から抜き身の包丁を取り出した。新聞紙に包み、いざという時の武器として携行していたのだ。

黒衣は座ったまま司を見据えている。刃物に怯えている様子はない。


「・・・葉月? 一体何のことだ」

「とぼけてんじゃねェッ! お前が俺の妹を・・・っ!」


そこまで口に出して、そこから先の言葉が出なくなった。

司は包丁を持っていない方の拳で壁を殴りつけた。それが生産性の無い行動とはわかっていたが、焦燥感と不安感に苛まれ今にも爆発しそうだった。


「待て、葉月はお前の妹だな。お前の妹がどうしたというんだ」


座っていた黒衣が慌てたように立ち上がる。司の威嚇に怯えているわけではなく、どこか心配しているような様子だった。


「居なくなったんだよ! まるで神隠しにでもあったみたいに・・・! お前の差し金だろうが!」


司は立ち上がった黒衣に包丁を向ける。それは『これ以上近づいたら刺すからな』という最終警告に思えた。


「いや、違う。・・・それは違う。私は断じてお前の妹に手を出してはいない」

「その証拠がどこにあるっていうんだよ!」


脅しを重ねるように再度、司は壁を叩く。手にはうっすらと血が滲んでいた。

その様子を見て、黒衣は司を諭すように話を切り出した。


「この隠れ家にはカメラが設置されている。疑うのなら見てみるといい。私はお前を昼夜ここで待ち続けていた。外には出ていない」

「ならお前の仲間とか、部下ならどうだ!」


司が話し終わる前に黒衣が切り返す。


「それはない。私は極めて個人的な理由でここに来ている。誰も連れてきてはいない。

 それに、お前の妹ということはミコトの妹でもあるわけだ。そんな存在を誘拐など、誰がするものか・・・っ!」


そう言い放った黒衣の顔は悲哀に満ちていた。演技の可能性もあったが、司にはそれがどうも本心から滲み出てくるもののように見える。

殺風景な部屋の机には食い散らかされた食料が所狭しと並んでいた。それは黒衣の発言を裏付けるものでもあった。


「誰が信じられるかよ」


そういって目を伏せる。黒衣を信用したわけじゃないが、嘘をついている雰囲気もない。それに、葉月がいないならここにいる意味も無い。

司は踵を返し、入ってきた扉の方を向いた。その背中に向けて、黒衣が語りかける。


「お前の妹がいなくなったんだな?そういうことなら、私も捜索を手伝おう。悪い話ではないはずだ」


「いらねえ」


「しかし」


黒衣が言い終わる前に司が口を挟む。


「はっきり言っておくけどな。どんな理由があれ、お前は俺の兄を殺したと言っているんだ。そんなヤツを妹に近づけさせてたまるかよ!」


司が扉に手をかけた。


「お前はミコトに似ているな」


「・・・何だって?」


聞き慣れないその甘言かんげんに司は向き直る。その顔には動揺と、少しの怒りが見て取れる。

黒衣は不思議そうに司を見つめる。


「何か気に障ることを言ったか?私はミコトに似ていると言ったんだ」

「あんたやっぱりおかしいよ」



「兄貴に似ているだなんて生まれてから初めて聞いたさ」



呆れたように。司は黒衣に言葉を投げ捨てる。

悲しくも寂しいその佇まいは、黒衣の口を無理やりにふさいだ。


「いいか?今は妹が大事だ。兄貴の死はこれ以上ないほど辛くて悲しいものだったけど、妹を守るのが兄の務めだ」


「だから猶予をやる。二度と俺達家族の前に現れるな」


そういって司は外へと出て行き、扉を音が鳴るように閉めた。その力強さからこれ以上ない焦りが見受けられる。

一人残された黒衣はソファーへと向かい、どかりと座りなおす。

悲哀を感じさせるその瞳が、暗闇に残されたわずかな光を閉じ込めていた。

懐からタバコを取り出し、咥えて、ライターで火を点ける。


「さて、どうするかな」


煙をあげる灯火は、暗闇の中で黒衣の姿を静かに照らしていた。


つかつかと、夜の街を歩く。郊外にいるからかあたりは閑散かんさんとしていて、夜相応の静けさに包まれていた。

司は焦っていた。というよりも混乱していた。

それを助長させる要素としては、葉月がいないこと。そして黒衣が犯人ではなかったことだ。

