第一部 第5章 チェリー卒業?(2)

「え、六本木のお店に行かないんですか?」

「やめた。気が変わった」

「残念です。折角一生に一度行けるかどうかのお店に行ってみたかったです」

「そうか。また今度でいいだろ。店が逃げる訳でも無ぇし」

「まぁそうですけど。赤坂ですか。大人の街ですよね?」

「そうなのか?よく知らん」

「よく知らないのに行くんですか?」

「行っちゃいけない法律でもあるのか?」

「いいえ、そんな法律はありませんが、逆に私には縁遠い街ってことです」

「まぁいいじゃねぇか、おっさん。今日はおっさんの『初めて』尽くしの日だからな」

「そうなんですか?嬉しい限りですが」

 そう言っていると『キャピタル東京』なる、恐らく30階はあるビルの前にタクシーは止まった。

 夕はタクシー運転手に1万円をひょいと出した。

「あ、ありがとうございます。またのご乗車お待ちしております」

「あれ?現金お持ちなんですか?」

「あ、なんか上着のポケットに入ってた」

 ポケットにはまあまあの枚数の万券があるようだった。

 

タクシーはスーッと煌めく街へと消えていった。

「え、此処が『キャピタル東京』ですかぁ。驚いたなぁ。こんな豪勢なホテルが有るんですね。では、此処にご宿泊ですね」

「ああ」

「では、私はここで」

「何言ってんだよ、おっさん!お前、俺の付き人だろう?付き人は四六時中傍に居るもんだろうが」

「ですが、私こんな凄い所に泊まるような人間ではありませんし、第一変な誤解をされますよ」

「いいじゃねぇか、問題ねぇだろ。そもそも、おっさんと居たって誤解にも何もならねぇに決まってるだろ?」

「まぁ、それはそうですけど。でもいいんですか?私みたいのがこんな所に居ても」

「まぁいいから、いいから。このホテルにも一生掛かっても泊まれねえから、な」

「わかりましたよ。どうなっても知りませんよ」

「そうなったら、その時考えればいいだろ?虎穴にいら、いら何だっけ?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ」

「流石は無駄知識の宝庫」

「無駄は無いでしょう」

「まぁ、取り敢えず行ってみようや」

「うーん、わかりました」

  結局、夕にほだされて高級ホテル『キャピタル東京』泊まることになった。


「凄いですね、玄関から違いますね」

「玄関じゃなくてエントランスな」

「はぁ」

 ベルボーイが聡志の、ぼろぼろで何が入ってるか分からない、その割にやけに膨らんでいるバッグを運ぼうとする。

「ようこそキャピタル東京へ。お荷物をお部屋までお運び致します」

「あ、あぁすみません」

  聡志はいつに無く恐縮している。片や夕は手ぶらである。夕は手慣れた感じでチェックインを済ます。しかし、ルームキーは一つしかも持っていない。

「あれ、鍵一つしかお持ちでないんですか?」

「ん?悪いか?」

「悪くは無いですが、私はどうすればいいんでしょうか?廊下にでも居ればよろしいですかね?」

「そんな事、俺がさせる訳ないだろ?それこそ、変な誤解が生まれるだろうが」

「と、言いますと?」

「俺と同部屋だ」

「は?ご自分で何を仰ってるか分かってます?」

「勿論分かってるさ。同部屋だと何か不都合があるのか?おっさんにとっては何もないだろうが、俺にとっては多少何かがあるかもだけどな」

「い、いやそんなレベルの事では無くてですね・・・」

「何をごにょごにょ言ってんだ!行くぞ」

  夕が持っている鍵はペントハウスのスイートらしく、特殊な鍵の形状をしている。1泊ン十万円はするという相場の様だ。勿論、聡志はそんなことはつゆ知らず

ホテルのボーイがエレベーターの扉を全開にして待機している。二人をエスコートする様だ。重厚感のあるエレベーターは、夕と聡志ベルボーイを最上階まで運んで行く。エレベーターにその階のボタンは無い。

  数秒で最上階に到着した。エレベーターを降りてすぐ右手にあるその部屋は、これまた重厚な扉を全開で二人を招き入れている。

「へー、すごいですねぇ。生まれて初めてこんな豪華なお部屋を見ましたよ」

「そうか。まぁ、そうかもな」

  二人はその部屋に入っていくと、自動的に部屋の扉が閉まった。

「部屋の中も凄いし、広いですね。いつもこんな豪華な所にお泊りになるのですか?」

「たまにな」

「やっぱり、私には釣り合わいし良く眠れそうもないです」

 聡志は扉に向かって外に出ようとする。

「おっさん、残念ながらその扉開かねぇぜ。鍵は俺が持ってるし」

「え~困ったな。うーん、では私は貴方が寝るまで起きてます」

「それじゃ、逆に俺が眠れん」

 時刻は日が改まり1:30前になっていた。

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