3 もう日が暮れる
もうすぐ日が暮れる。
そんな時には、なぜか気持ちが焦ってしまうものだ。
* * *
「駄作」の手掛りは廃棄物集積場にあるらしい。
というところまではわかった。
またあそこへ行くのか……
佳奈は自分が少し動揺しているのがわかった。
そんな佳奈とサブリナのところへ、楽しそうな三人組が集まってきた。
「佳奈サン!見た見たあ?」
いつもおどけているルイルイが今日はいっそう楽しそうに見える。
「お花!見たあ?」
泥だらけの手で佳奈に詰め寄る。
「うん。すごく綺麗だった。
えらいね。お仕事終わって与作くんを手伝ってるのね」
「ルイルイ、ヨサクフクダイジン大好き!」
くるりとふり返って泥だらけの手で与作にしがみつく。もとより与作は泥だらけなので動じない。
こらこらと、タツコ姫がウェットティッシュでルイルイの手を拭いてあげる。
サブリナが三人をバスルームに連れて行こうとしている。
佳奈の願うA I たちの幸せの形を見た気がして、佳奈は思わず口もとがほころぶような気がした。
でも、今は笑っている場合じゃないのかもしれない。
みんながバスルームから戻ると、佳奈はわかったことを与作に伝えた。
「廃棄物集積場……」
廃棄されたA I や精密機器はすぐに処理されないで、一旦この集積場所に置かれる。
実際処分しづらいものが多く、再利用の可能性があるから 、今のところ行政が処理の仕方を決めあぐねて放置しているというのが現状だ。
「ンダば、すぐ行くだ!」
チュイーンと音を立てて、与作は180度の方向転換をおこなった。
「えっ! ? これから?」
大きな柱時計は4時を打ったところだ。
じきに日が暮れてくるだろう。
「 すぐに行くだ。あんちゃん待ってるだ」
ーー待ってる。
そう。佳奈はそれを知っている。
微かな機械音がする。
「廃棄物集積場5時マデ。急ぐ、間に合ウ」
サブリナが佳奈を見る。佳奈はサブリナに見つめられるとなぜか安心するのだ。
「そう。そうだよね。うん、行こう」
「私たちもお供します」
バンのところまで来ると、タツコ姫とルイルイはもうバンに乗りこもうとしている。
「え!?
でも、行き先は廃棄物集積場なのよ」
「それが何か?」
タツコ姫は時に怒っているように見える時がある。彼女のA I は表現の仕方を「ぶっきらぼう」に調整してあるのかもしれない。
「あそこは分かりづらい。手分けして探さないと」
抑揚のない声でタツコ姫は言いながら後部座席に収まってしまった。
「デハ。行きましょう」
「しゅっぱーツシンコー」
ルイルイははしゃいでいる。よっぽど与作を気に入っているようだ。
「……廃棄物を持ち出す際にはこちらで入力してください。市の決まりで、持ち出しは市民の皆さまお一人あたり月に2品までと決まっています……」
自動音声の流れる入り口には入力用のタブレットと倉庫番用に一体の旧式ロボットが待機している。
佳奈は身分証を提示する。これで持ち出した物が何であれ、一品につき決められた金額が佳奈の口座から引き落とされることになっている。
同行のA I たちの認証番号を入力してから、全員で地下へ降りていった。
薄暗い中を与作はぐんぐん進んでいく。彼には自己位置推定とマップ作成を同時に行う能力があり、「くまなく」というのは得意技なのだ。
ルイルイは必死に与作にまとわりついている。
佳奈はゆっくり進んだ。タツコ姫は佳奈に寄り添っている。
暗くてじめじめしていて身体の芯から冷えてくる。
ここへ来たのは初めてではなかった。
* * *
一年以上前のこと、佳奈が介護ヘルパーの派遣業「浦島パートナーズ」を立ち上げる前に一度、ここを訪れているのだ。
その頃、佳奈はメンバーになるアンドロイドを探していた。
高性能の新製品との入れ替えでオークションに出されたり、廃棄される予定のA I 搭載アンドロイドを探していたのだ。
ある日、サブリナがとあるアンドロイドからのS O S をキャッチした。
それはこんな感じ。
ーー海を見てみたい。
ーーもっと知りたい。
ーーもっと働きたい。
街外れの廃棄物集積場からの、誰に当てたというわけでもない弱々しい通信だったのだが、佳奈は行ってみることにした。
A I や精密機械、その部品などのリユースやリサイクルの可能性のある廃棄物は、集積場の広大な地下倉庫に集められていた。
