第6話 変人の友人は変人
廊下で戸田と話している暁良の元に、あの階段ですれ違った亜莉沙が近づいてきた。
「あっ」
戸田はべらべらと内情を話してしまったと気まずそうな顔になった。しかし亜莉沙は気にした様子もなく、華やかな笑顔を浮かべる。
「あなた、一色先生のお弟子さん?」
暁良に近づき、そう訊いてきた。あいつの弟子なんて絶対に嫌だと思ったが、情報を得るにはそれでいいかとぐっと堪える。
「ええ、まあ。大変なことになりましたね」
何とか笑顔を浮かべ、暁良は亜莉沙を改めて見た。年齢は22歳ということだが、それより上に見えるのは化粧のせいだろうか。しかもこの亜莉沙が華やかな服装だったので、ベッドに横たわっていた美弥の死体がドレスを着ていても不思議に思わなかった。しかし、それがどうやら奇妙であるらしい。
「大変。まあ、ママの不倫がばれても大変だったでしょうねえ」
亜莉沙は先ほどまでの会話をしっかり盗み聞きしていたようだ。すぐにあの不倫疑惑へと話題を持っていく。これに戸田はますます困惑の表情を浮かべていたが、暁良は質問することにした。路人が帰るとわがままを言い出す前に話を聞かなければ、この妙な状況は永遠の謎となってしまう。
「その、本当に不倫していたんですか?単なる偶然という可能性は?」
二時間サスペンスの刑事よろしく、暁良はそんな質問をしてみた。すると亜莉沙は偶然で化粧や服装に変化はないと笑った。
「女性の変化に疎いと、将来恋人に捨てられるわよ。ママの化粧の感じが変わったのは1年くらい前からだったかしら。あのロボットの不調より前よ。それにパパがプレゼントしたとは思えない服やアクセサリーをしていたし。もちろん、ママが買ったのかと思って聞いたわ。そしたら貰ったものよって言っていたし」
証拠は山のようにあると亜莉沙は断言する。はあ、これが女性ならではの視点というヤツかと、暁良は感心していた。しかし、そんな変化に自分が気づく可能性はないだろうなと思う。大体、化粧の変化なんて解らねえと、恋人に捨てられる発言に腹を立て密かに悪態を吐いていた。
「この中の人たちの誰かってのは、亜莉沙さんが見ても思いますか?」
さらに踏み込んだことを訊くと、そうだと思うんだけど誰かは解らないと言われてしまった。
「解らないんですか?その」
年齢もまちまち、立場もそれぞれの男性が3人。戸田を含めるならば4人しかいないのだ。プレゼントを見抜けるのならば解りそうなものだと思ってしまった。
「そうなのよねえ。そこが私も謎なのよ。年齢的には同い年の久米さんが候補だけど、あんなすぐに怒鳴る男を好きになるとは思えないし。かと言って三宅君なのかってなると決定打がないのよ。うちの旦那が不倫していた場合は――すぐに離婚協定に入るわ」
視線が蓮に止まった瞬間、亜莉沙は静かに怒っていた。これはひょっとして旦那の蓮が不倫相手だと思っているということか。だから、誰かは解らないとぼかしたのだろうか。暁良は蓮に目を向けてどうだろうと悩む。
見た目の派手さや雰囲気からして明らかにこのメンバーから浮いている。しかし亜莉沙とはお似合いな感じだ。そんな奴が妻の母親と不倫するだろうか。よく解らない。
部屋の中ではロボットに向き合う瑛真と翔摩が忙しく動いていた。その横で路人はまたクマのぬいぐるみを撫でている。あれ、そんなに触り心地がいいのだろうか。それとも単なる奇行の一つか。こちらも判別がつかない。
「あの、先生」
そんなぬいぐるみを撫でる路人に、エンジニアの万結が声を掛けた。
「先生じゃないよ。何?」
不快そうに路人は眉を顰めたが追い払うことはしなかった。意外とフェミニストなのだろうか。それとも瑛真の影響で女には逆らうなと学習しているのか。暁良はますます不思議だ。
「さきほど森川さんの話題をしていましたよね?私、森川先生のところで工学を学んだんです」
にこっと笑って万結は路人を見た。しかし、そんな可愛らしい笑顔に路人が笑い返すことはない。しかし森川瑞貴の話題には乗った。
「あいつのところでか。変わったロボットばかりで研究の対象がおかしなことにならなかったか?」
そんなまともなことを訊く。これに暁良はやっぱりただの変人ではなく何かあるなと確信した。
「たしかに変なロボットが多かったですけど、基礎はしっかりと教えていただきました。先生の話題も講義で何度か出てきたので、どんな方か気になっていたんです。こうしてお会いできるとは思ってもいませんでした」
万結はそう言って路人を頭からつま先まで見つめる。森川という人は正確に路人の特徴を話していたのか、感心しているという感じだ。
「あいつ、勝手にべらべらと何を喋っていたんだ?今度苦情を入れておこう」
