2 駄作をさがせ
2日間の勤務を終えて市民病院から帰ってきたミキの足取りは軽い。
浦島邸へ続く坂道を鼻歌まじりに登っていくと、道の両脇の土が柔らかく耕されていて、低木も綺麗に整えられているのをみつけた。
浦島邸から張り出すように作られた「ティールーム水晶亭」のエントランスには可愛らしい木の枠組みの花壇らしきものが作られている。
花はまだ植えられていなかったが、良い土の匂いがしていた。
佳奈のバンの横に大型の乗用車が黒光りしている。
ミキは目を細めてセンサーを起動。ナンバーを検索した。
「サワジ公国大使館ですワね」
つぶやきながら玄関ホールに入ると、そこには大きなドラム缶が……。
「あンれマ!
べっぴんサンでねカ」
ドラム缶がしゃべってる?
ミキは目を細めてセンサーを起動。
「園芸用ロボットですノね」
* * *
つまりこういうことだった。
サワジ公国の『国土緑化大臣』であるアド•アブラ第16王子が、わざわざこの国のちっぽけな海辺の街の丘の上にやって来た。
昨日アド•アブラ王子が電話で浦島佳奈に依頼してきたのは、サワジ公国で『国土緑化副大臣』を務める与作のメンテナンスだった。
「副大臣!?」
佳奈をはじめ、通訳のケイ、その場に居合わせたサブリナ、そして2日間の勤務明けのミキは一斉に与作に目を注いだ。
「はい。わが国では優れた人材は人種差別なく登用しております」
ケイがサワジ公国大使の言葉を同時通訳する。ケイは見事な抑揚で喋ることができる。
スーツ姿の大使の横には、アラブの正装カンドゥーラとクゥトラに身を包んだアド•アブラ王子が笑っている。
さらにその横で与作が笑っている。
与作は浦島研究所生まれ。70年前、佳奈の曾祖父にあたるロボット工学の天才浦島博士によって作られた。
それは砂漠緑化に取り組む若き花咲博士の依頼だったという。
「花咲博士?」
「花咲博士ハ国際的な緑化工学の博士だべサ」
とても得意そうに与作は胸をはった。
「ノーベル賞モもらったダ」
与作は70年間世界各地で花咲博士の助手を務めてきたのだという。
「オラ耕しテ、種まいテ、水撒いただヨ」
「わたくしが『国土緑化大臣』に就任した10年ほど前に、『副大臣』としてわが国に花咲博士をお迎えしました」
アド•アブラ王子が口を開くと、すかさずケイが同時通訳する。
「国土緑化は順調に進み、山の麓にこのような森と花畑が……」
王子はパチンと指を鳴らした。
王子のパチンに合わせてサワジ公国大使がさっと一枚の写真を佳奈に見せる。
そこには、砂漠のイメージのサワジ公国とは信じられないような、美しい森と花畑が青い山をバックに写っていた。
「わあ! 美しい」
与作も王子も大使も満足気に佳奈が驚くのを見つめている。
「残念なことに、昨年花咲博士は98歳で生涯を閉じられました」
アド•アブラ王子は悲しそうに目を伏せた。
それでその後釜に与作を『副大臣』にしたとは……なんて不思議な国だろう。
ところがそれから、与作は調子が悪くなってしまったらしい。
大気の水蒸気を集めて水を振らせる、与作の水撒きシステムが稼働しなくなってしまったのだ。
「大気中の水蒸気!?
やはり、ひいおじいさまはそんなシステムを開発していたのね」
佳奈はがぜん興味をそそられたらしい。
「緑も豊かになり、スプリンクラーも完備しているので、わたくしはもうヨサク副大臣が水撒きをする必要はないと言ったのです。
しかしながら、ご本人がどうしても浦島博士にメンテナンスを頼みたいとのことなので、よろしくお願いいたします」
「昨日一日お預かりして与作さんを調べてみましたが……正直わたしにそこまでの実力があるとは……」
佳奈は困惑していた。実際、昨夜与作を預かってみて、曾祖父の技術に感嘆するばかりだったのだ。
詳細な設計図でもなければ、とてもどうにかできる気がしなかった。
「この国には最高峰の技術を誇る『ネイバーJ カンパニー』というロボット研究所があります。そちらはひいおじいさまのお弟子さんが創設した会社の研究施設で……」
言いかける佳奈を与作がさえぎる。
「いんヤ。オラ浦島博士がいいダ」
「あの、わたしは浦島佳奈。浦島多一郎博士のひ孫です」
「いンや。オメは浦島博士だア。
オラにはわかる」
ふうと、佳奈はため息をついた。
「すみません。ヨサク副大臣は調子が悪いようで……」
王子は申し訳なさそうに、しかし威厳を持って言った。
「それでも、ヨサク副大臣の願いは叶えてあげたいのです」
* * *
結局、やれるだけのことをしてみる。ということでしばらく与作を預かることになってしまった。
アド•アブラ王子も、もしかしたら与作の気が済むことを願っているだけなのかもしれない。
それにしても、与作は実に働き者だ。
昨夜は佳奈が眠っている間に浦島邸を取りまく広大な森の手入れをしていた。
夜が明けるまでには間伐材で薪の束をこしらえて(これは次の冬に重宝するだろう)、木で枠を作って花壇をいくつか作ってしまった。
しかも、ミキによると街へ下りる坂道の両脇も綺麗に耕されていたらしい。
いったい何を植えようというのか……。
この働きぶりをみても、故障は水撒きシステムに限定されるようだ。
大気中の水蒸気を水に変える。
与作の「錬金術」ならぬ「練水術」ともいうべきこの能力が、サワジ公国の国土の大部分を占めていた砂漠を緑の大地に変貌させたのだ。
佳奈はこの技術を会得したいと思った。
このシステムを応用すれば……。
佳奈の目標が一つ達成される。
浦島パートナーズのA I たちに「涙」を持たせてあげられる可能性がある。
だが、世界中が悔しがったことだが、佳奈の曾祖父、天才浦島博士の研究成果や設計図などは、50年前の浦島邸の火事でほとんど失われている。
この喪失で、世界のロボット進化は50年遅れたと言われるほどだ。
「オラの設計図?
