第4話 まさかの殺人事件!

 翌日。高校で話題になるのはもちろん路人のことだ。哲彰と優斗からあすれば、あの網で捕らえられた場面しか知らないので余計に興味津々である。昼休み、暁良は質問攻めに遭っていた。

「なんでバイトすることになってんだよ。つうか一色路人って何者?」

 哲彰の疑問は当然で、バイトする理由に関して暁良はすらすらと答えられるものの、路人に関しては何も答えられない。

「昨日の依頼人は一色先生って呼んでいたんだよ。それってどこかで科学者として活躍していたってことだよな。まあ飛び級で大学を二回以上は卒業しているみたいだし、単なる変人ってことはなさそうだけどさ」

 暁良はそう言って首を捻る。普段はのほほんとしている路人が顔色を変える話題だ。そこに重大な秘密があるのは間違いない。

「ネット検索すればいいんじゃないか?有名人ならば情報が出てくるだろ?それにさ、科学者狩りを狩っているような奴、ネットで話題にならないはずがない」

 優斗はそう言うと早速スマホで検索し始めた。しかし検索結果はゼロだった。

「なんだこれ?逆に怪しい」

 スマホを示し、優斗はにやっと笑う。何でもかんでもインターネットに繋がっている情報社会において、検索結果が全くでないなんてことはあり得ない。これは意図的に消されている証拠だ。

「何も出ないのか?だって、あの古いビルで相談受付やっているんだぞ?せめてホームページがあるはずだろ?」

 個人が無理ならば研究室を検索してはどうか。暁良は優斗からスマホを借りて検索してみる。正式名称は知らないが、一色研究室で出るだろうと思ったのだ。が、検索結果はゼロから変わらない。

「何者なんだ?おい、暁良。これは面白いネタを拾ったな」

 哲彰はこれから何が起こるんだろうと期待を込めた目を暁良に向ける。が、働いている暁良からすれば気味の悪い話だ。

「ネットから消された男、か」

 情報が伏せられているということは、それだけ重大な何かがあるということだ。暁良はあののほほんとした路人の顔を思い浮かべ、似合わないなと場違いな感想を抱くのだった。




 そして夕方。昨日の依頼人の元に行くというので暁良はきっちりと制服を着て路人の研究室に出向いた。が、出鼻から路人の奇行に驚くことになる。

「それは何だ?というか、ケンカ売ってるだろ?」

 出かける準備を整えた路人は、なぜか大きなクマのぬいぐるみを抱えている。それを持っていこうとしているのだ。このクマのぬいぐるみ、絶対に昨日捨てられた恨みで急いで買ってきたに違いない。

