第16話 赤松礼詞

  さっさと薬を買って戻ろうと急ぐ暁良だったが、じっとこちらを見ている人物に気づいて立ち止まった。

「何だ?」

 見たところ、路人と同い年くらいの男性だ。しかし格好はきっちりスーツを着ていて路人とは大違いである。しかも鋭い目つきに緊張してしまう。のほほんとしている路人と違い、相手を圧倒する空気を持っていた。

 これは関わらない方がいいなと、どうしてこちらをじっと見ているのか気になるが自分に用があるわけではないだろうと男性の前を過ぎようとした。

「なあ、君。陣内暁良君だろ?」

 しかし無視しようとした暁良に男性はそう声を掛けてきた。しかもこちらのフルネームを知っている。

「そう、だけど」

 怪しすぎる上に怖い男性に、暁良は思わず身構える。すると目の前にスマホを翳された。

「これって」

 一体なんだと怒鳴るのも忘れ、そこに映っていた写真をじっと見てしまう。その写真はなんと路人のものだったのだ。しかもきっちりとスーツを着ていて、のほほんとした印象は一切ない。どこか愁いを帯びた表情も今の路人とは大違いだ。

 これが本来の路人なのだろうか。そして、この格好ならばそっくりな空気を纏うこの男性は何なのか。

「俺は赤松礼詞。路人とは昔から付き合いがあるんだ。ちょっと話が出来るかな?」

 有無を言わせぬ調子で礼詞が言う。にこりともしないのだから圧しか感じない。

「路人に、何かあるんだな?」

 しかし先ほどのいつもと違う研究室が気になる暁良は、少しでも情報がもらえるならばと応じることにした。それに断ったところで礼詞が引くとも思えない。

「そのとおりだ。あいつはやることがあるというのに遊び呆けている。それは君がよく知るところだろう。詳しく話したいから、ちょっと来てくれ」

 礼詞はそう言って先に歩き出した。それに暁良はついて行く。場所は近くの喫茶店だった。

「好きなものを頼んでくれ。路人を連れ戻すには君の協力が必要だろうからね」

 席に着くと礼詞はようやく笑って暁良にメニューを渡した。この喫茶店はレトロなところで、未だに紙のメニューが置かれている。

「えっと、コーヒーで」

 しかし出会って早々の人物に何かおごってもらうというのは嫌な感じなので、暁良は無難にコーヒーを頼むことにした。すると礼詞が店員を呼び、コーヒーを二つ注文する。これまた一昔前のスタイルだった。

「さて、路人が世話になっているようだね」

 落ち着かずにきょろきょろと店内を見る暁良に、話に集中してくれと礼詞がテーブルを指で叩く。

「その前にあんたは?」

「俺はあいつのライバルってところだ。それも小さい頃からね」

 礼詞は急に鋭い目をより鋭くし、暁良を真っ直ぐに見つめていた。





 同じ頃。こちらはファミレスで話し合いをしていた。優斗は自分だけでは危険と判断し、哲彰を呼んでいた。本当は暁良にも同席してほしいが、佑弥の目的は暁良にあるようなので連絡は入れなかった。

「そう警戒しないでよ。まあ転校してきてすぐにこういう話題をするってのは変な奴って思うだろうけどさ」

 佑弥は注文したポテトを摘まみながら笑う。

「確かに変だよな。科学者狩りに興味がある奴は多いけどさ。わざわざ俺たちに声を掛けて何かしたいってのは変だ」

 普段はボケた発言の多い哲彰も信用ならないと佑弥を睨む。が、ちゃっかりアップルケーキを食べている。緊張しているのかしていないのか不明だ。

「だって、君たちほど目的意識を持ってやっている奴らはいないからね。ここに転校したら、絶対に狙いたいと思っていた奴がいるんだ。そいつを叩けば、このロボット偏重社会も変えられるかもしれない」

