3 チームハルカの憂鬱
「いやあ、偶然だったんだよ」
好物のビスケットを頬張りながら、茂木刑事は説明を始めた。
今日は緊急応援がかかることが多くてね。
署内の連中がほとんど出払っていたから……たまたま報告書を書いていたオレが今回の緊急要請の応援に行ったんだよ」
「わたしはね、いきなり茂木のおじさまに呼びだされて駆けつけたの」
ケアマネジャーのワコさんは、コーヒーをひと口飲んで目を細める。
高齢化社会が進んだ今、彼女の仕事はかなり忙しく激務のはずだが、こんな風に余分な出来事にも嫌な顔ひとつしないで元気でいてくれる。
「ちょうど、ここのティールームにいた時だったから……」
「わたくしモご一緒したのですの」
ミキが口をはさんだ。
彼女がいつも絶やすことのないうっとりとした微笑みが今は消えている。
いつものミキより毅然として見える。
「でもね、山根先生が一緒で本当に助かったわ」
ワコさんはやれやれともう一口コーヒーを飲んだ。
「あのう……ボクもいたんですけれど」
ティールームの常連、出窓のイケメンこと大川原の言葉が聞こえなかったようにミキは続けた。
「山根先生と次のミニコンサートの打ち合わせをしていたンですの。
先生がいてくださって良かっタですわ。
本当ニ……わたくしでは、お役に立てないところでシた」
ミキの視線は、佳奈に抱きかかえられたハルカに注がれている。
その大きな目には、何か深いものが見てとれる。
* * *
特別養護老人ホーム『ネイバーサニーライフ』から、凶暴なロボットが暴れているという連絡を受けて、県警の茂木刑事と2人の巡査が駆けつけたのは、午後8時をまわった頃だった。
「……ハルカちゃん!?」
その病室で、人を寄せ付けないようにして低くうなっていたのは……。
『丘の上のティールーム水晶亭』で、茂木刑事にお茶やお菓子を運んでくれるアンドロイドのうちの1人だった。
いつも丸いメガネの奥で恥ずかしそうに笑っているコだ。
「……助けてください。
……ママが……。
助けて……」
ハルカは茂木刑事の顔を認めると、切れ切れに訴えてきた。
電源切れだろうか、今にも止まってしまいそうだ。
茂木刑事が目をやると、ハルカに守られるように痩せた老婦人が気持ち良さそうに眠っていた。
彼女のベッドは両脇の手すりが大きくえぐられたようになっている。
床に散らばっているおぞましい部品に目が止まる。
「この方の手首にアザが見えますが……」
「何ですの!
こちらは正式な資格のある施設ですよ。
いいから早くこの暴走ロボットを連れて行ってください」
施設の看護師は拳を握って怒りをあらわにしている。
ロボットの動きを止めるスタンガンを振りかざした警官を押しとどめて、茂木刑事はケアマネジャーのワコさんに連絡をとった。
ハルカの異変を聞いて駆けつけたのは、ワコさんにアンドロイドのミキ、それからミキと一緒にいた市民病院の山根先生。
……それから、ティールームに居合わせたイケメンの大川原。
施設の人間も集まってきていた。
年配の女性が茂木刑事に抗議するように話しかけてくる。
「私はこのフロアを任されている主任の只見です。
ことを大きくしないでください。
私どもはただこの凶暴なロボットを……」
「ハルカちゃんは凶暴なロボットではありませンわ」
ミキは施設関係者たちの前を通り抜けて、ハルカに近づいた。
「それに、ハルカちゃんはもう動けませン」
そっとハルカのおでこに自分のおでこをつける。何かを読みとっているようだった。
力尽きたハルカは、安心したように目を閉じた。
「……そう、そうですノね」
ミキの顔から笑顔が消えた。
「山根先生、ハルカちゃんのお母さまをここから連れ出してください」
それは、見たこともないような毅然とした態度だった。
「ちょ、ちょっと。
ロボットが何を言っているの。
あなた、タダでは済みませんよ!」
只見主任のその言い方は山根先生の気に触ったのは確かだった。
何か言おうとする山根先生をさえぎって、大川原がにこにこしながら口を開いた。