「ケンカなんて売ってないよ。いいのを見つけたから今日はこれの触り心地を楽しむんだ」

 ふんっと路人は言い返してくるが、顔はしてやったりという表情を浮かべている。マジで子どもだ。こんな奴がネットから消されるほど重要な人物とは思えない。

「捻くれちゃったわね。まあいいわ」

 部屋はある程度片付いたから、路人のおもちゃ関係に関しては諦めろと瑛真は諭してくる。

「そうそう。それよりも依頼だ。ちゃんとこなさないとお前の給料は今月未払いになるぞ」

 まだ路人を睨みつけている暁良に、翔摩がそんなことを言ってくる。

「えっ?」

「うちの経営予算はいつもギリギリなんだ。急に人件費が上がっても対応できない」

 しれっと翔摩がそう言い、瑛真がそうだと頷く。まったくここは一体どうなっているのやら。特許収入ってそんなに少ないのかと、再び路人を睨んでしまう。

「さあ、行こう。ああいう奴って面倒だからさ」

 そんな三人のやり取りなど聞こえていないかのように、路人はぬいぐるみを抱えたまま、さらに科学者狩り捕獲用の網が飛び出すリュックを背負ったまま出かけていくのだった。

「ま、待てよ」

 仕方なく三人もそのあとを追う。場所はこのビルの最寄駅から電車で十五分の位置だ。この目立つメンバーで電車に乗ることに、暁良は憂鬱になる。

「ああ。俺も変人に見えているんだろうな」

 電車の中で、路人は本当にクマのぬいぐるみの触り心地を堪能しているし、瑛真と翔摩は真剣にノートパソコンを弄っている。その間に挟まれた暁良は手持ち無沙汰だ。

「コンシェルジュロボよりもぬいぐるみのほうがいいよね」

「えっ?」

 ぼんやりしていると路人がそう言ってくる。が、暁良にはそのコンシェルジュロボが今一つ想像できていないのだ。誰も説明してくれないのだから困る。

「何でもロボットって、間違っているよねえ」

「――」

 科学者からまさかの発言を聞き、暁良は唖然としてしまった。あんたたちが普及させたんだろと批判したくなる。しかし路人はのほほんとぬいぐるみを触るだけだ。こいつを批判しても無駄かと、暁良は溜め息しか出てこない。

 そうこうしていると目的の駅に着いた。そこから依頼人の家はすぐである。

「でかっ」

 都心にこんなでかい一軒家があるのかと、暁良は正直に驚いていた。

「完全な科学成金だな。KSRはロボット技術で急成長した会社だ。労働力不足を背景に様々なロボットを開発。それで儲けている」

 翔摩が溜め息交じりに解説してくれた。その顔は、なんだかロボットに反対しているようで不思議だ。ここのメンツは科学者だというのに暁良と同じように今の社会に不満があるらしい。

「なんだっていいよ。さっさと入ろう」

 しかしここでもマイペースなのが路人だ。どうせ中から見えているだろうと、わざわざ防犯カメラを探し出して手を振っている。そんなことをせずに素直に呼び鈴を押せよと暁良は呆れていた。

「誰だ?」

 そんなことをしていたからか、中からスーツ姿の男性が出てきて怒鳴られた。白髪交じりで、五十くらいだろうかと思われる。すると路人がにやっと笑った。

「別に。そっちが呼びつけたんだよ」

 まるで試すかのように路人が言う。しかし男性はさらに腹を立てたらしい。

「お前のような変な奴を呼びつけるか。さっさと――」

「ああ。一色先生。久米さん。そちらはあの」

 さらに怒鳴ろうとした男性に、後ろから出てきた戸田がそう言って場を収めた。先生と呼ばれたくない路人は顔を思い切り顰めているが、この状況では仕方ないだろうと暁良は思う。

「こいつが?まったく、馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ」

 久米と呼ばれた男性はふんと鼻を鳴らして家の中に戻って行った。なんだか険悪なムードである。

「あの、何かあったんですか?」

 暁良が訊くと、戸田はよく聞いてくれたとばかりに駆け寄ってきた。その顔はよく見ると青ざめている。

「実は、社長の奥様が急死なされたんです。それでどたばたとしていまして」

「えっ?じゃあ、依頼は取り消しですか?」

 緊急事態だし悲しむべき時だと解るはずなのに翔摩がそう訊くので、暁良はこいつもやっぱり社会性がないんだなと改めて思った。こんな調子ではいつも綱渡りのような相談解決となっているだろうと簡単に想像できてしまう。

