黄昏の時代(アルス帝国滅亡)
時が巡る。
多くの人が見守る中、彼の命は消えた。
時の追憶から解き放たれ、アルステリウスの万華鏡は人の心の中で永久に光を灯し続ける。
伶廊桜。
少年とも少女とも見える中性的な姿。
時の追憶の彼方の中で、桜は進む。
消えた命、新たな命、再び螺旋の記憶が紡がれる。
ウィルベルも誰もイスタリアスの乗員だった者は残っていない。
桜の手に一冊の本が現れる。
すべては時の追憶から始まる。
桜は瞳を閉じる。
次第に、桜の耳に新たな命が芽吹く音が聞こえる。
桜は瞳を開けた。
桜は、アルステリウス皇帝の座する謁見の間に立っていた。
両脇に整列するは8人の騎士。
そして、奥に座するは、アルステリウス皇帝。
騎士も皇帝も、突如謁見の間に現れた桜を見つめていた。
彼らが桜の姿を決めた。
本来そうであったかのように、桜は人の姿になっていた。
「貴様が異世界よりの旅人か?」
最初に口を開いたのは、玉座に座する皇帝だった。
冷徹な瞳が桜を見つめていた。少女のような外見でありながら、桜のすべてを飲み込まんとするような皇帝の声に、桜は震えた。
「我らの助けにならぬようなら消えろ」
皇帝の言葉に、桜は玉座に向け一歩足を踏み出すと、玉座に進んでいく。
両脇の騎士達は動じない。
彼らは知っていた。
アルステリウス皇帝こそが最強である事を。
歴代の皇帝達の中でも、彼女に勝る者はいないであろう。
過去何度かアルステリウス皇帝に対する反乱があったが、その誰もがアルステリウス皇帝に傷一つ負わせることは出来なかった。
「貴女が私を呼んだのですか?」
桜は皇帝に向かってそう言った。桜は玉座から3メートル離れた場所で足を止める。そこは本来、皇帝に謁見する者が膝をつく場所である。桜はそこで階段の上の玉座を見上げた。
もう桜に先程の震えはない。
何をすべきか、桜にはわかっていた。この世界アルスに現れた時から、次第に己のなすべき事が心の中で霧が晴れるかのように明らかになっていく。
「呼んだのではない。貴様が現れるのを待っていたに過ぎぬ。我が一族に伝わる古い伝承に従ってな」
アルステリウス皇帝の前に、淡く光る文字が現れる。
「伝承にはこうある。"時の追憶からアルスは解き放つ。解放者を"」
皇帝の腕の一振りで、淡く光る文字は消え去る。
「アルスとは我が一族の名。解放者とは貴様のことで間違いないか?我らアルスの民を無限の鎖から救ってくれる者ではないのか?」
皇帝の声に嘆願を求める少女のような響きが垣間見えた。
「我は桜…古き盟約に従い…アルスに光を!」
桜の姿が光に包まれていく。
「無限の鎖から解き放たれるのか」
皇帝は玉座から立ち上がる。
光は更に強くなり、謁見の間すべてが光に包まれる。
光の中で皇帝は穏やかな顔で目を閉じる。もはや皇帝ではなく一人の少女としてアルステリウスから命の灯火が消えた。騎士達も光に包まれ、その姿が消えていく。
アルスの民は、古代より不死の一族だった。世界すべてを掌握した彼らは自らの滅びを願った。
人との混血が進み、黄昏の世に進むべき道を見出だせなくなってしまった。無限に続く生は、いつしか彼らの存在意義を迷わせるには十分すぎるものとなっていた。
光が収まると、謁見の間に残っているのは桜ただ一人。
皇帝も騎士達も消えていた。
恐らくは、この世界アルスにいたすべての人も消えてしまったかもしれない。
自らの滅びを最良だと願った者は、桜の発した光によって救われた事だろう。
桜の瞳から涙が零れ落ちる。
また一人になった。
いつか、この世界アルスに再び新たな命が芽生えるかもしれない。
古き命は消え、新たな命で溢れるだろう。
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