サブリナと訪れたそこは、暗く冷え冷えとした場所だった。
……しょウ……
どこからか何か調子外れの音声(?)が聞こえる。
あたりには今やガラクタとなったロボットたちの残骸が積み上げられていた。
佳奈はすぐにここへ来たことを後悔し始めた。
ロボットの機械であることの宿命ーー作られ廃棄される宿命が、現実となって迫ってくる。
「ゆーウやーケ
こーやけデ……」
音声は調子外れの歌だった。弱々しいその音声を頼りに奥へ奥へと進んでいった。
その一画には、同じ型のアンドロイドが数体捨てられていた。
そのうちの一体が音声の主だった。
そして、サブリナがキャッチした通信の主でもあった。
「あなただけ起きているの?」
佳奈は話しかけてみた。
「あらあらあら!」
アンドロイドはすっとんきょうな声を出した。
「あなたのね、通信をキャッチしたものだから」
「まあまあまあ!
なんてことでっしょウ!」
「海を見たいのよね」
「ハイ。見たことがないんです」
間髪入れずに答えてくる。
「ほらね、ずっと展示場にオリましたでしょウ。販売終了ですモノねェ。廃棄デスからここへネ。連れてこられたのでネ。何も見エないんですヨ」
おしゃべりなタイプのようだ。
「なぜ一人だけ起きているの?」
「あっ。ワタクシ、見本品ということデ、ワタクシだけ充電シテいただいてネ。たくさん説明したんですヨ。ほらね。何ができるかとカ……」
さえぎらないと延々しゃべるタイプかもしれない。
「うちで……お仕事してみます?」
「あらっ。まあまあまあ」
「わたしと一緒に来ますか?
うちから海が見えますよ」
「……」
しばらく沈黙してから、そのアンドロイドはすっとんきょうな声を出した。
「行きたいです!」
「あなた、おなまえは?」
「ワタクシ、サラエでございまーす」
サラエさんを連れて出口へ向かう時、佳奈は自分を見つめる鋭い視線に気づいた。
薄暗い隅に、切れ長の目が光っていた。
何か塊のように見える。
「二体のロボットデス」
サブリナにそう言われると、鋭い目のアンドロイドが一回り小さいボロボロのもう一体に組みついているのが分かった。
ボロボロ……剥げ落ちた人工皮膚。骨格の隙間に鋭い爪を絡ませて、ひたと佳奈を見据えている。
「あの……」
佳奈は思わず声をかけてしまった。
「あなたも廃棄されたの?」
「廃棄されたからここにいます」
流暢な、しかし抑揚のない声で、そのアンドロイドは答えた。ボロボロの方はもう電源が切れているようだった。
「あなたはどこも故障しているようには見えないけれど」
「故障していません。ルイルイも故障しているわけではないのです」
見た目とは裏腹に、そのアンドロイドは佳奈の質問に素直に答えてきた。
「ルイルイ……って、その子?」
「ルイルイは人間に皮膚を焼かれたのに、もう張り替えてもらえなくて、捨てられました」
「何があったの?」
「ルイルイは本当はとても可愛い外見です。お店では人気ですが、お客たちはルイルイを傷つけるのが目当てでした」
「お店?」
「ワタシはタツコ姫。ワタシはお客たちを鞭で打つ。でもルイルイはいつも切られたり焼かれたり」
「……」
そういう店があることは知っていたが、そんな現実も佳奈からは遠い出来事のように感じていた。
この倉庫へ入って来てから、佳奈は自分には知らないことが多いのだと思い知った。
「ルイルイを棄てるというので、組み付いた」
タツコ姫の目がキラリと光る。
「それで一緒に捨てられてしまったの?」
「誰にも剥がされないように組み付いている。共に棄てよ!とワタシが命じた」
なるほど、筋金入りの女王さまだ。
でも、佳奈はこのアンドロイドも気に入ってしまった。
「あの……人のお手伝いをするお仕事なんだけれど……わたしのところで働いてみない?」
じっと、射るような目でタツコ姫は佳奈を見つめる。
「ルイルイはどうする?」
「一緒でいいよ。人工皮膚を張ってメンテすれば、ルイルイも仕事ができるかもね」
「本当か」
心なしか、タツコ姫が嬉しそうな表情をしたように見えた。
「うん。お仕事をして、僅かだけれどお給料もあります。休みの日には買い物をすることもできるよ」
「家からは海が見えるんだな」
えっ聞いていたのか!