「お母さまは体調が悪いようですね、主任さん」
美しい顔でにっこりと笑いかける。
「……それは……」
言いよどむ只見主任に、山根先生は、
「わたしは市民病院の医師です。
とりあえず、緊急検査入院していただいた方がいいでしょう」
厳しい口調で言い放ったつもりだったが、やはりいつも通りの優しい口調になってしまった。
「そんな、私の一存では……
後見人の方にうかがわないと」
只見主任は焦っているようだったが、
「確かに、以前お会いした時よりもかなり具合が悪そうですね。
早く検査していただいた方がいいわね」
さすがの貫禄でワコさんの言葉には、有無を言わせないものがある。
市民病院からの迎えの車に、ハルカの母親を連れて山根先生が乗り込むのを確認してから、茂木刑事は警官たちを帰して自分は施設関係者から事情を聞いていた。
浦島邸に戻ろうとするワコさんに、後で行くからと合図してくる。
ミキとハルカを抱いた大川原がワコさんの後に続く。
「後見人の方にはわたしが連絡を入れましょうか?」
ワコさんは最後に只見主任に声をかけた。
「いえ……こちらで……」
なんとも歯切れの悪い只見主任だったが、ハルカを指差して捨てゼリフのように毒づいた。
「でもそのロボット!
タダでは済みませんよ!」
ワコさんの車の前に誰かいる。
それが誰なのか、ミキにはすぐに認識できた。
<ありがとうございます。ハルカちゃんにあなたが知らせてくれたのですのね>
ミキはその美しい高性能のアンドロイドに通信した。
<わたしはNー41。
わたしはハルカから学んでいたのよ>
ミキはNー41から寂しさが流れこんでくるのを感じた。
<大丈夫。ハルカちゃんは守りますわ>
ミキはNー41が安心するようにと願った。
<ありがとう>
車が走り出しても、ミキはいつまでもNー41を見つめ続けた。
* * *
「ハルカちゃんのお母さま春子さんはご高齢だけれど、しっかりと暮らしていたのよ。
それがいきなり認知症だということで、親戚の人が後見人になったの。
そうしたら、すぐにあの施設に入所が決まってしまって……」
ワコさんは悔しそうに語り出した。
「認知症……ってそんなにいきなりなんですか」
佳奈には素朴な疑問だった。
「わたしが最後にお会いしたのは、ハルカちゃんを頼まれた時だから一年くらい前ね。
その時には、春子さんはまだしっかりしていて、ハルカちゃんのことばかり心配していたのよね」
ワコさんも釈然としないらしい。
「本当に認知症なんでしょうか」
「……うーん。医師が診断書を出しているのよ」
「『ネイバーサニーライフ』ではベッドに拘束して、薬を打っていたノですよ。
短時間で認知症の症状が悪化するンですの」」
ミキは真顔だ。
「Nー41がデータをハルカちゃんに送ってくれたノですわ。
お母さまをもう二度とあそこへは戻せませンわ」
「うん。なんとかしましょう」
だが、何をどうしたらいいのだろう。
佳奈は不安になった。
「あちらさんはハルカちゃんを暴走ロボットということで、廃棄させる気でいるみたいだ」
茂木刑事の言葉は、ますます佳奈を不安にさせた。
「……」
佳奈は、どうしてもハルカを守りたかった。
それは、ここにいる全員の願いでもあった。
「後見人というのがくせものなのよ」
ワコさんはいつになく口が悪い。
その時、玄関で声がした。
「あのう……。
こんばんはぁ」
「こんばんはぁ」
「くせものっ」
「クセモノだー」
タツコ姫とルイルイが騒いでいる。
その二人が入ってくると、部屋の中に圧がかかるようだった。
「おおっ来た来た!」
茂木刑事が嬉しそうに二人を迎える。
「佳奈さん、勝手に助っ人を頼んじまったんだ」
佳奈は目をパチクリとしながらその重量級の二人をかわるがわる見つめた。
「よう、モギッチ。
面白そうだからって、息子もついて来ちゃった」
あはははと、豪快に笑っている。
よくはわからないが、なんだか頼もしい助っ人のようだ。
(つづく)
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