第7話 ワトソン役は大変だ

  戸田がパーティーの予定を確認している間に、翼が美弥の飲んでいたと思われるサプリメントを探し出してきた。登録されていた飲む予定は5回だったが、出たきたサプリメントはなんと10種類だった。

「ここまでくるとマニアだな」

 そう翔摩が感想を漏らすので、慌てて暁良が肘鉄を食らわせることになる。ちょっとは空気を読む術を身に着けてもらいたいものだ。そう、路人は絶対に読まないのだからこいつくらいは読んでもらわないと。

「いえいえ。その通りですよ。まったく、どうしてこう様々なものを試したがるのか」

 しかし翼は、亡くなった直後だというのに美弥への文句を言い始める。どうやらこれには相当手を焼いていたようだ。

 こういう流行に敏感だったというのも不倫に絡むのだろうか。そして口うるさい旦那に愛想を尽かしたとかと、暁良は勝手に推理を始める。が、自分の思考はどう頑張っても二時間サスペンスを超えない。というか、実際にこういう不倫が絡む事件が起こっていることだけで驚きだった。

「青魚ってわざわざカプセルで飲むものなの?」

 クマのぬいぐるみを抱いたままの路人が持ってきたサプリの一つを持ち上げて首を捻る。たしかに食べればいいだけの気がする。そういう感覚は普通であるらしい。

 ちなみに出てきたサプリは今の青魚をはじめとして、マルチビタミンや鉄分、これはよくあるヤツだ、目に効くというブルーベリー、二日酔いに効くらしいしじみ、膝の痛みの緩和になるというコンドロイチン、元気になるというセサミ、肌を気にするのは女性だからだろうコラーゲンに、黒酢にザクロ酢という酢が2つだった。

「こういうのって、変化ないよなあ」

 一つ一つを確認した暁良はついつい言ってしまっていた。何年も前からテレビCMをやっているようなヤツが多い。果たして効くのかは、高校生の暁良には無縁の話だった。

「根拠となる論文がまったく違う効能や、他のことの証明に使ったものだったというのはよくある話のようよ。もしくはデータに偏りがあるとか。結局は商品であるってことよね」

 同じように見ていた瑛真の一言はさらに辛辣だった。だから空気を読めってと、暁良の神経はすり減ってくる。もう給料は来月払いでいいから帰りたくなってきた。このままここにいると胃が悪くなる。

「これに毒が仕込まれていたとかないの?ほら、心不全でごまかすことが可能ってことは、外傷がなかったんでしょ?」

 同じく飽きているらしい路人がそんなことを言った。どうやら興味を自分から逸らそうという作戦らしい。しかしそれは余計な発言だった。

「さすがは一色先生。素晴らしい洞察力です」

 そう言って久米が賞賛してきた。馬鹿と天才は紙一重とか言っていたわりに、やはりお近づきになりたいらしい。しかし褒められて喜ぶタイプではない路人は何の反応もなしだ。

「おい、白川君。成分の分析を頼めるか」

 翼も同じことを考えていたのか、路人の意見を受けてすぐに万結に分析を頼む。万結は頷くとさっさとサプリを持って部屋を出て行った。おかげで、余計に気まずい空気が流れている。

「ねえ」

 沈黙が漂う中、暁良の背中を突っついて声を掛けてくる奴がいた。路人がまた余計なことを企んで声を掛けてきたのかと思ったが、振り向いてみるといたのは桂木健壱だった。翼の息子で高校生。しかし自分と違って落ち着いた雰囲気。そんな奴が俺に何の用だと暁良は訝しむ。

「ちょっといいか」

 健壱はそう言って暁良を廊下に連れ出す。どうしてこう相談事は自分に回って来るのか。真相を知りたいと首を突っ込んだために妙なことになっている。

「なんだよ。それよりお母さんは放っておいていいのか?」

 廊下に出るとついつい不満を健壱にぶつけてしまった。そう、暁良はずっと、美弥の死体を放置して路人に纏わりついている現状が嫌だったのだ。

不倫疑惑があるとはいえ、亡くなれば悲しいはずだ。それなのに、誰もそのことを口にしない。暁良が路人をはじめとする連中の突飛な発言に神経をすり減らしているというのに、誰も気にする様子がないのも腹が立った。

「いいんだよ。どうしてこんな犯人探しが始まったと思っているんだ?お前が来る前、もっとあいつらはいがみ合っていたよ。そこに一色さんが現れたおかげで落ち着いたんだ。誰が犯人か知らないけどさ、面倒なことになったんだよ」

 不満なのはこちらだと健壱は言い返してくる。そしてむすっとするのだから高校生で間違いない。それに暁良は少し安心していた。

「いがみ合っていたって、何でだ?別に社長が亡くなったわけじゃないだろ?何か困ることがあるのかよ」

 しかしどういう状況なのか解らない暁良はそう訊くしかない。そもそもどうしていがみ合っていたのか。たしかに路人が防犯カメラで遊んでいた時の久米はイライラがマックスの状態だった。

