第2話 アイドルはつらいよ
アイドルはつらいよ
ここのところ、週末が近づくとミキはソワソワ。
なんだか嬉しそうなのだ。
「あら、そんな。わたくし、そんな風でございますか?」
大きな目をパチクリと、申し訳なさそうに続ける。
「自分ではわからないのですが、そういったこともあるかもしれません」
「浦島パートナーズ」のミキは働き者のA I アンドロイド。
彼女は30年ほど前に、とある大富豪がカスタマイズした子守ロボットだ。
クリクリした大きな目におかっぱ髪はその富豪の好みが反映されているのだろうか。とても愛らしい外見をしている。
その上、楽器メーカーが開発したヴォーカルシステムを搭載していて、美しい声で歌うこともできる。
ミキが子守唄で育てた富豪の一人娘が海外の企業家に嫁いでからは、都内の大病院に買い取られ、看護師助手として働いていた。
一年前のこと、最先端のその病院では看護師資格を有した最先端のアンドロイドが採用されることになって、ミキはまた売りに出されたのだ。
その時貯金をはたいてミキを買い取ったのが浦島佳奈だ。
天才ロボット科学者だった曾祖父譲りのロボット工学の腕を持つ佳奈は、ロボットたちが人間社会で自立できることを夢見て派遣会社「浦島パートナーズ」を営んでいる。
今では、「浦島パートナーズ」の「ミキちゃん」といえば、この海辺の街の人気者になった。
老人介護も家政婦の仕事もなんでもこなせるミキだが、やはりキャリアがあるので病院から呼ばれることが多い。
この街の市民病院は、最近人手不足で困っていて、ミキは土日の小児病棟に毎週通っていた。
この頃嬉しそうなのはたくさんの子供たちに会えるからなのかもしれない。やはり、元は子守ロボットなのだから、子供たちが大好きなのだろう。
小児病棟には生後間もない赤ちゃんからわんぱく盛りまで、たくさんの子供たちがそれぞれの病気やケガと闘いながら入院している。
「ミキちゃんじゃないとごはん食べない!」
なんて駄々をこねるコもいるぐらい。ミキはみんなの人気者なのだ。
「ミキちゃんが来てくれてから、病棟が明るくなった!」
週末に小児病棟を任されている山根先生も、嬉しそうに大絶賛。
おかげで、独身の山根先生はミキちゃんに恋しているんじゃないか。なんて子供たちの間でウワサされてしまって……みんなにからかわれることになってしまった。
さて、病棟でのクリスマス会の時に、山根先生の企画で「ミキちゃんプチライブ」というのをやったのだ。
最近巷で大人気のA I アンドロイドたちのアイドルユニット「A I K B 84」のヒット曲などを取り入れて、歌って踊る。
これは大成功だった。
以来、週末は病棟のホールで「ミキちゃんプチライブ」が恒例になっていった。
非番の病院職員まで楽しみにしてやってくる盛況ぶりに、地元新聞や地元テレビ局まで取材に来たくらいだ。
春になって病院の中庭の桜が咲いたら、「ミキちゃん中庭プチライブ」を開催しよう。野外ライブだ。夢は広がる……。
そうして、
そんな噂を聞きつけて、ついにA I K B 84のスカウトがやって来た。
「A I K B のメンバーは、ほとんどがアイドル用に開発されたアンドロイドたちなので、ミキさんはお仕事ロボットということで、ひと味違って新鮮なんです」
その人は熱心に佳奈を説得してきた。
佳奈にはミキを手離すつもりは毛頭なかったのだが、
「ギャランティを折半しましょう」と提示された額に反応したのはミキだった。
「佳奈さん、わたくしギャラを荒稼ぎしテまいります」
「ミキちゃん、そんなこと無理にしなくても……」
「いいえ。お金がたくさんあれば、佳奈さん助かるはずです、それに市民病院の人手不足も助かるかもですワ」
ミキの決意は固かった。お金を稼いで佳奈や病院に恩返しがしたかったのかもしれない。
いよいよ出発の前日の晩に、小児病棟での送別会を終えたミキは佳奈のところにやってきた。
「これをわたくしの身体の中にしまってくださいませんか」
ミキが持ってきたのは子供たちからの手作りのプレゼント。
画用紙に描いたミキの絵や、空き箱で作った宝石箱、キャンディの包み紙をつなげた髪飾りなんかがミキの手からあふれている。
佳奈はいつも不思議に思っていたのだが、A I たちは思い出の品を身体にしまいたがるのだ。大切なものを守ろうとしているのだろうか。
みつこにも大切な記憶データがあったっけ。
ハイテクに作られているA I たちがアナログな思い出にこだわる……。
形あるものこそ儚いのだと知っているかのように。
いつもなら、その思いを汲んで、佳奈はなるべく願いをかなえてあげるのだけれど……。
だが、この品々はいくらなんでも多すぎる!
