第21話 圧が凄い
「さて、どうするかだな」
何だかよく解らないものの礼詞と対決しないことには暁良を取り戻せないらしい。それに対してどうするか。路人は作戦会議を開くことにした。が、会議を始めた途端に佑弥はいなくなってしまった。終わったら連絡しろとだけいい、完全に路人の味方ではないと態度でも示してくれている。
「どう考えてもこの暁良救出事態が怪しいですよ。いいんですか、路人さん」
佑弥を連れて来ておいて何だが、優斗はこの話に乗ること自体に反対だった。もちろん暁良がピンチだということは解っている。実際に礼詞に捕まっているのも確かだろう。しかし、罠に自ら嵌るというのは賛成できるものではない。
「いいも何も、誰が何を考えているのかさっぱり解らないんだよ。俺は単に赤松が色々なことをやっているだけだと思っていた。山名の言い方もそんな感じだったしね。それがどうやら別の動きもあるという。こうなったら、下手に自分たちで動くよりかは敵の話に乗っかるしかないと思う」
路人は面倒だけど佑弥の話に乗るのが手っ取り早いとの結論に至っていた。それに紀章が堂々と研究室の入るビルの前に現れたことも気になっている。どうやらこの暁良誘拐は、ただ自分を連れ戻したい以上の何かがある気がしてならない。
「そうですね。山名先生は色々と忙しいはずです。特に科学技術省の立ち上げには有識者会議の頃から携わっています。そんな方が、連れ戻すのではなく接触してきただけというのは気になりますね」
瑛真も単純な事件ではないことに同意した。そして、紀章に会ったことでまた声が出なくなってしまった翔摩をちらりと見る。心の準備もなく紀章に会うのは、やはり相当な負担なのだ。まだ、翔摩は紀章の待つ大学に戻るのは無理だろう。その翔摩は腕組をしたまま考え事に集中している。パソコンで話しかけてくることもない。
「あの、詳しい事情は解らないんですけど、要するに暁良の居場所は解らないってことでいいんですか?」
色々と難しいなと思った哲彰は、一先ず気になることを質問した。
「そう。暁良の居場所は全く見当がつかない。あの牢屋に入った写真は君たちを煽るためのもので、それ以上ではないはずなんだ。しかし牢屋なんて――まあ、写真用に作った偽物なんだろうけど、それを用意した場所はどこか。そもそも科学技術省をどこに置くのかもまだ発表されていないからな。つまり、こちらからは全く知ることが出来ない状況を相手は利用しているんだ。だからあの少年の話に乗るしかないという結論になってしまうわけさ」
これで理解したかと路人は哲彰を見る。
「なるほど。確かにあの写真を見て俺たちは路人さんに連絡を取ろうってなりましたからね。はあ、俺たちは赤松の手の上ですか」
哲彰は理解したものの嫌になると溜め息だ。これでまた科学者のイメージが悪くなる。
「あの男はどこか変質的なところがあるからなあ。何を考えているのか昔から解らない。どう対抗したものか」
俺だって嫌いだよと路人は遠くを見つめる。が、すぐに視線は机の上に向かった。
「あっ」
「?」
急に閃いたと机を叩いた路人に、四人はどうしたと路人を見る。
「これ、使えるかもね」
路人はそう言うと、この間から開発に勤しんでいた科学者狩り用の罠を持ち上げて笑った。
研究室を出て、佑弥が向かったのはチェーン展開している喫茶店だった。別にゆっくり電話が出来ればどこでもいいのだが、気分を落ち着けたいとコーヒーが飲みたくなったのだ。
「こういうところが、高校生ではないとばれる要因なのかな」
コーヒーを飲みながら、佑弥はあっさりと優斗に高校生でないと見抜かれたことを考えてしまう。年齢的には問題ないし、見た目も老けているわけではない。となると、一般的な高校生よりずれている何かがあるのかと悩んでしまう。
「まあいいか。今後高校生に化けるようなことはないだろう」
それより連絡だと佑弥はスマホを取り出して電話を掛ける。すると相手は待っていたとばかりに出た。
「少し待ってくれ」
しかし何か不都合な状況なのか、しばらく待たされた。そして次に声が聞こえた時には報告を始めてくれと説明はない。
「はい。状況は若干の計画からのずれは生じたものの順調です。一色路人との接触も叶いました。本当は、俺を捕まえてくれれば話が早かったんですけどね。一色がうろうろしていた場所が予測できずに苦労しました」
佑弥がそう苦笑すると、まあ別の成果があったからいいと相手は笑って終わらせた。
「陣内暁良ですか?」