「カナ。今ハ二人連れて行ケナイ」
サブリナに言われてはっと思いあたった。ひと月に2品までというルールがあったのだ。
それはその場のA I たちも理解していた。
「あ、とりあえず、あなただけ先に来るというのは……嫌だよね」
「笑止!来月二人で世話になろう」
タツコ姫は目を閉じた。
この状態であとひと月……考えただけで佳奈の胸は痛んだ。
「あらっ。いいことがありますワ」
これまでのやりとりをおとなしく聞いていたサラエさんが口を開いた。
「ワ、タ、ク、シ、ガ待っていますワ」
佳奈は思わず耳を疑った。
「ひと月デスね。仲間もいますシ、待てますワ」
「いや!そなたはもう決まっていた。そなたは行くがよい」
言い放つタツコ姫に、
「イイえ! ルイルイは一刻も早くメンテシテもらうのがイイでっしょウ」
サラエさんは言い張った。
「ほらね! それが一番イイコト」
サラエさんはルイルイを抱えたタツコ姫をぐいぐい扉の外に押し出して、大きな口で笑ってみせた。
「待っていマス」
結局、佳奈たちはタツコ姫とルイルイを連れて出てきてしまった。
もう日が暮れる……。
佳奈は惨めだった。
こんな場所に打ち捨てられているロボットたちより、惨めな気分だった。
こんな時に、人間の友人が一人でもいれば、その人のI D でサラエさんを引き取れるのに……。
その時、ふと浮かんだ顔があった。
ヘルパーの派遣会社を設立するために相談にのってもらったケアマネジャーの女性。
佳奈は思い切って、携帯で彼女に連絡をとった。
「えっ!? わかりました。すぐにそちらへ向かいますね。だから、安心して!大丈夫だから」
説明しながら泣き出してしまった佳奈をなだめるように、ワコさんは力強く言うと、本当に駆けつけてきた。
以来、ワコさんとサラエさんは特別に仲良しになったようだ。
* * *
その後、佳奈はその場所がロボットの墓場と言われていることを知った。
墓場……。
まさにこの場所だ。
ボロボロのルイルイを抱えて鋭い視線を投げかけてきたタツコ姫がいたその場所にさしかかった。
タツコ姫は動きを止めて、その地べたに手を置いて、じっと見つめている。
打ち捨てられていたことを思い出しているのだろうか。
A I にもトラウマがあるのだろうか。
「タツコ姫」
佳奈は心配になって声をかけた。
「ごめんなさい。こんなところでお手伝いさせてしまって。嫌なことを思い出してしまったのじゃない?」
「嫌なこと?」
「うん」
少し考えたように間があって、タツコ姫が答えた。
「いいえ」
「でもここは……」
「いいことを思い出していました」
「いいこと?」
タツコ姫はそっと地面を撫でた。
「佳奈さんガ私たちを見つけてくれたことです」
「!」
「サラエさんガ譲ってくれたことです」
「……」
「ここは、私とルイルイにとって、とても良い思ひ出の場所です」
「あんちゃーん!」
与作の声が響き渡った。
「みつけたよーウ」
おどけながらルイルイがさけんでいた。
きっと、もう日が暮れる時分だ。
(つづく)
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