「無理ですワ! 減らすことなんテできませんっ」
ミキはしばらく子供たちからのプレゼントを見つめていたが、やがて残念そうにに部屋を出て行こうとした。
「データ化して胸ニしまうことニいたしましょウ」
「ミキちゃんっ」
佳奈は思わずミキにかけ寄り抱きしめた。
「ミキちゃん、無理に行かなくてもいいんだよ」
「佳奈さん。ギャラを荒稼ぎしてまいります」
可愛い顔でにっこり笑う。
「佳奈さん。ありがとうございます」
次の日、ミキはやっぱり笑顔で出発した。
* * *
程なく、A I K B 84に混じって踊るミキの姿をT V で観るようになった。
アイドルとして作られたほとんどのメンバーたちは、髪の色もピンク水色紫色黄色……などなど、髪型にいたってはふわふわと華やかで、顔の造作もアニメのキャラクターのようだ。そんなメンバーたちの後ろの方でミキの黒いおかっぱ髪はとても目立っていた。
「やっぱりミキちゃんが一番可愛い!」
市民病院の小児病棟でも、「浦島パートナーズ」でも、もしかしたらこの街のいたるところで、そんな話で持ちきりだった。
そうして、その華やかなステージを見れば見る程、みんなの胸は悲しくなるのだった。
冬が終わり、桜の蕾は日ごとに膨らんでいく。
中庭の桜を見上げながら山根先生もとても悲しそうだった。あんまり悲しそうなので、もうだれも山根先生をからかったりできない。
* * *
この海辺の街に桜の花が開花する頃、ミキはキャリーバッグをガラガラと引きながら帰ってきた。
その足取りはギクシャクとしていた。
「どうしてモ、身体が動かなクなったんですの」
ミキはライブで突然止まってしまうことが多くなってしまったらしい。
84体のメンバーの中にはスペック不足やちょっとしたことで止まってしまうものもあったが、メンテナンスで解消できることがほとんどだった。
ところが、A I K B 84 専属メンテナンスチームが細部まで調べてもミキの不調の原因はわからなかったらしい。
それどころか日を追うごとに、普段の動作すらギクシャクするようになっていったのだ。
故障したのならしかたがない。
ということで、ミキはたった二ヶ月で「浦島パートナーズ」に帰されてきたのだ。
まあA I K B の中で爆発的に人気があったわけでもないので、きっと許されたのだろう。
「申し訳ありません。ギャラを荒稼ぎ出来なくなってしまいました」
佳奈は嬉しくて思いきりミキを抱きしめた。
「ギャラなんかいらない! わたしも寂しかったの。みんなも寂しかったんだよ」
「あらっ」
ミキは大きな目をパチクリとした。
「なぜでしょウ?全然不調がなくなりましたワ」
微かな機械音がして、
「ミンナ待ってイタ」
サブリナが優しい声でミキを包んだ。
そんなわけで、ミキの不調はなくなり、今までどおり「浦島パートナーズ」の稼ぎ頭としてお仕事に精を出すことになった。
そして、ミキの週末の小児病棟勤務が再開された。
もちろん山根先生も子供たちも飛び上がって喜んだことは言うまでもない。
でも一番喜んでいたのはきっとミキ本人に違いない。
とにかく、それ以来ミキが不調になることはなかった。
桜舞い散る中庭の「ミキちゃんプチライブ」ももちろん開催されて、大盛況だった。
以来、病棟の人たちだけでなく、退院した子供たちやご町内の方々まで、参加を許されることになって、「ミキちゃん中庭プチライブ」は毎週末開催されている。
ミキはあいかわらず週末にはソワソワ、ワクワク。
この話には おまけもあった。
数は少なかったが熱心なミキちゃんファン一行が、ナース姿のミキをひと目見ようとたびたび病院へ現れるようになったのだ。
カメラにリュック姿の彼らをどうしたものかと病院側は当然懸念した。
ところが、けなげに働くミキに感化されたのか、
「何かお役に立てることはないですか?」
結局、彼らは病院のボランティアになってくれたのだ。
今まであまり働いたことのない彼らだったが、実によく働くのだ。初めてお仕事の喜びを感じているようだ。
ミキは病院の人手不足も解決してしまった。
アイドルおそるべし!
もちろん彼らへのご褒美は週末おこなわれる「ミキちゃん中庭プチライブ」の最前列。
しかしこの頃では、彼らは背の小さい子供たちやお年寄りたちに席を譲ってあげたりしている。そうすることをミキちゃんが望んでいることを知っているからだ。
彼らが見たいのはミキちゃんのうっとりした笑顔なのだから。
今や、ミキはますます嬉しそうにライブで歌うようになった。
そして、どんなにノリノリで歌っていても、ほんのささいな赤ちゃんの気配にオムツを持ってかけつけるミキの姿はもはや定番になってきた。
ただ今、「おむつ萌え」がネットの検索ワードを急上昇中。
(第2話 アイドルはつらいよ 了)
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