繁栄の時代
桜は暗闇の中にいた。
何も見えず、何の音も聞こえない。
ただひとつ、若い女にもらった石だけが赤い光を放っている。
そこは牢獄だった。
自然の洞窟を利用したものなのか、足底から伝わってくる感触は、ごつごつとした岩のものだった。
桜は赤く光る石を前方に掲げながら、手探りで進んだ。
その赤い輝きは、とても微弱で桜の手元を照らす程度の光りだった。
進んでいく内に、地面が人の手によって作られたものと思われる石畳に変わった。
だが、相変わらずの闇である。
桜が歩く足音だけが、闇に溶ける。
「誰かいるのですか?」
かすれるような声が聞こえた。
桜は声が聞こえた方に近づく。
桜が前方に掲げた赤く光る石が何かに当たって、淡い金属音が響いた。
どうやら鉄格子らしい。
手探りで辺りを調べてみるが、これ以上進めないようだ。
どうしたものかと桜が考えていると、再び声がした。
「いいのです。私はここから出る事はできないのですから」
鉄格子の奥で、鎖がこすれる音が聞こえた。
かすかな衣擦れの音が聞こえ、何者かが鎖に繋がれている事がわかった。
「私は一族の中でも異端とされた身。あなたがどなた様か存じませぬが、私を救う事は出来ません」
何者かがそう桜に告げる。
闇の中で桜はしばらく立ち尽くしていたが、ふと思い付いたかのように、自分の手にある赤く光る石を鉄格子の中に投げ入れた。
赤い石は、石床に落ちて少し転がった後、その動きを止める。
「これを私にくださると?」
赤い輝きに何者かの細い指が触れるのが見えた。
イスタリアスの最上層で兵士達は何と言っていただろう。
あの若い女は、赤い輝きを放つ石の事を何と呼んでいただろうか?
確か。
桜はしばらく考えた後、何者かに告げた。
「アルスの瞳」
そして、もうここで出来る事はないと悟ったのか、桜はその場から立ち去ろうとすると。
鉄格子の奥の何者かは小さな赤い輝きを両手で握りしめているのか、赤い輝きは見えなくなった。
闇の中で何者かは泣いているようだった。
嗚咽は止まらない。
もうここでの桜の役目は終わった。
闇の中、桜は歩き出す。
地の底よりも深い牢獄の奥で、何者かの泣き声はいつまでも止まる事はなかった。
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