頼りの綱といってもいい黒衣が犯人ではなかった以上、ここまで来たのは徒労とろうに過ぎない。

こうしている間にも葉月が危ない。つまるところ、今は何よりも時間が惜しい。


「くそ・・・」


悪態をつく。それは半ば衝動だった。葉月がどこにいるのか検討も付かない。どこに行けばいいのかわからない。

地図を失った遭難者のように、司は目をギラつかせながらうろうろと徘徊を繰り返していた。

その時だった。


「?」


車道を挟んだ向かい側の歩道、電灯の下に、灰色のパーカーを深く被った人影があった。

その人影はやけにこちらを見つめ、捉えて離さないでいる。

いつもの司ならただの通行人だろうという事で済ませていたかもしれない。だが、この状況下だ。明らかに怪しい。

闇に紛れて上手く見えないが、その人影は何かを小脇に抱えている。


「あれは・・・」


じっと目を凝らす。人影ではなく、抱えているものに。

黒くすらりと伸びた髪。私立校の制服。あどけなさの残る髪留めの色はピンク。



誕生日に、自分がプレゼントしたものだ。



「葉月ッ!」


地を蹴り、走り出す。司はおよそ出せる全速力で、車道を突っ切る。

急ブレーキの音と、バカヤローというしゃがれた怒号が耳に入ったが、構わずに走った。

その様子を見たパーカーの人影は、踵を返し、逃げるように裏の細道へと入っていく。


「くそ、くそ・・・! 何なんだアイツは! どうなってんだこの街は!」


逃げた細道を走り、追いかける。裏通りで行なわれた数分間のチェイスの末、その人影は郊外にある廃ビルの中で足を止めた。

へとへとになりながら、司が追い付く。距離にして300mというところだが、なにせほぼ全力疾走だ。体育の成績が5だろうが、疲れるものは疲れる。

視界も虚ろになりかけていたが、すんでのところで耐えていた。

荒い息を吐きだし、埃臭い空気を吸い込んで、司はそのシルエットを眼前に捉える。


「はぁ、はぁ。追いついたぞ、葉月を返せ。身代金が必要なら俺の財布がある。そこから好きなだけ取っていい。通帳も。だから・・・」


あるだけ持っていけ。それが司に取れる最善策だった。

しかし、パーカーの誘拐犯はその健気な呼びかけに応じようとはしない。ただ廃ビルの壁を見つめているだけだ。

そのくせ掴んだ葉月を放そうとはしない。力が緩む様子も、ない。

息を荒げ、肩が動く司を気にもしていない。その姿に痺れを切らしたかのように、司が声を張り上げる。


「おい! 無視してんじゃねぇよ!」


微かに。体が揺れる。問いかけにようやく答えるように、人影は振り返った。


「な、こんな・・・。こんなことって・・・!」



そこにいたのは、鳥のような嘴がついた獣人、もとい合成獣キメラのようなものであった。



「Kishlaaaaa!!」


甲高い響きが、恐怖を助長する。


「嘘だろ、こんなの聞いてないぞ!」


気圧され、後退する司の背中を何者かが羽交い絞めにする。

その力は凄まじく、およそ抜け出せそうもない。


「!?」


それは、前方にいる鳥獣人ちょうじゅうじんと同じ化け物だった。

そのことに驚いているのも束の間、廃ビルを支える柱の影から一体、また一体と歩いてくる。

影から姿を現したそれは総勢十数体。

この頃には司も気づいていた。追い詰めたのではなく、誘い込まれたことに。


「よーし、無事捕獲したな」


聞き覚えのない声が響く。司から見て左奥の柱から、金髪の男が姿を現す。

学ランにジャージ。見るからに安そうなネックレスとギラギラの腕時計。

ラフな格好とは裏腹に、男からはどことなく凛々しさが感じられる。


「お前が親玉か! 葉月を返せ・・・!」


滲み出る殺意を抑え、司は男に声をかける。

男はつまらなさそうに音を返す。


「うん。そうだな。参番さんばん、そいつに床を舐めさせろ」


参番。その言葉に呼応するかのように鳥獣人の一体が司の頭蓋を掴み、アスファルトの床へと勢いよく引きずり倒す。

その所作に知性は微塵も感じられない。

暴力的で野生的、それでいて猟奇的なものだった。


「ぐあ・・・っ」


打ち付けられた司の口から苦悶の声が漏れる。