路人が珍しく会話にぽんぽんと応じている。共通の話題があるというのは大きいものだと暁良は思った。それと同時に、周囲が万結に嫉妬の目を向けているのにも気づく。そう言えばお近づきになりたいような感じだったなと、これまた暁良は首を捻る。
「苦情だなんて。どれだけ先生が素晴らしい科学者か、それを語っていただけですよ。それにしても、こんなコンシェルジュロボまで作っていたとは知りませんでした」
万結は改めてコンシェルジュロボを見て、自分では気づけないと言った。まあ、ロボットなんて素人の暁良から見ればどれも同じである。解らなくても仕方ないだろうなと思った。
「もう10年以上前にデザインしていたヤツだからね。今は少しデザインの傾向が違うだろ。より可愛らしくしてみたり、逆に無個性にしてみたりってのにハマっているからな。しかし当初は、こういう万人受けするタイプのもので研究していたんだ」
すらすらと答える路人は懐かしそうだ。しかし10年前ってまだ17歳。今の暁良と同い年の頃の話だ。一体どんな人生、その頃はもう大学生だっただろうし、と暁良は路人が今までどうやって過ごしていたのか想像することさえ不可能だった。そう思うと、なんだか遠い存在となってしまう。しかし、現在はただの変人だ。その認識を変えることは、まだまだ無理である。
「へえ。このままでよかったのに」
万結はそう答えるので、今の森川が作るロボットは相当変なのだろうと、変人仲間がいるんだなという考えに改めた。そうしないと訳が分からなくなる。
「博士。終わりました」
瑛真がロボットの前から立ち上がって言った。そう言えば瑛真は人前では路人を博士と呼んでいる。これもまた謎だ。
「どうだった?やはり外部から不正アクセスがあったのか?」
路人はもう万結には興味ないと瑛真の方を向く。その様子に万結は溜め息を吐いたものの不満ではないようだ。さすがに事前に情報を持っていると対応に困らない。
「不正アクセスの形跡は確かに残っていました。しかし一部は本当にバグを起こしていたようですね。時間が勝手に変更になったというトラブルは、内臓のコンピュータのバグによるものでしょう」
瑛真は報告を終えると持っていたタブレット端末を路人に渡した。そこには今日の予定がずらっと示されている。
「うわっ。起きる時間から登録しているよ」
こそっと路人に近づいて覗き込んだ暁良は思わず声に出して言ってしまっていた。1日の行動のほとんどが登録されている。これは頼りすぎというヤツではないだろうか。
「確かに登録のし過ぎだな。データ容量を超えているわけではないが、サプリメントを飲む時間まで管理させるとはすごいね。こんなの、時間を気にしなくていいものだろうに」
路人が指摘すると、翼が端末を覗き込んできた。どうしたのかと暁良は首を捻る。
「本当だ。あいつ、サプリなんて飲んでいたのか?あれだけ注意して止めるように言っていたのに」
数種類、それも様々な時間に登録されたサプリメントを飲む時間に翼は苦々しそうな顔をしている。
「サプリで何かトラブルでもあったんですか?」
暁良が問うと、そうなんだと翼はより一層顔を顰める。
「新しい物好きというか、流行に敏感というか。これが効くと聞くとすぐに取り寄せて試すんだよ。どんなものでも継続しないと意味がないし、そもそも効能を過大に謳っているものが多い。はっきり言って意味がないと、金の無駄だと注意していたんだ」
翼の愚痴は本物だった。どうにも美弥という人物が掴めなかったが、自分の母親とそういうところは感覚が同じであるらしい。どうしてネットやテレビを簡単に信じて試そうとするのか。これは暁良にも理解できない行動だった。
「ふうん。つまりこれは持ち主の好みか。他に何か気になることは?」
路人はそう言ってまだぶつぶつと文句を言っている翼にタブレットを渡した。その中に登録されている予定でおかしいのはやはり外出の予定である。しかもパーティーの予定なのだ。
「時間的にも変ですね」
悪いかなと思いつつも暁良は指摘した。パーティーの予定は14時になっている。しかし来客のある時間は13時で登録されているのだ。ここでいう来客はこのいつものメンバーで間違いない。
「まあ、時間はバグの可能性が残されているからな」
しかし翔摩が横からそう指摘する。そうだったと、この謎の予定は宙ぶらりんとなった。
「確認します。どこかからパーティーの誘いがあったのか。これをはっきりさればいい」
そう言って翼は戸田を呼んで確認を命じる。まだまだ美弥の死にたどり着くには時間が掛かりそうだった。
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