古き時代(隆盛の時代から2.5億年前)

 辺りに黒煙がたちのぼっている。 


 高層ビルの屋上で、二人が立っている。屋上は既に瓦礫の山と化している。 


 二人は対峙していた。 


 強烈なビル風が、二人の間を吹き抜けていく。少女の白銀の髪と男の赤い髪が風にあおられた。少女の着ている白いナポレオンコートの裾もたなびき、白磁の白い肌が覗く。男も軍服のような服を着ている。 


「おいおい、どうすんだ?お前、何か考えはあるんだろうな!」 


 赤い髪の男が少女に叫ぶ。だが、少女は薄く笑みを浮かべただけで黙したままだ。 


「無視すんな!ちびっ娘!」 


 赤い髪の男がなおも叫ぶが、少女は男から視線を外し、虚空を見つめている。 


「来るよ。構えて」 


 少女が一言それだけを言う。 


「何っ?もう来るのかよ!」 


 赤い髪の男も、少女が見ている方向を向いた。 


 虚空から空間を切り裂いて、それが姿を現した。巨大な姿だった。帝国の機動兵器のパーツを身にまとっているが、パーツの間から覗くのは血に濡れた肉塊で、生き物のように蠢いている。 


「なんだ……ありゃあ、あれが……超越種だってのか。俺達はあんなものを目指していたのか……」 


 赤い髪の男は、驚きの声をもらした。歯を食いしばる。赤い髪の一族は、古来より力を求めて歴史の影で暗躍していた。母なる故郷に帰るため、力を必要としていたのだ。 


 故郷に至る道を開くには、超越種の力が必要とされていた。超越種が何なのか、それは一族の主である赤い髪の男ですらわからない力だった。 


「いけない。力を取り込もうとしている。……まだ来ないの?」 


 少女は何者かに向けてそう呟いた。 


 高層ビルの上空で、巨大な何かが蠢いている。帝国の機動兵器をまとった何かが、この世界のすべてを取り込もうとしている。それはまるで小型のブラックホールのようだった。 


 まるでこの世の終わりとも思える異常な光景だった。 


 天は暗雲、各地で狂ったように雷が落ちる。地上の大地は、岩盤ごと空に舞い上がる。建物も人も空に舞い、その流れに抗えないものは片っ端から、吸い込まれていく。 


「俺を呼んだのはお前か?」 


 いつのまにか、高層ビルの屋上に何者かの姿があった。その視線は少女に向けられている。 


 金髪に、赤い瞳と銀の瞳。漆黒の衣装は、風に吹かれてバサバサと揺れていた。 


「お前……誰だ?状況わかってんのか?ここはあぶねえから避難してろ!」 


 赤い髪の男が、金髪の男にそう叫ぶ。金髪の男は、赤い髪の男を一瞥して、一人で何か喋り始めた。 


「テスレアの民……?何?あれがアルスだと?……お前と共に戦ったという古き一族?何だと?俺を呼び出した者がシェハル?純粋種ってのは人類の敵ではないだと?……どういう事だ?」 


 金髪の男は、独り言なのか、誰かと会話でもしているのか一人で喋っている。 


 少女は金髪の男を見てくすくすと笑っている。 


「よく来てくれたね。イザヤテリウス。デートをすっぽかされたのかと心配になったよ」


「お前には、さっき逃げられたとこだがな。大体の事情は把握した。『我が主!幾星霜ぶりでしょうか。まさか……こんな事になっていたなんて』おい!いきなり喋るな!」 


 金髪の男は、二重人格なのか、中にもう一人別人格でもいるかのように、男の声と女の声を使い分けている。 


「お取り込みのところ悪いが、やっこさんヤバそうだぜ?」 


 赤い髪の男が、少女と金髪の男の会話に割って入った。 


 見れば、上空の怪物が別の空間に移動しようとしているのか、怪物の前に空間の亀裂が生じている。 


「イザヤテリウス!力を貸してくれ!あれなる者が諸悪の根源!お前が僕を倒すために得た力、アルス創始者の哀しみを、時の監視者のすべてを慈しむ心を!」 


 少女がそう叫ぶ。金髪の男は頷くと少女と共に上空に飛び上がる。 


「おい!俺を置いてきぼりにするなよ!こっちは事情とかわかってねえんだからよ!おーい!待ってくれ!」 


 赤い髪の男も上空の怪物に向かう二人を追って、空に舞い上がる。 


 やがて、空に舞い上がった三人の姿が上空に鎮座する怪物と交錯した。三人は怪物の姿と比較すればちっぽけに見えたが、彼らの攻撃は怪物を上回るのか、怪物の身体が少しずつ削られて消えていく。 