と、同時に額から薄く血が滲む。

目眩が起こる衝撃と痛みに、司は身を悶えさせた。


「ごめんなぁ。お前にも興味はあるけど、俺はあの白髪タバコ野郎つよそうなやつと闘いたいんだ」

「な、何を言って・・・」


鳥獣人の手とコンクリートとの間で、司が恨み節のように呟く。


弐番にばん。そいつの腹を蹴れ」


「んぐっ!」


腹を蹴り飛ばす一撃。

格闘技のセオリーも何も無い、野生的なサッカーボールキック。

されど司は吹き飛ばない。否、吹き飛べない。

鳥獣人に抑え付けられている司には、吹き飛ぶことすら許されないのだ。

ばたばたと手足を動かしているものの、肝心の体は一切動かない。

その力量差は、誰の目から見ても明らかだった。


「どんなもんかと思ったら・・・。まったくもって抵抗しねぇでやんの。おかしなヤツだ」


男は、司を見下す。「まるで期待外れだな」と。

灰色の世界に揺れる黒い瞳はどことなく残酷で、司の背筋が冷たさを帯びる。


「な、何が抵抗だよ。人間にはこれが精一杯なんだよこの化け物が・・・っ!」



「は?」



予想外だ、と。

男の思考回路が凍結されるとともに、指示を待っている鳥獣人が不思議なくらいピタリと動きを止めた。

男は少し驚いたような顔で口を開いた。



「待てよ。お前もしかして"発言者はつげんしゃ"じゃないのか?」



「発言、者・・・?」


瞬間。霧のような何かが吹き抜ける。

その突風は鳥獣人を吹き飛ばし、全ての視覚を滲ませ、一瞬のうちに司を連れ去った。




司は眼を見開く。眼を凝らす。

何も見えないが、ゆっくりと霧が消えていくのを感じる。

視界を塗りつぶしていた白が灰色に変わり、明々としていく風景の中に。ひと際目立つ黒を見つける。

そこにいたのは、黒衣だった。

顔は緊迫していて、こちらを掴む手には力が籠もっていた。

まるで、怪我した赤子を抱き寄せる親のようだ。


「間に合った。痛めつけられているが、大きな怪我は無いな。・・・良し」


こんなことを言うやつだったのか。

司が受けた傷の具合を確認した後、黒衣は静かに口を動かし始めた。


「私の"世字熟語よじじゅくご"で雲の層を作った。

 よく観察すれば見つかるほどの頼りないものだが、知能が低い化け物にはこれで充分だ」

「いきなり何を言って・・・」

「声が大きい。もう少し静かにしてくれ」


黒衣は、口元へと指を運んだ後、司の手を包むように握った。


「こんな時になってしまったが、話をさせてくれ」

「で、でも葉月が・・・」


混乱する司を無視して、黒衣は話を続ける。


「私は発言者。世字熟語と呼ばれる特殊能力を身に宿した、白羽しらはの構成員だ」

「世字熟語・・・?」


世字熟語というものに聞き覚えは無かった。ゆえに、司は黒衣の言葉が何か別の言語であるように聞こえていた。

だが状況が状況であることを把握し、口内に溶ける鉄の味を飲み込んで冷静さを保つ。司は優秀だった。


「・・・いいか、お前にも私達と同じ世字熟語と呼ばれる能力がある。今、お前がその力をできていないのは自覚していないからだ」

「自覚? あいにくだが俺はそんな"もの"は持ってないぞ」


「おそらく、そうだっただろう」


「お前の兄、ミコトは自らの死を予見していた。そして、自らの世字熟語で弟であるお前を発言者にしようとした。自らの保身としてではない。

 お前に未来を託したんだ。だが、それは不完全なものに終わってしまった。私はミコトに、『司を頼む』と。

 ・・・つまり、私の世字熟語でお前の世字熟語を引き出してほしいということだ」


「それが、話か・・・? 俺にも、そんな化け物じみた力があるってことか?」

「そうだ」


静寂がコンクリートの世界を支配する中、頭の中で話を組み立てる。

つまり、司もバケモノと同類ということで。

兄もバケモノだったということで。

兄弟仲良く、黒衣や金髪の男と同じバケモノだということだ。


「信頼の証というわけではないが、私の世字熟語について説明しておこう。私の世字熟語は【飛龍乗雲ひりゅうじょううん】。雲が龍を優雅に飛ばすように、人の才能を引き出す能力だ。」


