4 インターミッション
「これはアカール。その昔ご先祖たちはラクダを繋ぐ時に頭から外して使っていたといいます」
サワジ公国の国土緑化大臣を務めるアド•アブラ王子は不思議な魅力があるらしい。
自分の頭飾りを指差して見せると、ルイルイが伸びあがって覗きこもうとしている。
よく見ると、ミキも首を伸ばしている。
通訳をしているケイもニコリともしていないながら頭飾りを盗み見ている。
A I たちはすっかりアド•アブラ王子に懐いてしまっていた。
サワジ公国で国土緑化副大臣である与作のメンテナンス。
王子からの依頼の進捗状況として、与作の構造の鍵となるのは、同じ浦島博士作の園芸ロボット「駄作」なのではないかということを知らせてあった。
そして、その「駄作」を廃棄物集積場で発見した。との報を受け取るやいなや、またも浦島邸に駆けつけてきてしまったアド•アブラ王子。
A I たちを相手に楽しく時を過ごしているようだ。
その頃佳奈はといえば、浦島邸の地下にある「メンテ基地」と名付けている佳奈の研究室で格闘していた。
廃棄物集積場で発見したのは「駄作」の残骸だった。
与作によって認識されなければ、到底探すことができなかったであろう残骸。
しかし、集積された廃棄物の集積層から割り出すと、この残骸があの場所に廃棄されたのはここ一年以内のことのようだ。
いやむしろ、半年以内と言ってもいいかもしれない。
浦島邸に出入りしていた植木職人の息子氏によると、「駄作」が突然のリコールで持っていかれたのは、もう40年以上前のことらしい。
さて、この残骸の様子から見て、「駄作」が破壊されたのはその頃のようだった。
つまり、最近までこの残骸を誰かが保管していて、ここ一年の間にわざわざこの街の廃棄物集積場に捨てたのだ。
その不自然さもさることながら、なんといっても問題はこの残骸である。
これは「駄作」のコアな部分と見て間違いないだろう。
これを復旧させれば、データが甦り、与作の構造が明らかになる可能性がある。
運が良すぎる……。
なんだか少し怖ろしいような運の良さだが、今は、ありがたくこの現実を受け止めて、最善を尽くさなければならない。
考察は後回しだ。
まずは「駄作」のシステムの復旧からだ。
とはいえ、それは一筋縄ではいかなそうだ。
「浦島博士、難しいダカ?」
じっと見守っていた与作が声をかける
「うん。
時間がかかりそうなので、アド•アブラ王子には一旦大使館に戻ってお待ちいただいた方がよさそうね」
佳奈と与作がリビングに戻ってみると、アド•アブラ王子とA I たちは帰宅したサラエさんから「ずいずいずっころばし」を教わっていた。
「そうですか。
今日は一旦大使館に戻りましょう」
王子がパチンと指を鳴らすと、部屋の隅に待機していた大使館員が頷いてから部屋を出ようとする。
その動きは「浦島パートナーズ」のアンドロイドたちよりもロボットっぽい。
「あの、もしよかったら、ティールームでお茶を飲んでいらっしゃいませんか?」
ケイが通訳すると、王子は嬉しそうに頷いた。
「ンダば、オラも行くべ」
「あらあらあら!デハ、ハルカさんを手伝ってプリンの準備をしますワー。
ワタクシ、ご一緒します」
「あっ、ルイルイも行く〜」
「通訳も必要ですね」
わらわらとA I たちもお供をして「ティールーム水晶亭」へ向かっていった。
一番後ろからミキまでいそいそとついて行く。
「アド•アブラ王子さまは人気者ですね」
「ハイ。ワタクシトテモ嬉シイデス」
お付きの大使館員氏は片言のこの国の言葉で答えてきた。
その言い方がロボットよりもロボットのようだったので、佳奈は笑いそうになるのを必死でこらえた。
* * *
その日から、佳奈の「メンテ基地」での悪戦苦闘が始まった。
そして、「駄作」の残骸が文字通り「鍵」であることを突き止めたのは、一週間が過ぎる頃だった。
その頃までには、浦島邸のある小高い丘は与作によって美しい庭園と明るい森に整えられていた。
そればかりか、与作はこの海辺の街のいたるところーー学校の校庭や幼稚園の園庭、病院や介護施設のエントランスや中庭といったところから、公園、道路脇までコツコツと花壇に変えていった。
介護ヘルパーや病院のお手伝いから帰った「浦島パートナーズ」のアンドロイドたちが与作を手伝っていたことは言うまでもない。
与作に頻繁に呼び出されたアド•アブラ王子は大使館の公用車でガーデンセンターに乗り付ける。
この街の人々は花や野菜の苗や種、良い土などを爆買いさせられている王子の姿を目撃していた。
もう何週間かしたら……あるいは何日かしたらこの街のあちこちにある与作の花壇が花盛りになるだろう。
そして野菜もできるかもしれない。
ちょっと素敵なことになりそうだ。
それはさておき、「駄作」のコアらしきものはそれ自体では作動しない。
佳奈はあるアイデアを思いついた。
それは、以前与作を調べた時に発見していた「デベソ」だった。
ドラム缶のようなボディーにはちょうどヘソの位置に「デベソ」のような突起が認められたのだ。
あれは与作に駄作を連結させるためのものかもしれない。
しかし、そうであるなら、「駄作」は佳奈が思っているより小さいサイズだったのではないだろうか。
「ンダ。あんちゃんはチッコかったダ」
平然と与作は答えた。
なんとなく与作と同じくらいのサイズだと思い込んでいたのだ。
「早く教えてくれればよかったのに」
思わず佳奈が言うと。
「すまネエダ。
ケンド、この情報は浦島博士に尋ねラレナイと答えてはナンねえことなんダ」
「え!?」
「もしかして、そういう情報は他にもあるの?」
「ンダ」
「……」
佳奈は思い切って聞いてみた。
「この駄作のパーツはもしかして君につないで起動できるの?」
「ンダ」
あっけなく与作は答えた。
佳奈が睨んだとおり、「駄作」のパーツは与作の「デベソ」にぴったりとはまった。
そして与作全体が振動したように思える。
「ダサク。起動シマシタ」
はたして、与作は今や駄作であった。
与作……あるいは駄作が、佳奈の瞳をのぞきこんだ。
「ウラシマ博士。ニンシキ完了」
それはもはや与作の声ではなかった。
明らかに、何かのシステムが起動している。
「ウラシマ博士。駄作ハデータをダウンロードシマス」
与作の口を借りて、話している駄作の声は、甲高い。
しかし、何事も起こらない。
「ダウンロード失敗シマシタ」
しばらくすると、甲高い声が響いた。
やはり本体が無いと無理なのかもしれない。と、佳奈が諦めかけた時。
「ダウンロード先、マザーコンピュータニ切り替エマス」
甲高い声が告げた。
その時、佳奈の背後で微かな機械音がした。
佳奈は思わず振り向く。
サブリナが機械音を立てながら、じっと動きを止めている。
まさか、データのダウンロードはサブリナに!?
それから24時間。
サブリナは動きを止めたまま機械音を立て続けた。
* * *
おそらく、ロボット工学の天才と謳われた曾祖父の研究成果の大部分を佳奈は手に入れたのだ。
しかしその後、与作の全てのデータをもとにメンテナンスを繰り返してみても、佳奈には与作の「水撒きシステム」を作動させることはできなかった。
(つづく)
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