6 お山が呼んでいる

「オメ、コレはネエだよう」

 与作の笑い声が響いた。

「コレは反則だあ」


 昨夜佳奈が夜なべをして作り上げた駄作のボディーを見て、笑い転げているのだ。

 なんのことはない、佳奈が作ったのはミニチュア与作だ。そう、与作そっくりの形を手のひらサイズにしてみたのだ。

 外観はそんな感じだが、実は音声システムはかなり最新式にしてある。 

 回復させた駄作のAIがしっかり話すことができるようになったわけだ。


「これこれ、ヨサクよ笑うでない」

「あんちゃん!すまねえだ。くっくっくっ……」

 与作は笑いがとまらない。


「なになにい」

「あらあらあら」

 出勤前のAIたちが集まってきた。


 昨日、アド•アブラ王子にさよならを告げた与作は、しょんぼりと元気がないように見えた。

 佳奈は与作の水撒きシステムを回復させてあげることができなかったことが残念で仕方がない。

 花咲博士を失ったことが、この不調に関係しているに違いないのだ。

 与作の悲しみは、想像を絶するほど深いのかもしれない。


 だが、どうやってそれを回復させることができるのだろう。

 色々考えて、少しでも与作の気が晴れれば……と頑張ってみたのだが……。


「瓜二つだな」

 タツコ姫につまみ上げられて駄作は少し緊張しているようだ。


 だが、駄作はなかなか威厳がある。

「笑ってないでちゃんと聞きなさい」

「オラ水撒きに行くダヨ」

 与作はバケツとジョウロの支度をしている。

 そういえば、ここのところこの街には雨が降っていない。自分の蒔いた種や苗が心配なのだろう。


「与作よ、お前は自分の使命を忘れてはいまいか」

「へ?」

「オラの使命!?」


「我らは、浦島博士をお守りするのだ」

「ンダよ」

「そしてお前への浦島博士の指示は、花咲博士に従うこと」

「ンダよ」

「……」


 しばらく沈黙した後、駄作は佳奈のところへやってきた。

「あやつは何かを胸にしまっておるようだ」

「えっ!?」

 佳奈は弾かれたように思いあたった。


 そうだ、何故だかAIたちは思い出の品を体の中にしまいたがるのだ。


 はたして、与作のドラム缶のようなボディーの中、部品と部品のわずかなすき間に「それ」はあった。


「それ」は一枚の写真だった。


 炎天下、にこにこと笑う3人。後ろには青い山。

 真ん中は嬉しそうな与作だ。

 右にはアド•アブラ王子。

 だがとても若く、少しひ弱そうに見える。

 そして、左で笑っている白髪に白い髭の老人が花咲博士に違いない。

 とても優しい笑顔だ。


「与作くん」

 佳奈はその写真を与作に見せた。

「あああっ」

 与作は悲痛な叫び声をあげた。

 キシキシと妙な音が鳴っている。


「博士ーーっ」

 大声で与作は叫んだ。


 深い悲しみが怒涛のように押し寄せてきたのか、今にも泣きそうな顔だ。

「ううっ」

 ゴウンゴウンとドラム缶のようなボディーが鳴る。

「うううっ」


 その時、部屋の大気が変化した。

 ひやっと温度が下がるような感覚がしたかと思ったら、ざわっと佳奈に鳥肌が立つ。

 そのとたん……。


 ざざーっと雨が降ってきたのだ。


 タツコ姫が流れるような動作でフランス窓を開けて与作を蹴り出さなかったら、きっとみんな部屋の中で溺れていただろう。


 庭に蹴り出されても、与作は泣きやまなかった。

 乾いた地面に突然の水滴は、つかの間埃を立ちのぼらせ、そのあとしとどにたたきつけた。

 与作は身も世もあらぬほど激しく泣きじゃくった。

この乾燥した大地にこれほどのどしゃ降りを誰が想像しただろう。


 雨はこの海辺の街全体を包むように降りそそいだ。

 突然の恵みの雨は街を潤していく。

 与作の能力は佳奈の予想をはるかに超えるものだった。


 2時間が経っても、与作は庭に突っ立ったまま泣き続けているようだった。


 駄作を連れて、佳奈が傘をさして近づいてみると、泣き続けていると思った与作は笑っていた。

「ずっと泣いてるのかと思っていたけれど……」

「オラ、思い出してタダ」

 振り向いた与作は、もういつもの与作だった。


「博士とオラは、サワジ公国でホンットに楽しかったダ」

「うん」

「オラ、花咲博士とずっと一緒がよかっタ」

「うん」


「博士は言ったダ。

 ーーオラもう終わりの時が来ただよ。ッテ」

 それは、昨日与作がアド•アブラ王子に言った言葉だった。

「すごく悲しかったんだね」

「オラ、博士とさよならはイヤだと言った。

 そん時、博士はオラの中にいると言った。ケンド……」

 与作は一生懸命伝えようとしている。

「オラの中に博士はいねエ!」

「……そんな」

「与作よ、それはな……」


 言いかける駄作をさえぎって、与作は続ける。

「オラの中に博士ガいたら、オラは博士になるべ?

