アルス創始者(黎明の時代)
時が巡る。
混迷の時代末期、古き時代に封印され、再び目覚めた古き魔物と戦った者達がいた。
己の故郷を滅ぼされた者……。
戦う事を運命づけられていた者……。
それぞれが、世の安寧を求めてその命を懸けた。
彼らの事を覚えている者は誰もいない。歴史の影で、暗躍する古き魔物と人知れず戦う事になる運命を背負った……その日から。
彼らは……ある日、歴史からこつぜんと姿を消す。
桜は知っている。
己に宿る古き盟約の力が、時代を切り開くことを。
すべてをわかった上で、それを引き受けた。
穏やかな顔で自らの滅びを望んだ帝国最後の皇帝がいた。
人の力では決して抗う事のできぬ恒星の寿命の終焉を目前にしても、最後まで諦めなかった人々がいた。
一つの種の最後の一人となった若者は、未来に希望を託して死んでいった。
再会を望み名前を聞いた女盗賊がいた。
失ったものを手に嗚咽する女がいた。
盟約の力の暴走を抑えるために命を落とした皇子がいた。
古き魔物と戦うため、すべての時代から集まった人々がいた。
桜は消え去ろうとしている己の身体を叱咤する。手には一冊の本が携えられている。
もう少しで、終わるんだ。
時の追憶の彼方で、再び私達はイスタリアスに集う。
あの時、口にした言葉が遠い過去のようだ。
桜は力を行使する。
滅びを招くはずのその力を、本来使ってはならない力に変えて。
古き魔物との戦いで、命を落とそうとしている者がいた。
稀有な生まれにあり、彼の持つ金の髪と赤い瞳と銀の瞳に桜は懐かしさを覚える。おそらく、彼は桜を覚えていないだろう。この世界では初対面のはずだ。
貴方はまだ倒れてはいけない。
そっと、彼の唇に口づけをする。
彼はまぶたを開ける。彼の瞳には誰の姿も捉える事はできない。だが、彼は目前にいるだろう何者かを静かな瞳で見つめている。
桜は微笑む。あどけない子供のような笑顔で。
古き魔物による世界の破壊を止めるため、古き魔物でありながら己の一族を裏切った者がいた。
かつては、古き魔物の寵愛を一身に受け美しくあった彼女も今は身体を失っていた。古き時代に共存を願って共に戦った人々の末裔の身体に宿り、世の混迷を憂いている。
桜は静かに降り立つ。古き魔物が虚空に消えた直後の野営地に。古き魔物と戦った彼らには、桜の姿は捉えられない。
彼女もまた宿主の瞳を通して桜を見つめていた。赤い髪が白銀に変わり、瞳は深紅の色へ転じる。それは古き魔物のみが持つ絶対的王者としての相貌。
桜は指差す。
先程、口づけした彼を。
貴女の力が必要なのです。彼を導いて………。
彼女は頷き、宿主の身体から遊離していく。彼女が離れる事で、宿主は元の赤い髪の姿を取り戻す。
やがて、稀有な生まれの者と古き魔物でありながら共存を願った者は一つの存在となった。
桜は残り少ない命を振り絞って、その存在に命を与える。
盟約の力が、彼に新たな時代の到来を知らせる。
古き魔物の行方を教え、成さねばならぬことを告げる。
アルス創始者として、アルスの世界を救って。
新しき存在となった彼は、力強く頷いた。
桜は優しく微笑む。頬に一筋の涙が流れた。
桜は力を使い果たし消え去ろうとしている。古き盟約の力が消えていく。手にしていた一冊の本が崩れ落ちていく。
ああ、ようやく終わるんだ。
桜は満足したのかまぶたを閉じた。
彼は存在が虚ろになりつつある桜に必死で叫ぶ。
「約束する!必ずお前を救ってみせる!だからお前も約束しろ!必ず俺を救いに来ると!これは盟約だ!アルス創始者イザヤテリウスとして切に願う!」
アルス創始者から、不思議な力が溢れていく。
その力は………桜に届き得たのか。
誰にもそれを知る術はない。
その後アルス創始者は、古き魔物が時を越える種族であることを内包する者から知らされる。
ならば、肉体を石像化させる事で時を越える事にした。だが、石像を安全に保存できる場所が必要だった。古き魔物が現れるとされるその日まで。
古き魔物と戦った彼らと共に、アルス創始者はアルスの一族を形成。
アルス創始者は一族にある伝承を残した。
自分たちの石像がきたる日まで保存されるように。決して破壊してはいけない事を。
アルスを解放する者が現れるまで。
アルスの一族は、その伝承を代々受け継ぐ。
やがて、後の世で世界のすべてを統一するアルス帝国が生まれ、石像は古代の英雄達として皇帝の居城イスタリアス最上層に鎮座される事になる。
時の追憶の彼方で、桜は目覚める。
古き命は消え新たな命が生まれる。
アルステリウスの万華鏡は人々の希望の中で永久に光を灯し続ける。
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