弥は前から考えていたんだと強調し、スマホを操作する。そして佑弥と哲彰の前に置いた。

「こいつのことか?」

「一体誰だ?」

 二人はスマホの画面に映った写真を見て首を捻る。前々から狙っていたというが、二人は見たことがなかった。

「あれ、知らない?赤松礼詞っていうんだ。こいつが今後のポイントになるのは間違いないよ。だって、政府で重要な地位に就いているだから」

 佑弥はそこらの雑魚とは格が違うと笑った。そう、映っていたのは今まさに暁良が話し合いをしている礼詞の写真だ。

「政府で?こいつは本当に科学者なのか?」

 科学者狩りをしているとはいえ、大きな事件を起こすつもりはない。優斗は大丈夫かと佑弥を睨む。

「科学者だよ。それもロボットや人工知能分野でトップに近い。だから、今度発足する科学技術省の重要ポストも用意されているほどだ」

 佑弥の説明に、科学技術省が出来るとのニュースは知っていた優斗は腕を組んだ。今まで文部科学省としてあったが、文理を分けることになったのだ。それだけロボットや人工知能に割く予算が増えていることもある。その理系のトップに近い場所に、この科学者が就く。

「こいつについて調べると出てくるのか?」

 路人の一件を思い出し、優斗はちゃんとネットに情報が載っているのかと確認する。科学技術省の人事はまだ発表されていないから知ることは出来ないとしても、礼詞について知る必要があった。

「出てくるよ。検索すればいい。あっ、そのスマホを使ってくれていいから」

 佑弥はどうぞと二人が覗き込むスマホをメイン画面に戻してもう一度渡した。そこまでして知ってほしいとはよほどの理由があるなと、優斗はまだ警戒を解かないまま自分のスマホで検索することにした。何だかこいつのスマホを使うのも危険な気がする。

礼詞の情報はあっさりと出てきた。年齢は27歳だがすでに工学と理学で博士号を持つ。そしてつい最近、画期的なロボットを発表したとの新聞記事も出てきた。それは工場での人間の作業が総てロボットに置き換えることが可能なものだという。

「はあ。世の中には天才って意外と多いんだな」

 横から記事を読んでいた哲彰はそんな感想を漏らす。これはつい最近、路人のことを知ったために出てきた感想だ。

「そう天才はごろごろといないと思うけどね。こいつは確実に天才だよ。そして、今後もっと人間の仕事を奪うことに全力を傾けるだろうね。そうなると、理系大学の多くはもっとロボット工学や人工知能分野が多くなることになる。それは望ましくないと思わないか?」

 佑弥は面白くないと吐き捨てるように言った。それは優斗がいつも懸念していることと一致していて、警戒する気持ちが揺らぐ。

「宮迫も何か別の分野を研究したいとか思ってるのか?」

 たしか物理の時間に難しい問題を当てられてもすらすら解いていたよなと哲彰が興味を示す。すると佑弥はにこっと笑った。

「俺は化学をやりたいんだよ。今はもう人工知能を用いての研究がメインとなっているけどさ、まだ知られていない物質は多いと思っている。単に組み合わせの問題ではないはずだと思うんだよね。でも、将来を考えると研究者としてやっていくのは不安になるよな。研究予算の割り当てはすごく減っているって聞くし」

 佑弥は困ったものだと肩を竦める。それは佑弥の進みたい天文分野でも起こっていることだ。昔のように人工衛星に割かれる予算は少ない。それに火星への調査がことごとく失敗したことも予算が付かなくなった理由となっていた。今、宇宙に対して金を払う余裕はないというわけである。

「世知辛いよなあ。そもそもロボットが労働力不足を補うってのは解るけど、そこで働きたい人の場所を奪うってのは間違っている」

 哲彰は自らの考えを披露してうんうんと頷いた。哲彰もまた将来について悩んでいるというわけだ。

「少し、考えさせてくれ」

 色々と思いはあるが、優斗はこの場で決断できないとした。

「いいよ。彼にも伝えておいてよ。でも、早くしないとそいつに警備がつくのは目に見えている。その前に頼むよ。さすがに一人でやるのは難しいしね」

 佑弥は余裕の笑みを浮かべて頷いた。それは絶対に乗ると確信しているようで腹が立つ。

「そうだな」

 優斗は適当な返事をしつつ、スマホに映ったままにしてあった礼詞のプロフィールを睨みつけていたのだった。

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