黎明の時代末期(テスレア文明の末裔絶滅)
桜は歩いていた。
重く垂れ下がった雲天の豪雨の荒野を、桜は一人進む。
道らしき道もない。
荒野に広がるは死の気配。
そこは戦場だった。
見渡す限り荒野のありとあらゆるところに、かつて人であったはずの残骸が打ち捨てられている。
弔う者もいなければ、生きている者もいない。
死の荒野だった。
豪雨が桜の体力を奪う。
遠くから落雷の音が聞こえてくる。
桜は知っている。
この荒野の先に自分を待つ者がいる事を。
先に進むにつれ、戦場の傷痕が新しくなっていく。
まだ戦っている者がいるのだ。
この世界に終わりをもたらすため地上に現れたとされる魔物達。
彼らは瞬く間に人類の敵になった。
人類は戦った。
ありとあらゆる種族が戦いに加わった。
だが、魔物達は次から次へと現れた。
その長き戦いの果てに、魔物達に加担する者達まで現れた。
人でありながら、人を捨てた魔の一族。
いつしか、魔物達との戦いは人類と魔族との終わりなき戦いになった。
幾度目かの大きな戦いが繰り返され、そのたびに数えきれない命が奪われた。
戦いの果てに、ある一族は不死の旅人となった。
圧倒的な力で、その不死の一族は大陸中に勢力を広げた。
その不死の勢力は後の世に、世界すべてを統一するアルス帝国の基盤となる。
桜が降り立ったこの時代には、人類はまだ絶滅していなかった。
しかし、人類にはもう生存権がなかった。
古き命は消え、新たな命がそれにとってかわる。
後の世、黄昏の時代にアルス帝国の滅びを見届けたのが桜なら、今度は人類の滅びを見届けなくてはならないのか。
どうしてこんな事に。
しかし、盟約の力が桜にその迷いを捨てさせる。
穏やかな顔で自らの滅びを願った帝国最後の皇帝がいた。
人の力では決して抗うことのできない恒星の爆発を目前にしても、最後まで諦めなかった人々がいた。
桜は顔を上げて天を仰ぐ。
激しい豪雨が桜の髪を叩いていた。
その激しい豪雨の音が、遠雷の音が、桜を死の荒野へ引き戻す。
桜は荒野を歩き出す。
時の歩みを止めてはならない。
小高い丘に崩れかけた古い城が見える。
古い城の周りもおびただしい人の残骸で埋め尽くされている。
恐らくは人類勢力の最後の生き残りが、ここで戦っていたのだろう。
桜は半ば崩れ落ちている鐘楼に入る。
内部にも激戦の痕跡が見受けられた。
戦いはもう終わったのだろうか。
先程まで聞こえていた豪雨も今は静かだ。
崩れ落ちた壁の隙間から、黒く濁った雲の切れ目を抜けた陽の光が、最後の人類を照らした。
幾本もの武器にその身を刺し貫かれてはいるが、まだ息があった。
まだ若い男だった。
この男を守るために、仲間達が犠牲になったのだろう。男の周りに積み重なるようにして事切れていた。
もうすぐ息絶えるであろう若い男の瞳が桜を捉えた。
「………」
男は何か話そうと唇を動かしたが、出てきたのは赤黒い血液だけだった。
桜は彼に告げる。
「貴方達、人の血がアルスの一族を滅ぼす」
桜の言葉を最後まで聞き届けたのか定かではないが、若い男はもう生きてはいなかった。
ここに人類は絶滅した。
だが、この時代に生まれた人と魔族の混血種が、後の世で自らの滅びを願う事になる。
桜はその場から去ろうとはせず、陽の光に照らされた若い男の死に顔を見つめていた。
安らかな顔で眠っているようにさえ見えた。
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