 オラ博士になりたい」

 もしかして、与作は博士になりたくてアド•アブラ王子に同じ言葉を言ったのかもしれない。


「ンデモ、オラ博士になれねエ。なり方モわかんねエ!」

「んだな……」

 佳奈は与作を真似て相づちを打ってみた。

 駄作の呆れたような視線が痛い。


「ンデも、オラは王子を助けてヤンなきゃ」

 唐突に、与作は言った。

「なぜじゃ?」

「博士が助けていたダモン」


「与作くんは花咲博士のことが本当に大好きなんだね」

「そうダベか」

「そうだよ。それは大好きという気持なんだよ」

「ンダかあ」

 与作はなんだか嬉しそうに見えた。


「ない知恵を絞ったんじゃのう、与作よ」

 駄作も心なしかほっとしているようだ。

「じゃあ、サワジ公国に戻るの?」

「ンダナ」

「アド•アブラ王子が喜ぶね……」


 みんなしばらく沈黙した。

「あの、じゃあ与作くん」

 佳奈は思い切って聞いてみた。

「ナンだ?」

「この雨はいつやむの?」



 雨がやんだのはその日の午後だった。

 それは与作がこの大地に撒いた適正量の水だったのだ。


 雨がやむと、海に大きな虹がかかった。


 街の人々がその美しい虹を見上げている頃、サワジ公国大使館の車が浦島邸に横付けされていた。

 虹をバックにドラム缶のような与作に飛びつくアラブの正装の王子。

 めったに見れない光景だ。

 佳奈はこっそりサブリナに内蔵カメラのシャッターを切らせた。


 佳奈の発案で、与作はこれからは「花咲与作」と名乗ることになった。

 亡き人が自分の中に生きているという実感は、ロボットには難しいことなのかもしれない。


 兄の名前を貰って勇気をも貰ったアド•アブラ王子のように、与作にも何かが伝わるとよいのだが……。


 駄作を連れてサワジ公国に帰りたいという与作の希望をアド•アブラ王子は心良く受け入れてくれた。


 喜ぶ王子を前にして、一つだけ、佳奈には不安なことがあった。

「ムホマド皇太子は、一人残ったあなたの命を狙ったりしないのですか?」

「そうですね。それはわかりません」

 王子はミキの手から紅茶を受けとると口をつけた。


「今まで、ムホマドがわたくしを殺さなかったのは、わたくしが役に立つと思ったからかもしれませんが……」

 ルイルイが差し出すビスケットをほうばる。


「なにより、ノーベル平和賞を受賞したばかりの花咲博士を連れて戻ったので、わたくしが世界中から注目を浴びたからなのです。

 うかつに手を出せなかったのでしょう」

 王子は勧められるままにプリンにも手を出している。


「実は最近、ムホマドの所業をスクープしようとしていたジャーナリストが殺害されました。

 ムホマドは国際社会から批判を集めています」

「そんな中、お国に帰ることが怖くはないのですか」

「怖いですね」

 王子は静かに笑った。


「このまま、この国にいることはできないのですか」

「それでは、わたくしが国民を裏切ってしまいます」

 プリンのおかわりを勧めるサラエさんに断るしぐさをして、王子は話を続けた。

「弱い人間は人を裏切ります。

 わたくしは誰のことも裏切りたくないのです。

 誰も裏切らなくてもいいくらいに、強くなりたいのですよ」


 この人の瞳はいつも曇りがない。

 佳奈はあらためて王子の力量に尊敬を覚えていた。


「わたくしにもしものことがあったなら、わたくしのかわりにヨサク副大臣が国土緑化大臣になってください」

 王子は真剣な表情で与作に向き合った。


「サワジ公国を頼みますよ」


「ンダナ」

 与作はニンマリと笑っていた。

「これ、与作よ。きちんと返事をせんか」

「ダイジョブだあ」


     * * *


 専用機でこの国を去るアド•アブラ王子の傍らには、駄作を抱えた満面の笑みの花咲与作が付き添っていた。

 3人は意気揚々と旅立った。


     * * *



 さて……


 この街のあちらこちらが花盛りになる頃に、花咲与作はサワジ公国の国土緑化大臣に就任した。



     (第3話 遥かなる森の呼び声 了)

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