第22話 科学者狩りの犯人
作戦が決まり、路人は佑弥を研究室に呼び戻した。
「で、どうするんだ?」
暁良のことでもやもやとする佑弥はつっけんどんな態度で訊く。路人の態度に余裕があるのも何だか腹が立った。
「簡単だよ。赤松を呼び出して。君、連絡先を知っているんだろ?誰がどう関わっていようと、暁良を巡って動いているのならばいずれ一か所に集約されるからね。色々と考えるのは止めたんだ」
にやっと笑い、路人は佑弥を挑発する。スタートがあの科学者狩りで困っているという依頼だった。そしてずっとこの問題が付いて回っている。それに頭を悩ませていたが、考えれば動く奴らは決まっているのだ。ならば考えるまでもなく、その中に菱木操の正体があるはずだ。まだ誰かは解っていなくても、もう動いても問題ないだろう。結局は何もかも仕組まれていたのだ。
「なんだよ、それ。あんたはこれまで戻りたくないって頑張ってたんじゃないの?それがあっさり陣内を取り戻すために戻るってか」
イライラしていたので佑弥は思わずそう言っていた。それはすでに裏で総てが繋がっていると白状するようなものである。
「やっぱりね。ほら、電話して。取り敢えず連れ去ったのは赤松なんだから、どういう目的なのかは赤松から説明してもらいたいんだよ」
路人は無駄に考え過ぎたとのほほんと笑う。あとはこちらのペースにしていくだけだ。礼詞や紀章が動いているから何かとんでもないことがあるのではと思っていたが、彼らの目的が科学技術省の立ち上げが大詰めにきたからという理由だけならば、無意味な策は弄していない。
「ちっ。もう少し楽しませてくれるのかと思ったのに」
「それは残念。暁良を誘拐すれば判断が鈍るかもっていう着眼点はあっていたけど、この二人の友人を巻き込んだところで計画が狂っているでしょ。特に優斗君。彼は君の矛盾をすぐに見抜いていたからね。そもそも暁良と同じように捕まった友人の写真。これを見せることで二人の判断を鈍らせたかったんでしょ。けれども高校生といえどもそんなことで妙なことにはならないよ」
「――何が言いたい?」
急に始まった追及に、佑弥はただ礼詞を呼び出せと言われているのではないと気付いた。
「あれ?君って自分のミスにはなかなか気づかないようだね。君は誰か別の指示で動くだけでなく赤松の指示でも動いているでしょ?だからちょっとずつ違和感を生んでいるんだよ。赤松を恨んでいるかのような言動を取っていた割に、実は同じく科学者であるなんて最悪の嘘であり矛盾だよね。タイミングが良すぎるのも違和感になってしまう。君の動きは常に赤松の動きに影響されている。しかし赤松との繋がりなんて考えられないだろうと思うから計画が杜撰になるんだ。ずらさずに動き続けるから正体がすぐにばれたんだよ。で、結局の目的は俺だからここまでやって来た。騙すって、意外と労力がいるんだよ」
路人はのほほんと笑ったまま指摘した。一つのことが解れば後は簡単だ。佑弥は不確定要素のように見えて全くそうではない。二重に動いているから奇妙に感じるだけだったのだ。というわけで、より路人には気持ちに余裕が生まれている。罠を使うと決めた瞬間に何もかも閃いてしまった。
「――さっさと戻ってくれるか。大迷惑だ」
科学者狩りの流行を利用して路人を動かすなど、こちらは山のように雑用をこなしたのにと、暁良だけでなく路人自身が計画をどんどん壊していくことに佑弥はイラっとする。あの人もすぐに計画を変更して何とも思っていないことにも腹が立って仕方ない。結局、路人と礼詞という二人を越えられないのだと思い知らされた気分だ。
「科学者狩りを最もやっていたのは君かい?」
「――」
またしても急に指摘してくる路人に、佑弥は顔を真っ赤にしていた。
「そうだよね。あえて君にこの役をやらせる理由は年齢が近いからってだけではなさそうだもんね」
「うるさい!!」
計画そのものに無駄はないのでは、そう路人が指摘したことで佑弥の怒りは頂点に達した。そしてスマホを投げつけて研究室を出て行ってしまう。
「路人さん。そんなことにいつ気づいたんです?というか、あいつも相当優秀な科学者なんでしょ?どうして科学者狩りなんて」
それまで黙って聞いていた哲彰がまず質問をする。たしかに佑弥の行動は色々と妙だったが、科学者が科学者狩りをやっているという結論にはならないはずだ。
「ううん。まあ話していて気づいたってだけかな。初めからそこまで疑っていたわけじゃないけど、彼って異様に俺を挑発していただろ?それがどうにも気になったんだよね。つまり、彼は俺に赤松を潰してほしいのではないかって思ったんだ。同じ科学者ならばどうして自分はなかなか評価されないのかって悩んでいたのではってね。そうなると、目の上のたん瘤は俺と赤松かなって。でも直接攻撃するのは自分の負けを認めるようで嫌だった。というわけで、民間の科学者を狩ることでストレス発散をしていた。それを、菱木操と名乗る人は見抜いて宮迫を寄越したんだよ。ううん。連れ戻すだけでなく科学者狩りまで解決させようとするとは、強敵だね」
