第3話 遥かなる森の呼び声

1 与作がやってきた

 それは、春に特有の風の強い日のことだった。


 この海辺の街には何日か雨が降っていなかったので、すっかり乾燥した砂や土埃を風が舞い上げる。


「ふぇっくしょん!」

「はっくしょい!」

 犬の声、鳥の声に混じって、そこここでくしゃみが聞こえる。


 のどかな日曜の朝だった。


     * * *


「佳奈サン、コーヒーですヨ」

「おはヨウございます」


 ちょっとぎこちない足取りで朝のコーヒーを持ってきてくれたのは、短く切ったふわふわ巻き髪にあどけない顔のルイルイ。

 後ろにはぴったりとタツコ姫がついている。

 彼女たちは「浦島パートナーズ」に所属しているA I 搭載アンドロイドだ。


「ありがとう、ルイルイ。タツコ姫」

 春の朝は、なかなか眠けがぬけないけれど、佳奈はシャキッと頭を振った。

「おはよう」

 窓の外に目をやると、青空に柔らかい葉が出始めた木々がさわさわと揺れている。


「今日は風が強そうね」

「今現在、東ヨリの風。10メートル。午後から南東寄りにナリさらに強くなるでしょう」

 すかさずタツコ姫が答える。 

 彼女の言葉は流暢だが、抑揚はあまりない。ちょっと冷たい印象の声だが、彼女が冷たくはないことを佳奈は知っている。

「ありがとうタツコ姫」


 この頃は、佳奈のモーニングコーヒーに合わせて朝のミーティングをする習慣になっている。

 庭へ続くフランス窓のあるこの部屋は東向きなので、朝日がさし込んでくる。佳奈はここで朝の時間を過ごすことが多い。

 みんなが集まり始めた。


 「浦島パートナーズ」に所属する7名のアンドロイドヘルパーたちは、マザーコンピュータの役をしているサブリナで繋がっているので、本来ならミーティングは必要ないのだが、こうやってアナログにやるのが佳奈の方針なのだ。

 人間と同じように日々暮らすことによって、人間に寄り添えるようにA I を成長させていく。

 成長の度合いはさまざまだが、事実、彼女たちは少しずつ個性を獲得してきているようだ。


「では、今日日曜日の予定です。

 ミキちゃんは昨日から市民病院の小児病棟勤務なので、明日の朝までいません。

 ひまわりホームのお手伝いはケイちゃんとサオリちゃん

 今日は日曜日なので面会の方も多い日ですから、愛想良くね」

 ケイとサオリは無表情のまま黙ってうなづく。

 この辺がこの2人の今後の課題かもしれない。でも焦ってどうにかなる問題ではない。


「サラエさんは朝から福田家でしたね。明日以降の食事の作り置きをよろしく」

「おっまかせクダサイ!」

 サラエさんは家政婦として福田家へ行く時は、いつにも増して嬉しそうだ。


「ティールームは忙しいかも。タツコ姫とルイルイしっかりね」

「リョーカイですゥ」

 おどけて言うルイルイ。

「かしこまりました」

 タツコ姫はクールだ。


「それから、ハルカちゃんはお休み希望が出ているので今日は自由にしてください」

「……ハイ」

 ハルカは、小さな声で答える。

「ハルカちゃん、お母さまのところへ行くのなら、昨日ティールームで残ったプリンをサラエさんに分けてもらって持って行ってもいいわよ」

「……アリがとうゴザいマス」

 丸いメガネの奥で嬉しそうに目を細めるハルカに、サラエさんはウィンクしてみせた。

 これはプリン分けてあげるわよという意味らしい。


「じゃあ、みんなしっかり充電してるわね?

 午後3時にはなるべくお茶の時間をとりましょう。

 今日も一日はりきってがんばりま……」


 晴々とみんなを送り出そうと、フランス窓から空を見上げようとした佳奈は、思わずあとずさった。


「! ! ! ?」


 ニコニコ笑う(?)ロボットの顔が窓から部屋を覗きこんでいた。


「くせ者っ!」

 タツコ姫が脱兎のごとくかけ寄り、背中の仕込みムチを引きぬきざま、力まかせに窓を全開にした。


「アンれェ!

 驚かシツマっただナあ」


 フランス窓から続くテラスに立っていたのは……。

ドラム缶のようなボディにキャタピラ状の足。まん丸い頭にまん丸いセンサーみたいな目(?)、笑っているような大きな口(?)の、かなり旧式のロボットだ。


「敵意はないようですね」

 とはいえ、タツコ姫はいつでもとびかかれるように身構えたままドラム缶ロボットをひたと見据えている。


「オラぁ与作だ!」

「ヨサク?」

 タツコ姫の目が光る。

「与エル作ルで与作だァ!」

「……」


「オラ来タだ。

 浦島博士ニ会いニ来タだ」

「浦島博士などおりまセン」

 クールに言い放つと、タツコ姫はムチを握り直した。


 佳奈がタツコ姫をとめようかと思案していると、微かな機械音がしてサブリナが前へ出る。

「ヨサク!」

「あねサ!」


 佳奈も、A I たちも、驚いてサブリナを見つめた。もっともA I が驚くのなら……ということだが。


「サブリナ、知り合いなの?」

 窓辺に近寄ってきた佳奈を認めると、ドラム缶ロボットはいきなりキイキイ音を立てながら叫んだ。


「博士ェ! 浦島博士ェ!! !」

「あの……」

 とまどう佳奈にじりじりと寄ってくる。

「生きテたンダなあ。 良かっタダあ」

「……」


 プルルルル……


 突然、電話が鳴った。


「ハイ。浦島パートナーズでございマス。 ハイ……」

 落ち着いた声でケイが応対している。彼女はかつて大学教授の秘書をしていたことがある。電話は任せて大丈夫だ。


 佳奈は迫ってくるドラム缶……与作に、自分は浦島博士のひ孫なのだと説明しようとした。

「あの……与作さん? 実は私は浦島……」


「佳奈サン、お電話です」

 ケイが割って入る。

「サワジ公国のアド•アブラ王子と名乗っていまス」


「……アド•アブラ? ? ?」

「アド王子ダベ! 与作のオーナーダぁ!浦島博士に話アルダ」

 与作はニカニカしながらますます迫ってきた。


「……」

「佳奈サン、お早ク」

 ケイは事務的に電話にでるように促してくる。


 微かな機械音がしている。サブリナはまるで何かを考えているように見える。

 何が何だかわからないながら、佳奈は心がざわつくのを覚えていた。


     * * *


 犬の声、鳥の声に混じって、誰かのくしゃみも聞こえてくる。

 ああ、風が強いんだな……。


 のどかな日曜の朝は、何かが始まる予感に満ちていたのだ。


     (つづく)









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