第3話 客が現れた!

 バイト開始から三日後――

「これ、捨てるからな」

「あ……うん」

 マスクにエプロンという姿の暁良が、どう考えても要らないと思われるクマのぬいぐるみを路人の目の前に掲げて訊くと、路人は渋々と頷いた。その目は捨てないでと訴えているが知ったことではない。容赦なくゴミ袋に突っ込む。

 そもそもいい年の大人がクマのぬいぐるみ、しかも新品、を後生大事に取っておくというのはどうなのか。これが小さい頃の思い出だからというならば、まあ置いておいてもいい。しかし明らかにこれは一年以内に買ったものだ。しかも買ったままの状態で置いてある。明らかに大事にしていない。

 路人の研究室が混沌としているのは、こういう要らないものが山のように置いてあるせいだ。そこで暁良は徹底した断捨離に打って出ている。

「凄いね」

「ええ」

 そんな二人のやり取りを遠目に見ていた翔摩と瑛真は感心しきっていた。今まで誰も成し遂げなかった片づけを、暁良はバイトになって僅か十二時間後には断行。今はもう路人の距離感をきっちり掴んでいる。

「ああ、それはダメ!」

 容赦なく捨てられていく状況に、ついに涙目になった路人が止めに入った。そんなに大事なものを捨てられそうになったのかと思えば、自作の変なロボットだ。

「要らないだろ?つうか、ちゃんと作れよ。これ絶対に動かないし」

「そんなことないもん!それにこれから改良するんだ!!」

 明らかに立場が逆転したケンカも、もはや見慣れた光景だ。路人は何とか暁良の手からロボットを奪い返し、大事そうに机に仕舞った。

「路人さんには押しの強い相手が必要だったとはね。しかも精神年齢が同じくらいである必要があったらしい」

 翔摩は楽しそうに戯れる二人を見ながら呆れていた。今まで路人がこんなにも人と関わった姿を見たことがない。しかも勝手にものを捨てられても追い出そうとしないのだ。まさに天変地異級の変化だった。

「そうね。これが路人にいい変化をもたらしてくれればいいんだけど」

 これが続くか。それが問題だと瑛真は腕を組む。長い付き合いの瑛真ですら、路人の性格をきっちりと掴み切れていない。だからこの後がどうなるか、全く読めなかった。

「それはダメ!」

 またしても路人の大声が響き、片付けは一進一退を続けている。今度は趣味で作っていたブロックを捨てられそうになったようだ。路人の手に、取り戻したスペースシャトルが握られていた。

「あのなあ。お前の部屋っておもちゃだらけだぞ!」

 そして暁良が怒鳴る。取り敢えず、今のところはいいコンビとなっていた。

「あのぉ、すみませぇん」

 そこに滅茶苦茶遠慮しているために、妙に間延びした声が聞こえてきた。翔摩と瑛真が入り口を見ると、声の通りに気弱そうな男性が立っている。着ているスーツは結構高そうだった。

「客だ」

「ええ」

 翔摩と瑛真の目がキラリと光る。これで今月の給料は払えるぞというわけだ。まさかの暁良のバイト継続により、緊急で資金源が必要だったのだ。普段の収入では追いつかない。

「どうかなさいましたか?」

 営業スマイルを浮かべた翔摩が男性に近づく。ここで瑛真が対応しないのは、その性格が影響している。くだらない依頼だったら路人に辿り着く前に瑛真が一蹴してしまうせいだ。よって、この三人の中でまだ社会性のある翔摩が接客係である。

「あの。こちらでロボット関連の相談を受け付けていると伺ったのですが」

 男性はそう言いつつ、目は路人と暁良のやり取りに釘付けになっている。こんな所に相談して大丈夫か。その不安がありありと表れていた。

「ええ。どんなトラブルも迅速に解決。どのメーカー、どのロボットにも対応。場合によってはアフターサービスも実施しています。まあ、中で」

 翔摩はそんな男性に逃がしてなるかと説明をする。この営業文句は事前に用意してあるものだ。ここさえしっかりしておけば後は誤魔化しが効くことを、翔摩は学習済みだった。

「そ、そうですか」

 男性は不安な割には営業文句に負け、中へと歩を進めた。ロボットが普及した現在だが、メーカーや種類を問わずに対応してくれるところはここ以外にない。

「はあ」

 一方、一仕事終えた翔摩は溜め息が出る。こういう作業は、以前の嫌な思い出を蘇らせて嫌なのだ。しかし路人のためと我慢してやっている。

 翔摩は男性を、今までは隙間でやっていたのとは異なり発掘されたソファに案内して、相談受付を始めようとする。しかしまだ二人が騒がしい。

「博士!お客様です!!」

 そこに瑛真の一喝が入り、路人と暁良の動きが止まった。ついでに気弱な男性の動きも止まる。

「はあ。もう」

 何だか俺の苦労が増えていないか。そう疑問になってしまう翔摩だった。






 改めて相談の席となり、男性はようやく名刺を出して名乗ることが出来た。

「KSR株式会社で社長秘書をやっております、戸田良祐と申します」

「どうも。一色路人です」

 ソファに座った路人が名刺を受け取り、そう名乗った。その後ろには翔摩と瑛真、さらに暁良が並んで立っている。その四人の視線に、戸田良祐は困惑の表情を浮かべていた。

 ようやく仕事らしい仕事だなと、暁良からすれば初めての客で、一体どうなるのか興味津々という状態だった。しかし路人は名刺をポケットに仕舞ってしまい、その先の会話が途切れてしまう。

