第5話 ただの変人ではない

 部屋の中にいた面々は路人への期待の目を向けていた。しかし路人は抱えたクマのぬいぐるみしか相手にしていない。目の前にいる翼にも興味なしという感じのままだ。しかし気まずさは感じるらしく、顔が諦めモードへと移っていた。ともかく、何か言わないといけないと路人は気づく。

「あのさ。問題のコンシェルジュロボってどこ?」

 だがその質問に、翼をはじめとするメンバーはもとより暁良も唖然とした。目の前には死体があるのだ。いくらベッドに横たわっていてそれほど実感がないとはいえ、そっちを訊かないのかと驚いてしまう。

「あ、あの」

 できれば事件について聞いてほしい。しかし予想以上の変人具合にどうしていいか解らない。そんな困惑の翼は言葉が出てこなかった。

「俺への相談ってそれでしょ?早くしてよ」

 しかし、路人はそう言ってせっつく。暁良はまあそうなるよなと、目の前で困惑している翼に同情してしまった。路人と付き合って四日目の暁良でも、まだまだ驚くことだらけだ。しかし自分の興味のあることにしか動かないことは、すでに学習済み。その差が反応の違いだろうと思ってしまう。

「早く。えっと、あなたが社長だったね?」

 名乗っていたことなどすでに忘れたように路人が翼に訊く。ここで路人を追い出さないのは、先生と呼ばれる理由を知っているからなのだろう。暁良にはまったく解らないが、どうやら路人はただの変人でも社会不適合者でもないらしいことは確定だった。

「先生をご案内しろ」

 ともかく引き留るべき。そう判断した翼は戸田にそう指示した。まずは路人の興味を満たせばいい。そういうことのようだ。

「は、はい」

 戸田もこの展開には戸惑っているようで、ただでさえ気弱な感じだというのにさらにおどおどとしつつも路人を隣の部屋へと導く。するとどういうわけか、路人と研究室のメンバーだけでなく、他のメンバーも付いて来てしまった。死体を放ったらかしにしていいのか。暁良はそれにも戸惑ってしまう。

「それだけ、路人が重要なのか」

 ネットから情報が消されていることは昼間に知っていたが、ここまでとはびっくりである。それと同時に、路人の出会いをラッキーに感じていた。これほど面白いこと、そうそう起こらない。

コンシェルジュロボは隣の部屋に保管されていた。暁良の、近未来的なロボットの予想に反し、それは高さ60センチくらいのかわいらしい見た目をしたロボットだった。昔よくあったコミュニケーションロボットの延長版みたいなやつだ。

「森川が作ったものだね。どこが壊れているんだ」

「えっ?」

 ロボットの情報は、買った翼すら忘れて解らないのではなかったか。暁良だけでなく翼も戸田も驚いている。まだ名前を聞いていないその他4人も同様だ。

「製造は今から5年前かな。そうだとしても、壊れる要素はないなあ。ああ、瑛真。T工大のホームページを開いて。そこから大学ベンチャーのページを開いてくれ」

 路人はすでにモバイル端末を構える瑛真にそう指示した。この展開に、瑛真も翔摩も慣れているということだろう。戸田が何も解らないと言っても引き受けた理由はこれだったのだ。

「ありました。どの企業ですか?」

 T工大は意外とベンチャー企業化して技術を世の中に発表していた。暁良が覗くと、色々な名前が並んでいる。中には工学なのかと謎になる、健康食品の会社の名前もあった。

「責任者が森川瑞貴になってるのはない?」

 路人は左脇にクマのぬいぐるみを抱えると、右手でロボットに触れながら訊いた。その顔は非常に嬉しそうで、ロボットを見つめる目は優しい。それが人間に対してできないのかと、暁良は呆れてしまっていた。生粋の科学者ということなのだろう。

「ありませんね。森川瑞貴で検索したところ、海外の大学に移られています」

「ふうん。だから原因が解らないのか。いや、そもそも森川から買ったのかな?」

 瑛真の報告に残念がることもなく、路人はそんな疑問を口にする。すると、翼の顔が僅かに強張った。

「誰から買ったんです?」

 すかさず、翔摩がそう問いかける。不正に入手したのならば通報するぞと言っているかのような怖い顔だ。

「中古品だったんです」

 その迫力に負け、翼は顔を赤くして白状する。社長として、周囲に知り合いのいる状況で知られたくなかった。それがありありと浮かんでいた。

「なるほど。だから会社のロゴからベンチャーで作ったものだろうと解ったものの、出所不明としか言えなかったのか」

路人と同じく空気を読むことが苦手な翔摩はそう言っていた。これに、お前の社会性って薄っぺらいんだなと暁良は冷たく見てしまった。もちろん、その視線の意味を翔摩は理解していない。

「まあ、どこで買おうとロボットはロボットだよ。正常に動いていたんでしょ?」

 路人はそんなことは興味ないとロボットの前に屈んで訊く。それに翼は救われたとほっとしたようだ。

「ええ。一週間前までは勝手に予定を変更することも、妙な動作もなかったはずです。まあ、妻がメインに使っていたものですから、その前から不具合はあったのかもしれませんが」

 物珍しさから購入したものの、かわいらしい見た目に自分では使えなかった。そういうことらしい。

「まあねえ。それは詳しく調べないと解らないところかな。しかし予定に絡んでいるとなると、ネット関係だろうな。ロボットの不具合で奇妙な変更が起こったとは考え難い。瑛真、あとは頼む」

 ネット関係ならば瑛真の出番だと、路人はロボットの前から立ち上がった。相変わらずののほほんとした雰囲気だが、目が鋭く部屋の中のメンバーに向けられたのを暁良は見逃さなかった。