「いえ。依頼はそのままで。というより、このことに関してもお知恵を拝借できないかと」

 しかし戸田は無礼だと言うこともなく、それどころか翔摩にすり寄ってそんなことを言う。

「知恵を拝借って。単に奥さんが亡くなっただけだろ?葬式の手配は請け負っていない」

 ずれを発揮し始めた翔摩は答えが荒くなっている。暁良は慌てて割って入ることになった。

「何か困ったことになっているんですか?その」

 警察沙汰にしたくないようなと、なぜか最も大人な質問を暁良がすることになった。すると戸田は標的を暁良に切り替える。

「そう。まさにその通りです。このまま心不全として処理してもらうのが無難なのですが、不自然な死をそのままにしておくのも気持ち悪くて」

 不自然な死。その単語に四人の反応はバラバラだ。真っ当な反応をしたのはもちろん暁良だ。

「それって、殺されたってことですか」

「なんだ?不自然ってことは死体が空中にでも浮いているのか?」

「心不全ねえ。日本で最も使われる、死因不明の時の言い訳だな」

「科学以外のことは解決できないわよ」

 そんなバラバラな反応に、戸田は当然困惑する。個性が強すぎる相手に慣れていないようだ。

「と、ともかく中へ。ここでは目立ちますから」

 そう言うのがやっとという感じだ。こうして四人は、明らかに殺人事件が起こったと思われる家の中に通されてしまう。

「はあ。最新機器が全部揃っているって感じだな」

 家の中には様々な機械が動いており、掃除に洗濯、何から何まで全自動化されているのがよく解った。これが、最も科学の恩恵を受けている生き方なのかと、憧れるどころか呆れ返ってしまう。

「奥様が亡くなっていたのは二階の主寝室です」

 そんなきょろきょろする暁良を注意することもなく、戸田は現場へと四人を誘っていく。はっきり言って誰もその死体に興味を抱いていない状態だが関係なしだ。

「あら?その方が話題のお客様?」

 階段を上っていると、上から女性の声がした。見ると華やかな格好の二十代くらいの人が立っている。

「そうです、亜莉沙お嬢様」

 戸田は面倒な相手に会ったと顔を顰めるも、そう答えた。すると亜莉沙と呼ばれた女性が四人に近づいてくる。

「初めまして。桂木翼の娘の亜莉沙です」

 ちゃっかり路人にそう名乗って握手を求めるのだから、この人は相当なやり手だなと暁良は感心した。この中で最も奇矯な奴がメインだと見分けている。

「ああ、そう」

 路人は差し出された手をぞんざいに握るだけで名乗ることさえしない。本当にこいつは普段どうやって生きているんだと謎になる。

「桂木翼ってのが社長だな。つまり亡くなったという奥さんの娘であるってことだ」

「へえ。なんか悲しんでいるって感じなしだな」

 翔摩がそう教えてくれたので、暁良は改めて亜莉沙を見た。華やかなのは服装だけでなく表情もなのだ。自分の母親が亡くなった直後だとは思えない。

「お嬢様。それよりも」

 挨拶は後にしてと、戸田は四人を二階へと急がせる。すでに不穏な空気むんむんだ。暁良は面倒だなと路人を見るが、路人はのほほんとした表情のまま戸田についていく。状況を理解しているのかさえ不明だ。

 二階の主寝室には、先ほどの久米を含めて六人もの人がいた。そしてその真ん中にあるベッドに、顔に白い布を掛けられた死体があった。

「うわあ。二時間サスペンスみたい」

 ここまでくると暁良もずれた感想を述べる側に回ってしまっていた。なんだか修羅場に放り込まれた。それだけは解る。

「ふうん」

 そんな緊迫の状況に、路人ののほほんとした声がするだけだ。六人の大人たちはこいつらは何だと、どうしてここにいるという目を向けてくるだけである。

「一色先生。お願いします。この状況の解決にお知恵を貸してください」

 もう先生と呼ばないなんて約束を守っていられない戸田がそう大きな声で言った。それで部屋の空気がざわつく。

「一色?あれが一色路人か」

「ちっ。こんな場面でなければ」

 そんな声が聞こえてより不穏な空気になっていく。

「一色先生。今日は別の要件でお呼びたてしただけでなく、こんなことまでお力を貸していただくことになり」

 ベッド脇から一人の、明らかに高級なスーツを着た男性が前に進み出て路人に言う。どうやらこの人物が桂木翼らしい。社長というのでもっと年上かと思っていた暁良だったが、翼はどう見ても四十代だった。

「ふん。貸すかは解らないけどね」

 路人はもう先生と連呼されて不機嫌全開だ。こうして、暁良たちは妙な事件に巻き込まれてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る