「あのぅ」

 どうしたらいいんだと、戸田は翔摩を見る。やはり客の対応の総ては自分の仕事かと、翔摩は路人の横に座った。

「KSRといえばロボットで有名ですよね。どうしてうちに依頼を?」

 的確な質問に戸田がほっとした顔になる。

「実は依頼はうちの製品ではなく、社長の桂木が個人的に使っているコンシェルジュロボットについてなんです」

「ほう」

 翔摩は頷くと瑛真にどういうものか調べるよう目で指示した。コンシェルジュロボットの依頼は初めてだ。すると瑛真が早速タブレットに情報を打ち込もうと構える。

「どこのメーカーのものなのか、それが解らないんですが」

 そんな瑛真に、戸田は申し訳なさそうに言った。

「どうしてです?購入した社長が知っているのでは?」

 瑛真はそんなことはないだろうと眉を吊り上げた。その顔は非常に怖い。

「正確に申しますと、ベンチャー企業の作った物で、しかもそこが潰れてしまった後なのです。社長はその会社の名前を覚えておらず、どこのものか解らなくなってしまった、というわけでして」

 気弱な戸田はそれだけで白状してくれた。これは確かにここにしか依頼できない話だろう。

「今やロボットと人工知能関係のベンチャーは多いからな。そういうあんたの所もベンチャーじゃなかったっけ?」

 急に口を開いた路人が放った質問に、戸田はもうベンチャーというほど小さな会社ではないのですがと、こいつは大丈夫かと疑いの目を向ける。

「そうなんだ。別にどうでもいいんだけどさ。何があったわけ?」

 段取りが面倒になった路人が勝手な質問を始めてしまう。こうなると翔摩の出番はなしだ。肩を竦めて見守るしかない。

「その。内蔵されている人工知能のトラブルだとは思うんです」

 あまりに適当な路人に、戸田は話していいものかと躊躇っている。それはそうだ。瑛真や翔摩とは明らかに信頼度に差がある。しかしこういう対応の差に、路人は話す気がないならば帰ればと冷たくなった。

「おい、路人」

 さすがに拙いだろうと、高校生でも思う暁良が諌める。社会性のなさって恐ろしいなと思う瞬間だ。

「だって、話したくないんでしょ?何があったか解らないのに解決なんて出来ないよ。俺はもう飽きてきたし」

 路人はそう言うと立ち上がろうとした。これに慌てたのは、暁良でも翔摩でもなく戸田だった。

「すみません。その一色先生のお噂は知っていたのですが」

「――」

 その一言に、より路人の顔が険しくなった。これに暁良はおやっとなる。しかも先生?何だか謎だ。

「それで、何?」

 そこまで知っていて躊躇ったんだと、路人の顔が今までになく冷たい。普段ののほほんさが完全に消えていた。

 戸田は本物か疑っていたなんて言えるはずもなく、すぐに相談内容を打ち明けた始めた。

 いわく、登録したはずのない予定をコンシェルジュロボットが覚えて実行してしまう。勝手に予定の変更を加えてしまう――などなど、もはやコンシェルジュロボットとは言えない状態なのだという。

「ふうん。執事の代わりにって始まったロボットだよね。致命的欠陥か。それまでのトラブルは何かあったのか?」

 冷たいままの路人は、先ほどまでと打って変わったようにしっかり対応している。これに再び暁良は首を捻るしかない。こいつはただの社会から爪弾きにされた天才ではないらしい。それだけは解った。

「いいえ。今まで、というよりほんの一週間前までしっかりと動いていました。不正アクセスかと考えて調べたのですが、我々の力では及ばす」

 それでここに相談に来たのだと戸田は締め括った。恐ろしく気まずい空気が研究室の中に流れてしまう。路人はじっと戸田を見つめ、その内面まで探るかのように見つめていた。

「あの」

「まあ、依頼は受けてあげるよ。ただし、二度と先生なんて呼ばないでくれ」

「は、はい。それはもちろん。ありがとうございます」

 てっきり断られるかと思っていた戸田は、ぱっと顔が明るくなる。先生と呼ぶか呼ばないかなんて小さな問題だ。

「明日、そのロボットを見せて」

「はい」

 依頼は成立し、翔摩は本当に疲れたとへこたれそうだった。だから相談を引き受けるまでは自分がやるのにと、今回の展開になったことを恨んでしまう。

「なあ、路人って何者なの?」

 そんな翔摩に、この展開の原因の一端である暁良がこそっと訊いてくる。

「知らなくていいことだ。せっかく路人さんが気に入っているんだしな」

 しかし追い出すことは出来ないので、というかこいつのために受ける依頼なので、翔摩はそれだけ言った。まだ、路人に関しては天才的変人という認識でいい。

「――ふうん」

 その意図は暁良に伝わった。だから今回は引くことにする。それに、このままバイトしていれば解ることだろう。しかしただ変な大人だと思っていた路人の意外な一面に、暁良は何だかもやもやとしていた。

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