「何か解ったのか?」

 こそっと路人に近寄って訊くが、何がと聞き返されただけだった。惚けているのか本気なのか判断に困る。

「コンシェルジュロボはもういいでしょ。それより美弥さんのことです」

 路人の実力は解ったとばかりに、あの久米が言ってきた。それに周囲のメンバーも同意する。

「そうです。どうして亡くなられたのか。しかも、今から出掛けられる様子だったというのに」

 そう言うのは少し派手な格好の男性だった。名前は上野蓮といい、なんとあの亜莉沙の旦那だった。社長令嬢と結婚とは、逆玉の輿である。暁良は派手な二人でお似合いだなと、それだけ思った。

「そうだよ。でも、母さんはどうして出掛けようとしていたんだ。しかもドレスを着て。なにも聞いていないんだけど」

 そう言うのはこの中で最も若い男性だ。母さんと呼んでいるように、翼と美弥の息子だった。私服だから判り難かったがどうやら暁良と同い年くらいのようだ。しかし暁良の数倍は落ち着いた雰囲気を持っている。

「それもロボットの不具合のせいじゃないの?美弥さんって、ロボットに詳しくないせいか鵜呑みにするところがあったし。何らかのパーティーのような予定が組み込まれていたんでしょ」

 そう冷たく言うのは、この中で唯一の女性だ。パンツスーツ姿の女性は白川万結といい、KSRでエンジニアをやっているという。

「そう言うなよ。ロボットをそれだけ信頼していたってことだよ。白川は美弥さんに厳しすぎるぞ」

 窘める男性は万結と同い年の三十代というところだ。名前は三宅慎也といい、システムエンジニアだという。これに久米駿平を含めたメンバーが、あの部屋に集まっていた面々だった。

「なんだかややこしそうだな」

 暁良は路人ではなく翔摩にそう言った。まだ話が通じるだろうと思ったのだ。

「どうでもいいよ。この中に犯人がいると決まっているわけではないだろう。それより依頼をこなして相談料をもらう。これが大事だ」

 しかし翔摩にも通じない話題だったらしい。しかも、そこだけはしっかりしなければと意気込んでいる。社会性が一部しか発揮できないのも大変だなと、暁良は頭痛がしてきた。この翔摩もどうして路人と一緒にいるのか。謎に思い出したら何もかもが気になる。もちろん、どうやら殺人事件だというこの状況だって興味津々だ。

「あのぅ」

 そこに、あの超遠慮した戸田の声がした。振り向くと、完全に暁良を頼りにしているという目を向けている。どうやらこの変人たちに話を通すには暁良が必要だと思われてしまったようだ。それは完全な誤解な上に困る事態が目に見えている。

「何でしょう?」

 しかし興味はあるし戸田が気の毒になるので暁良は訊ねた。すると翔摩が睨んでくる。余計なことをするなというより、どうして相手にしているんだという感じだ。というわけで無視する。

「奥様のことについて少し」

 戸田はそう言って暁良だけを廊下に連れ出した。他のメンバーはどうにか路人と会話できないかと探り合いを始めているのが外からでも見える。

しかし誰が路人に話しかけても無駄だろうと暁良は思う。それよりも戸田の話だ。

「あの、こういう状況になる理由があるんですか?」

 暁良がそう質問すると戸田はほっとしたようだ。ようやく変人以外と出会えた。そんな安心が痛いくらいに伝わってくる。

「そうなのです。実はあのコンシェルジュロボの不具合が気になったのも、実は奥様が勝手に予定を追加しているのかどうかを知りたいと社長が考えられたからだったんです。その、奥様は社長以外の誰かと親密にされているようで」

 戸田の声がどんどん小さくなるのは仕方ないだろう。ぼかして言っているが、それって不倫しているかもと疑っているってことだ。

「それって、あの中の誰かなんですか?」

「ええ。この家に出入りされるのはあの方々がメインですから。上野さん以外は会社の立ち上げ当時から一緒にやってきた間柄です。社長は全面的に皆さんを信頼されている。そんな中で、美弥さんの雰囲気が変わったというか、あの方々が来られると今まで以上に喜ばれるというか。ただ、多くの場合は5人揃っていらっしゃるので、誰なのかが特定できず。まあ、白川さんはまず違いますけどね」

 戸田は困ったものだと、それから今まで語りたかった欲求が相まってべらべらと喋ってくれた。まさに2時間ドラマの展開と、暁良は内心興奮していた。

「じゃあ、ドレスアップしていたのも、誰かとこの後何かあるせいだったと」

「――まあ、そこが断定できないんです。不倫だったとすればこっそり出掛けられるでしょう。皆様がいらっしゃる日に、出掛ける準備をするという点で奇妙です。それは、ロボットに登録していた予定に頼り切っていた奥様の、勘違いか何か。それこそロボットの不具合だろうということになりまして」

 だから路人に来てもらったのだと、依頼が本当にロボットの不具合を懸念するものだったと戸田は溜め息だ。このままでは美弥は、殺されることはなかったとしても奇妙な行動を取ってしまう。それは何とかしなければならなかった。

「はあ。そんなにロボットを信用していたんですか?」

 科学者狩りをやっていた暁良には信じられない話だ。スマホを使うし、パソコンでインターネットも使う。しかし、頼り切りになろうなんて絶対に思わない。

「ええ。社長の仕事を尊敬されていましたから。ロボットへの信頼は人並み以上だったと思います」

 戸田がそう言って笑顔になるので、暁良はそういうことかと納得する。反発心しかない暁良とは180度認識が違う。だからこそ、ロボットに登録された予定は正しいと思えていたわけだ。

「それを利用して殺人、なんてね」

 そんな安っぽい話で済むのだろうか。暁良は瑛真が調査を終えたら確認してみようと、すでにどっぷりこの事件に首を突っ込んでいるのだった。

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