 怪物は別の空間に逃げようとしたのか、半透明の何かが怪物から遊離し、別空間に至る亀裂へ吸い込まれていく。 


「説明してくれるんだろうな?」 


 赤い髪の男が、少女と金髪の男に聞いた。三人の前で怪物は未だ蠢いている。三人と怪物は上空に浮いたままである。暗雲たちこめ、この世の終わりといった光景はまだ終わらない。 


「超越種の本体が本来あるべき空間で、顕現しようとしているんだ。この世界じゃ本来の力を発揮する事は出来ないからな。あの亀裂を抜けたら、戻ってこれるかどうか……」 


 意外にも金髪の男が説明してくれたが、赤い髪の男はぽかんとしている。いまいち飲み込めていないようだった。 


「超越種がやべえ存在だってのはわかったけどよ、別の空間に行かねえと倒せねえなら行くしかないだろ!お先っ!」 


 赤い髪の男は、金髪の男が赤い髪の男を制止する前に怪物の前に開いた空間の亀裂に飛び込んだ。 


「『流石アルス様。私達も参りましょう。我が主?』」 


 金髪の男が女の声でそう言った。少女は迷っているようだった。 


「イザヤテリウス……、僕は未来で悪の限りを尽くす事になるだろう。許してくれるかい?」 


 少女は哀しげな瞳で言った。憂いをたたえたその表情は寂しげで、それでも美しくあった。 


「『我が主……』お前が俺達を追い詰めてくれたから、今の俺があるんだ。 

 お前がこの時代でテスレア文明を滅ぼしたから……、後の世でテスレアの末裔達を滅ぼしたから……、アルスの一族はお前を滅ぼせるだけの力を手にいれたんだ。 

 正確には、この時代で世界そのものを滅ぼそうとしている超越種を倒すための力だ! 

 だから……そんな顔をするな。お前がそれをやるなら、俺も乗ってやる!さあ行こう!」 


 金髪の男は少女の手を取る。そして二人は空間の亀裂に消えていく。少女は最後に笑ったように見えた。 




 アルス帝国隆盛の時代。 


 古き時代に封印された悪しき者が目覚めたが、隆盛の時代現皇帝シリアテリウスによって、悪しき者はいずこからか現れた古代の英雄たちと共に追憶の彼方へ消え去った。 


 不思議な少女にいざなわれて、シリアは古き時代へ送り込まれる。 


 古代の英雄たちの一人、アルス創始者の危機を救うために。 




 テスレア文明末期。 


 一人の男が禁断の扉を開けようとしていた。純粋種達はそれを止めようと戦ったが、同じ禁断の力を求める赤い髪の一族によって阻まれる。 


 扉は開かれようとしている。超越種の本体が顕現した時、世界そのものが滅び、純粋種の主が守ろうとした未来も消え去るだろう。




 高層ビルの屋上に、彼女はいた。金髪が吹き付ける風で揺れていた。 


「イザヤ……どこにおるのじゃ?」 


 純白のコートがビル風によってその裾が揺れる。 


 彼女は倒すべき敵を見据えた。イスタリアス最上層で悪しき者を倒した時と同じ状況だった。イザヤ達はいずこかに消え、今も戦っているかもしれない。 


 己の持てる力を魔剣に注ぎ込む。 


 皇帝のみが扱えるその魔剣は、主の力に呼応し光を放っている。 


 彼女は上空で蠢く悪しき者を見つめた。 


 あの不思議な少女は言っていた。古き時代での決戦にイザヤテリウスが私を呼んでいるのだと。 


 アルス創始者が、末裔であるシリアテリウスの力を求めている。 


「アルス帝国の危機に現れた彼らのために、アルス帝国皇帝シリアテリウスは力を解き放つ!応えよ我が魔剣よ!」 


 アルスの一族には先代継承者の命でもって継承される絶技が伝わっている。 


 アルス創始者の名をとったその絶技が振るわれた時、眼前のいかなる敵も世界から抹消される結果だけが残る。 


 一体どれ程の哀しみが、この絶技を生み出す事になったのか。 


 彼女はその力を振るった。魔剣の軌跡が空間を断ち斬った。上空に座す悪しき者は消え去る。 


 この世の終わりとも言うべき天候は見る間に消え失せていく。 


 暗雲から眩しく晴れやかな陽射しが射し始める。 


「今度こそ終わったのか?……イザヤ」 


 彼女は力を使い果たし、意識を失った。 


 そっと、倒れる彼女を受け止める者がいた。 


「終わったよシリア……」 


 金髪の男が立っていた。傍らには、白銀の髪の少女もいる。 


 だが、赤い髪の男はもうどこにもいない。




 彼らは歴史から消え去る。 


 後の世で、この時の戦いを制するための力を得るため、一人は人類の敵となり、一人は哀しみの果てに子孫に力を託す。

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