第一部 第6章 チェリー卒業?(3)

「もうこんな時間ですよ。余計な事はなさらず、早く寝てください」

  夕は然程飲んでいないものの、酔いがかなり回っている様子だ。

「おっさんが指図するな!眠くなったら寝る」

「すぐに就寝しないのであれば、私の今後のために、夕さんが『芸能界に入る経緯』の続きしていただけませんか?居酒屋でお話が尻切れトンボになってしまったので」

「構わん。でも、一つだけ条件がある」

「何でしょう?」

「俺を抱いたら話してやる」

「?は?何ですか?意味が分かりません」

「おい、俺を侮辱してるのか?そんな言葉を俺に二度言わせるのか?」

「い、いや、そんなつもりは全くありませんが、逆にそれは本当に困ります。出来るはずないでしょ!貴女は稀代の有名人じゃないですか!あり得ません!」

 生まれて初めて聡志はキレた。

「今日でチェリー卒業するんだろ?じゃぁ、別に問題ねえじゃねぇか」

「そういう問題ではありません。だいたい私のようなクズみたいな人間が此処にいるだけでも十分あり得ません」

「おっさん。じゃぁ逆に聞くが、一生チェリーのままでいいのか?この機会を逃すと恐らくそうなると思うがな」

「それでも構いません。そうなるなら、そういう運命だと思って生きて行きます」

「ほう、言うじゃねぇか」

 夕は鏡台の上にあるブザーを押した。すると、すぐにスイートルームの呼び鈴が鳴った。聡志が鍵のボタンを押すと重厚な扉が開き、先程のボーイが立っている。

「お呼びでしょうか?」

「ドンペリ持ってきてくれ」

「承知致しました」

 ボーイは会釈して去っていった。扉が自動的に締まっていく。

「呑みが足んねぇな」

 夕がポツリと言葉を零した。聡志の眼は泳いでいた。

 数十秒後、ボーイが氷の入ったステンレスの小バケツの中にもたれかかっているドンペリとシャンパングラスが2つ、それとフルーツの盛り合わせを小洒落れた

台車を押して持ってきた。早速、ボーイが挨拶をして出て行った。

「わかった。じゃあ、俺が話してから抱けばいい」

夕はドンペリを小バケツから取り出しグラスに注ぎ始めた。

「うーん、どっちみちさっきとあまり状況変らないですよ」

  聡志は少し噴き出した。

「なにぃ?」

 夕の顔は急に赤くなった。酒の酔いとは違う様だ。

「わかりましたよ。お話が聞きたいのでそうしましょう」

 聡志は夕の提案を一旦預かる事にした。

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