路人は投げつけられて床に転がったスマホを拾いながら首を捻る。そして佑弥には同情してしまった。早くから才能を認められるというのも大変なのだ。特に、躓きを感じたのならば余計にだろう。路人が紀章の研究室にもういたくないと思ったのも、結局は求められていることと自分の実力に差を感じたからだ。
「宮迫は、路人さんがこのまま消えることも望んでいたんですかね?」
優斗は科学者の世界も大変だなと、開いたままとなった研究室のドアを見て訊く。
「だろうね。逃げていたいんだろと言うっていうのは、戻ってきてほしくないという願望のさせていたことだろうから」
まあ、ここまでやっておいて佑弥のことを放置することはないだろう。いずれ礼詞か誰かがフォローするはずだ。ある程度認めているからこそ、馬鹿なことは止めろと諌める意味でこの件の汚れ役を任せたはずだ。
「さて、ここからは俺のペースでやらせてもらおう」
路人はそう言って、翔摩と瑛真を見た。二人が頷くのを見て、路人は礼詞のスマホへと電話を掛けていた。
一方の暁良は超頭脳集団の作戦の一環として、紀章の研究室に連れて来られていた。
「ここで路人はずっと研究をしていたんだ。小さい頃、飛び級試験に受かった後からずっとな」
紀章はそう言いながら研究室の中をゆっくりと歩く。その様子はまるでそこに路人がいるかのようだ。
「飛び級って、難しいですよね?」
まだまだ紀章の持つ雰囲気に慣れない暁良はかしこまったまま訊いた。すると当然だろとの答えだけが返ってくる。
「ですよね」
暁良は頷きつつ、そういう世界と無縁だからイメージできないんだと小さく愚痴を零した。たった四歳で大学に入るというのも解らないし、研究室に並ぶコンピュータの数々で何をしていたのかも想像できない。結局、暁良の中の路人のイメージは今から変化しないのだ。すごい天才と言われても、何だか別世界の話のようだ。
「日本で未就学児でも飛び級が可能となったのは、路人たちの時が初めてだった」
「?」
急に語り出した紀章に、暁良は何だと思って顔を上げる。すると、説明してやるから聞けという目で見られた。どうやら何も理解していないことが解ったようだ。さすがは大学教授。
「俺の頃は、飛び級と言っても高校二年から僅かに早く大学に入れる程度だった。その現状に満足できず、アメリカに渡ったものだよ。そういう苦労があったから、路人たちの指導を任せたいと言われた時すぐに引き受けると決めたんだ」
紀章の言葉に、この人もすごいんだなと暁良は違うところが気になった。おかげで全く身近に感じられないままだ。
「ところが、路人は非常に覇気のない子どもだった。学びたいという欲求に突き動かされているわけではない。ただ出来るから来たというだけだ。まあ、母親がああだからな。テストも本人の意思なく受けたものだったというのは解る」
紀章は昔の路人を思い出し、溜め息を吐いていた。いつもつまらなさそうにしていた路人は、紀章にとって非常に心配の種だった。それに誰にも心を開こうとしないので余計に手が掛かった。同じく面倒を見ていた礼詞は活発な子で、しかも自分の頭の中に浮かぶ疑問を解決したいとの思いに突き動かされていた。こちらは紀章と同じタイプなので、次々に課題を与えるだけでよかった。そのくらい、まったく対照的だったのだ。
しかしそれでも路人の才能は本物だった。紀章はいずれ興味を持って自分からやるだろうとその問題には触れないようにしていた。
「その。路人がずっと嫌々やっているのには気づいてたんですよね。どうして辞めるという選択肢を与えなかったんですか?」
そこまで黙って聞いていた暁良だったが、紀章は路人がやりたくないことを知っていたというのに驚く。だから訊いてしまっていた。
「それは無理だよ。飛び級拡大初年度で入った。それが大きな理由になる。というのも、今度も制度を維持していくには実績がいる。やはり子どもには無理だったかと言われる事態は全力で避けなければならなかったんだ。まあ、大人の都合というやつだな。それに、やはり路人の才能はそれだけ魅力的だったんだよ。誰も辞めさせたくないと必死になるほどにね。面倒を見ていたメインは俺だが、関わったのは名立たる科学者たちだ。その誰もが、いずれ母親の一色穂浪を超えるだけの才能を開花させると確信していた」
「――なるほど」
やっぱり世界が違うなと、暁良は頷くだけに留めておいた。
「だから今回、不満があって姿をくらましたとしても、しばらくはその我儘を容認しようとなったんだ。しかし、いざ戻って来いとなったら説得できる奴がいないんだ。誰にも心を開いていない状況は変わっていなかったし、唯一話をしていた城田は一緒について行ってしまっているからな」
だからお前が重要なんだと、紀章は暁良を睨みつける。
「――あの路人が誰にも心を開かない、か」
そういう姿も見ていないからなと暁良は遠い目をしてしまう。そして、問題の根深さにどうしたものかと悩んでしまうのだった。
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