「この能力には様々な使い方がある。例えば今のように『影の薄さ』を引き出して隠れるとかな。

 だが今から行うのは最もシンプルな使い方。即ち、持っている才能を引き出すというものだ」


つまり今あの怪力を持つ鳥獣人たちが襲いかかってこないのはこの力によるものなのか。

そして黒衣の言い方からして、各々持っている能力は異なる。

金髪の男が持つ能力はさしずめ「バケモノを生み出し、操る」能力なのだろう。

と、司は仮説と結論を繋ぎ合わせていく。

もちろん黒衣の話は完全に信じられる話ではない。だが、疑う要素よりも信じる要素の方が圧倒的に多い。

何より顎に残る鈍痛が現実だと喚き散らしている。

混乱しつつも、司は黒衣の話に頷いた。


「一つ言っておくが、私はお前の妹を助けに来たわけじゃない。 お前が妹を助けようと思うのならば、それ相応の力が必要だと思うがな・・・?」


「俺も、バケモノになれっていうのか? そんなことが、本当にできるっていうのか?」


「・・・お前は自覚していない段階。能力を発言させることは容易い。だが、どんな世字熟語を眠らせているかはお前にも、当然私にも分からない状況だ。

 そして。一度発言者になってしまえばもう表向きの世界で暮らすことは難しい。それでもいいなら、手を出せ」


黒衣は伝えるだけ伝えると、忙しく手をよこした。

黒い手袋をはめたその手を握ることが、現実から離別する意思表示になるらしい。

司には気になっていることがいくらか、あった。

聞く機会を失っていたし、このままの関係なら聞くこともないだろうと思っていたが、何かの間違いで話をすることになるのなら聞こうと思っていたことが。


「少し、聞いていいか」

「手短にな。いつ見つかってもおかしくない」


黒衣は手を差し出したまま、司を見据える。


「あんた、本当に兄貴を殺したのか?」



「そうだ」



黒衣は冷静な顔色を変えずに頷く。それはそうだ。何度も伝えていることなのだから。

だが、次の言葉には顔をしかめることになる。少しだけだが。


「どんな気持ちだった」



「それは」



黒衣の目線が下に落ちる。険しい顔がさらに険しくなり、冷静さがゆっくり無くなっていく。

瞳が揺れ動き、ほんのささやかではあるが動揺が見て取れる。


「答えてくれ」


司はそんな黒衣の言い淀む雰囲気をかき消して答えを求める。




「ただ、寂しかったな」




そうつぶやき、黒衣は無理に作った泣きそうな笑みを司に見せる。

どこかで見たことがある。司の記憶が暴れだす。

誰だ。誰だろうか。あの笑顔をするのは。兄ではない。妹でもない。母でも、父でもない。

少ない友人の中からも見つからない。知り合いの中にはいない。


そうだ。


俺だ。


その笑みはどこか自分に似ていたんだ。

周囲を心配させないように無理に作る笑顔。

痛いくらい見覚えのある顔だ。大声で笑うこともなく、大声で泣くこともない。

多分黒衣もそうだ。きっと泣くときは声を殺して泣くんだ。

どこか、自分と通じているんだろう。

もちろん怒りはまだ残っている。笑顔一つで帳消しになるものか。反吐が出る。死んでしまえばいいのに、と思う。

だが、直接この手でその顔を殴る気は失せていた。

腹の内からこみあげてきた虚しさを黒衣に気づかれないように飲み込み、あと一つだけ、と黒衣に伝える。


「手短にと言っているだろう。あと一つだけだぞ」


黒衣は少し焦っていた。それもそのはずで、痺れを切らした鳥獣人どもが喧しくあたりを壊している音が響いていたからだ。

がらがらと崩れる柱の音と嬌声のように割れるガラスの音。

舞い上がる埃の中、司は黒衣に問う。




。そういえば、一度も聞いてない」




黒衣が目を見開く。今までにないほどあっけにとられた顔が少しの間続き、そして柔らかな笑みに変わる。


「そうか。本当にお前は似ている・・・」


今までに見せたことのない、優しく。そして寂しい表情だった。

白い髪と黒服のコントラストに挟まれた中で、微かに口が揺れる。

どこかこの行為を懐かしむように。



葦高団居あしだかまどい。それが私の名前だ」




「なに、そこが気に入っている」


ふっ、と笑みがこぼれて消える。

それはようやくマドイが見せた、およそ女性らしい風貌だった。

司は、覚悟を決めたように差し出された手を握りしめる。

その瞳には絶望ではなく、希望がうつっていた。


「いいんだな?」

「あぁ」




「【飛龍乗雲】」


マドイが口にしたその言葉が耳に届くと同時に、その手から何か熱いものが流れ出てくるのを感じた。

末端である手から腕を通り体の中心部へと流れていく。強く殴られたような衝撃に、司はめまいを覚える。


「う・・・ぐっ」


痛みはないがやけに体が熱い。心臓の鼓動が早くなる。そして、それと同時に何か予測めいたものが脳内を駆け巡る。

まるで、マニュアルをインストールしているかのように自らの能力、その知識が得られていく。

どう使えばいいのか。

どうすればいいのか。

何者かが「使え」と叫ぶ。「発言しろ」「力を示せ」と声がする。


そうだ、俺の世字熟語のうりょくは。


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