第3話 タイムリープしてません


 吐く息が白くこごえ始めた秋の通学路。

 偶然駅で一緒になった市井が、私の目をじっと見て言った。


「志津本、お前って現代人?」


「は?」


「へ?」


 私と一緒にいた蒼太まで変な声をあげる。


「どう見ても現代人でしょ」


「いや、隠さなくていいんだ」


 ふるふると首を振る市井の目は、すでにどこかに旅立っていらっしゃる。またか、と天を仰いだが、隣の蒼太は面白そうに見守っている。


「本当は未来からやってきたんだろ? 俺を救うために」


 今度はそういうパターンかよ。


「違います、全然違います。こちらの幼なじみに確認してくださーい。産まれた頃から私のこと知ってるので」


「市井くん、翠が小学校のトイレでおぼれた話きく?」


「それはやめろぉぉ!」


「しかもウンコの後の和式トイレで」


「やめろってばぁぁ!」


「むむむ、それは興味深い」


「いきなり正気に戻るな市井っ!」


 こういう時だけ戻ってくるなお願いだから。


「それで、今度はなんの本の影響なの?」


 話をそらすためわざわざ深掘りしてみる。


「これだ」


 ほんのり淡い夕焼けにたたずむ男女の表紙が突き出された。タイトルは『時をこえて、あなただけを 〜百年の恋物語〜』。


「へぇーどういう話なの?」


 もはやあらすじを読むのもめんどい。


「未来からやってきた志津本が現代の俺を救う話だ」


「なんで私が登場してるんだよ!?」


 隣で蒼太が爆笑している。陶酔とうすいする市井並みにウザい。


「俺を救うために歴史が改変され、その代償に志津本の存在はこの世から消えてしまう……可愛そうな志津本」


「勝手に涙ぐむな!」


「そして志津本の犠牲に絶望する俺」


「もう飽きたわそのパターン!」


「それでもけなげに乗りこえる俺!」


「わはは、市井くんマジおもしれー!」


 腹をかかえる蒼太がどんどん先をうながすものだから、市井の語りが調子良く加熱していく。


 結局その日は市井の妄想を延々と聞かされながら三人で登校した。



「しかしあの人すげーよな」


 蒼太と分かれて教室の定位置に着席すると、ななめ後ろの席で市井が腕を組んでいる。


「万年赤点サッカー馬鹿の志津本のことじゃないぞ、お前の幼なじみのことだ」


「分かってるわ!」


 そう、蒼太はすごい。野球部のエースで四番、成績優秀、人当たりもいい。おまけに神は彼にイケメンの器までお与えになった。


「志津本はあれなの? あの設定盛りすぎのチートな幼なじみを追いかけてこの高校に来たの?」


「……はぁ?」


「だってお前の成績、この学校だと最下層じゃん。どうせあの人を追いかけて無理して受験したんだろ?」


 市井のくせに微妙にするどい。不意打ちをくらって頬が熱くなっていく。


「うわ、図星かよ」


「違う!」


「はー幼なじみとの恋かー。古典的かつ不朽ふきゅうの王道展開。俺の性癖トップスリーに入る至高。圧倒的幼なじみ。ごちそうさま」


 だから違うってと否定するが「はいはい」といなされる。もうその話には興味を失ったのか、市井は机上の文庫の山をせっせと整えていた。


 そこに隣から別の声が割って入った。


「しづ、やっぱり牧君と付き合ってたの?」


「そうだと思ってたんだー」


 好奇心を顔面にべったり貼りつけて、女子二人がイスを寄せてくる。


「違うってホント」


「えーでも牧君あんなにモテるのに彼女いないんでしょ? 実はしづと将来を誓い合ってるとか?」


 そんな少女漫画みたいな関係じゃないんだって、と抵抗するが、二人はきゃっきゃっと妄想にはずみをつけている。


「イケメン牧君と色気皆無のサッカー女子しづ。顔面偏差値もつりあわないけど、まぁ幼なじみなら許せるかな」


「おいこら」


 なんで私の周りには失礼な人間しかいないんだ。


 バシンと大きな音が響いた。ギョッとして後ろを振り向くと、机に両手を叩きつけ立ち上がった市井が。


 その視線はやけにするどく、文庫の山のてっぺんに向けられている。


 そこには


『未来からのラブレター 〜僕は君をあきらめない〜』


 キラキラと光揺らめく海辺を背景に男女が寄りそう表紙イラスト。


 市井は不意に顔をあげた。


「よし……志津本、お前やっぱり悲劇のヒロインになろう」


 なんでそうなった?


「未来からやって来い、俺は主人公になる」


「またこの展開かよ!」


「安心しろ、現代のことで分からないことがあれば俺がサポートする。俺、優しい。俺、かっこいい。泣ける」


 ヤバイまた異次元に突入してる。


「ああ、もうっ! なんであんたは私を悲劇のヒロインに仕立て上げんのよっ!」


 キーンコーンカーンコーン


 救いのチャイムが鳴った。担任が現れ、その脇を遅刻常習犯たちがすり抜ける。廊下で騒いでたリア充も、教室のすみで推しカプを語る腐女子たちも席につき、私をかこんだ妄想女子もまたねと言って前を向く。


 そのざわめきの中、市井がぽつりとつぶやいた。


「だって、このままじゃ俺、あの幼なじみに勝てねーじゃん」

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