「実質の経営を担っていたのは、意外だろうけど母なんだ。父は外面だけがよくて、サプリに関して怒ってみたりしているけどね。経済感覚は母の方が抜群なんだよ。単なるベンチャー企業だったKSRが今のように大きな会社になったのも、母の手腕があったからだ。父は研究者としては素晴らしいんだろうけど、社会的なものはダメだからね。これから会社はどうなるのか。一気に不安が噴出したんだよ」

 健壱の説明は、ちょっと路人への自分の感想とダブる部分があった。やはり理系の研究者なんてそういうものなのだろうか。

 しかし不倫のせいで変わっていた美弥への認識を改めなければならない。そう言えば誰もが美弥さんと呼び、尊敬しているような感じはあったのだ。

「つまり、はじめは心不全で隠そうとしたのは会社の対面があるからか?」

暁良が訊くとそうだと健壱は頷いた。

「そんな話ばかり聞かされて、どうやって悲しむんだよ。生きている間は何の問題もないことが、亡くなって色々と出てきてさ。しかも不倫をしていたと疑っていたなんて話まで出てくるんだぞ。じゃあ誰がやっていたんだよってなるじゃないか。当然、会社の経営権を巡ってやっていたということになる。それは父への反逆だから余計にややこしいんだ。まあ、不倫される父にも問題があると思うけどね」

 健壱は重い溜め息を吐いた。こいつもこいつなりに気を張っていたんだなと、暁良は廊下に連れ出されてすぐにケンカを売ってしまったことを申し訳なく思う。

「ともかく、犯人を特定しなければこの場は収まらないってことか」

 とはいえ、巻き込まれただけの暁良にはどうしようもない。路人が推理するとは、先ほど気まぐれでやっていたが、期待できるものではない。

「まあね。で、何かとあの先生に意見できるのは君のようだから、調査を手伝ってもらおうと思ったんだよ。あの先生の口から言ってもらえば、全員が納得するはずだし」

 健壱も路人には期待していないとはっきり言う。しかし全員を納得させるには路人を利用すればいいのではないか。そう思いついたというわけだ。

「はあ。俺の言うことを聞くかは謎だけど」

 片付けも一部失敗してあの大きなクマのぬいぐるみが加わってしまったほどだしと、暁良は気が重くなっていた。しかし放置して帰ることも出来なくなる。

 部屋の中は相変わらず路人との距離感に困りつつも近づこうとする男3人の攻防戦が繰り広げられていた。

「もう帰っていい?修理はバグの部分とセキュリティの強化で済むから瑛真だけでできるし」

 そんなことを路人は言い出している。先ほどから先生と連呼され、しかも妙なよいしょまであってますます腹が立っているのだろう。普段ののほほん空気も少し刺々しくなっている。

「そうおっしゃらずに。お疲れでしたら軽食などでも用意しますが」

 翼がそう言うと、腹は減っていないと路人はむすっとする。自分がやりたくないことは絶対にやらないのが路人だ。それは休憩もしかり。

「そうだ。あの新製品をみてもらってはどうだ。三宅君、一色先生の意見ならば有用ではないかな?」

 久米がそう三宅慎也に振る。すると慎也もそうですねと頷いていた。

「なに?面白くなかったら帰るよ」

 新製品には心惹かれるらしく、路人は興味を示した。本当に何がしたいんだ、あいつは。帰りたいのならばさっさと出ていけばよさそうなのにと暁良は首を捻る。

「なんだかあの先生もややこしくなってきたから調べよう」

 これは拙いと健壱は暁良を美弥のいる部屋へと引っ張っていった。途中、慎也が新製品を取りに行くために走って二人を追い抜いていく。路人の興味が変わらないうちにと必死なのだろう。

「この部屋で亡くなっていたのか?」

 そんなどたばたする大人たちを放置し、暁良と健壱は改めて美弥の死体を前にしていた。綺麗なドレス姿に、白い布が掛けられて解らない顔。なんだかミスマッチな感じがしてならない。

「そうだ。出掛ける準備ならばこの部屋にいるはずはないのに、どうしてか。それが余計に不倫疑惑を強めたってわけ」

 健壱は困ったものだと腕を組む。メイクをするための化粧台はこの寝室にはない。だから美弥は何をしにここにいたのか。それすら謎なのだ。

「ああ。相手とこそっといたところで何かあって死んだ。そういう疑惑なわけだ。ちなみにその時って誰が一緒にいたんだ?」

 犯人はその時点で解るのではないか。そう思って訊くと、死んだのを戸田が発見した時には全員がリビングにいたとの回答がある。

「えっ?」

「あのコンシェルジュロボが予定だと大きな音で告げに来たことで、母が単に席を立ったわけではないと気付いたってわけだよ。それより前は、誰だってトイレなんかで立っているから、特定できない」

 そう単純だったら頼んでいないと健壱は暁良を睨む。

「はは、そう」

 急にワトソン役に任命された暁良は力なく笑うしかない。まったく、どうしてこう自分が割を食わなければならないのか。本気で疲れてきたのだった。

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