あんちゃんガデータ持ってるダヨ」
「……あんちゃん?」
「オラの前に生まれた園芸用ロボットだあヨ
ココで働いてるトばっか思ってたダ」
与作の意外な言葉を、佳奈はサブリナに確かめてみた。
もしデータを持ったロボットがいるなら、自分でもなんとかなるかもしれない。
「イマシタ。『駄作』デス」
「ダサク?」
「そうダ! 博士はあんちゃんヲ駄作と呼んでたダ」
『駄作』とは、ずいぶんひどい名前だ。
「イマシタが、手放しマシタ」
サブリナが答えた。
「出入りノ植木屋さんニ。柿の木ト交換しマシタ」
その事実は、佳奈にはショックだった。
佳奈のA I たちを愛する気持ちは、少なからず高名な曾祖父から受け継いだものだと思っていた。
それは佳奈の誇りでもあったからだ。
出来が悪かったにしても、自分のロボットを『駄作』と呼ぶなんて……。
柿の木と交換してしまうなんて……。
さるかに合戦じゃあるまいし……。
* * *
さっそく、佳奈と与作の『駄作』探しが始まった。
件の植木屋さんは、50年の時を経て、この街で知らない人はいないほど有名な巨大ガーデンセンターになっていた。
色とりどりの花の苗に与作は大興奮。
「浦島博士! これっ買ってけろ!」
さまざまな野菜や花の種に狂喜乱舞。
「浦島博士! こっちも!」
と、佳奈にさんざんねだる。帰りのバンは苗木や花の苗や種の袋で満載だった。
肝心の『駄作』の行方は、交換した本人はすでに他界。三代目にあたるガーデンセンターの社長には何のことかわからなかった。
だが自宅には隠居した父親がいるという。
『駄作』と柿の木を交換した植木屋さんの息子にあたる人だ。
日が暮れる前にひと仕事したいという与作を浦島邸に残して、佳奈は一人で会いに行った。
その老人は、『駄作』のことをよく覚えていた。
ある日父親が連れて帰ってきて、庭仕事をさせたがとても不器用だったらしい。
「さすが駄作だって笑ったのを覚えとるなあ。
親父は言ってた。何の役にも立たないけど、これはわが家の家宝だから、絶対に手放すんじゃないぞってね」
それは、浦島邸の火事の少し前のことだったらしい。
「それから10年くらいして親父が脳溢血で亡くなって、その頃だったろうか……いきなりリコールだと言うんだよ」
「え? リコール?」
「なんとかいう会社が来て、『駄作』を連れてった。
安全性がどうとかで、金をもらったよ。
親父も浦島博士ももういなかったし、それでいいと思ったんだ」
この話はかなり変だ。
そもそも交換したものをリコールって……?
帰り道、車を走らせながら、佳奈は何か言いようのない不安にかられた。
突然のリコールという言葉に、『ミツコ』のことが思い出された。
浦島邸へ続く坂道にさしかかると、両脇がすっかり花畑になっている。
さらに上ると、与作が花の苗を植えていた。
仕事から帰ったのだろうタツコ姫とルイルイが泥だらけになりながら手伝っている。
その楽しそうな姿を見て、佳奈はみんなを守りたいと、唐突に思っていた。
* * *
『駄作』は見つからないかもしれない。
もう壊されてしまっているかもしれない。
佳奈は、最後の望みをかけて、『駄作』の持っていたであろうデータに、クラウド上でアクセスできないか。サブリナに試してもらってみた。
サブリナなら探せるかもしれない。
サブリナはきわめて優秀なハッカーの能力も持っているからだ。
微かな機械音がする。
「ミツケタ」
「データが? 読み取れそう?」
「データは強いセキュリティ守られてイル。デモ、場所分かっタ」
微かな機械音が続けさまに鳴った。
「データ位置情報キャッチ」
サブリナは胸のあたりにある小さなディスプレイを佳奈に見せた。そこにはこの街のマップが映し出されていた。
点滅しているのがその場所ということらしい。
「え!?
ここって……」
「本体、アルイハデータのチップイル可能性高イ」
点滅している場所。
佳奈はその場所を知っていた。
そこは通称「ロボットの墓場」といわれている、廃棄物集積場の一画だった。
(つづく)
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