「ああ。彼は使えそうだ。それに路人ならば君だけで接触した場合動かなかったかもしれないからな。今の状況は好ましい」
相手は面白くなったとばかりに笑うが、佑弥としてはスマートなやり方ではないなと思ってしまう。路人をさっさと連れ戻すために科学者狩りを狩らせ、自分が捕まって一計を案じる。それが当初の計画だったのにと不満だ。
「このまま進めてくれ。こちらも新たに動いているよ」
佑弥の不満を感じ取ってか、相手は手短にそれだけ言って電話を切ってしまった。全く、一流の研究者になればなるほど我儘で困る。
「そんなに面白い奴なのかね。陣内って」
それより気になるのは、まだ会ったことのない暁良だ。別に成績が良いわけでもなく、何か突出したものがあるわけでもない。科学知識は一般の高校生より劣っているのではと思うような奴だ。それなのに、路人をはじめとして一流の科学者が暁良の相手をしている。
「気に食わないね」
高校生らしい嫉妬が、佑弥の心に現れていた。
で、知らないところで嫉妬の対象になっている暁良は大変気まずい状況下にいた。
「圧が凄い」
暁良は自分を取り囲むようにして座って作戦会議を始めた面々を見て溜め息を吐く。礼詞と穂浪だけでも面倒なのに、路人の師匠だという紀章までやって来たのだ。おかげで会議室の空気は張り詰めていて息苦しい。
「陣内君といったな」
「はあ」
新たに現れた紀章は強烈な圧を放っている。いやあ、これならば路人が逃げ出したくても仕方ないよなと思ってしまった。子どもの頃つまらないと感じたのも、この厳しそうな感じのせいではと勘繰ってしまう。
「あの路人を思いのまま動かせるとはなかなかだよ。今まで、あいつはこちらに気を許すようなことはなかったからな」
「――はあ」
これって褒められているのか?単に路人が気難しいと言いたいのか。確かにバイトを始める前に翔摩が普通は続かないと言っていたが、意外と簡単だった暁良には解らない。まあ、あの奇天烈ぶりに引かずに自分の意見を押し通せるか。それがポイントだっただろうとは思った。何でも置いておこうとする路人にぶち切れて断捨離を始めたところで仲良くなったなとは思っている。
「それにしても新たな問題だな。こんな子どもを好きになってどうするつもりなのか。こちらが合わせるしかないとすると、陣内君に与えるべきポジションは何だと思う?」
今、色々と語弊のある言い方をしなかったか?暁良は非常にツッコミたいのだが、礼詞も穂浪もくすりとも笑わないので飲み込むしかない。だって、今の言い方だとショタコンみたいだぞ。しかも路人は男なのに。いや、その前提で俺のポジションを考えたら余計に誤解を生むだろともやもやする。
「路人の補佐ということでいいのではないか。今までは城田や桜井に任せていたが、あの二人だって新たなステップに進むべきだろう。それに、科学に関しては今から勉強させればいい」
さらっと言い放つ穂浪に、暁良は自分の成績表を見せてやりたい気分だ。きっと驚くだろう。いや、逆に教育のし甲斐があると燃えるのか。
「それはそうだな。思えば路人は城田に甘いところがある。今回の逃げ出した件も、城田の声が関係しているのは言うまでもないことだ。互いの成長に阻害が出るようならば、この陣内君に補助を頼む方がいい」
礼詞まで暁良に補助させようと頷いてしまう。いや、あんたたち、この国を背負う科学者でしょう。そんな無責任でいいんですかと暁良はまたしてもツッコミたい。
「今の社会は、ここにいるメンバーと路人が作ったんだな」
暁良はそれに気づき、科学者狩りの無意味さを改めて思い知る。大きな流れを作っているのは、もっと遠くにいたのだ。企業や大学で働いている科学者を脅していても何の意味もない。
「はあ」
何だか色々と凄すぎる。そこに自分がいるのが信じられない。そして路人と友達だと言えてしまった自分が、すごく無知に思えてくる。が、そんな無知な奴を全力で利用しようとしているのもこいつらだ。
「ということは、対立するよりも懐柔する。そういう作戦だな」
「――え?」
しばし考え事をしている間に、話が急展開したらしい。暁良が顔を上げると三人がじっと自分を見ていた。
「あの」
「君にはこれから努力してもらわないとな。それと、赤松。あのことは頼むよ。どうせここまで連れて来ないことには話が始まらない」
にやっと笑って言い放つ穂浪に、暁良は何だかヤバいと遠い目をしてしまっていた。
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