第一部 第4章 チェリー卒業?(1)

「おっさん、鬼オモロいなぁ」

 夕はウーロンハイを既に3杯目を飲んでいた。彼女は結構な酔い具合で言うほど酒に強い訳では無いようだ。

「そんなことないですよ。ただ、ありのままを言ってるだけです」 

「しかし、その歳でチェリーで更に死のうとして死にきれないなんて、変な小説のネタにも出て来ないぜ。正に存在のガラパゴス諸島!」

「ガラパゴス諸島ってどういう意味ですか?」

「要は貴重な存在ってことよ。いい意味ではない方のな」

「そうですかねぇ。自分ではよく分かりません」

 夕はグラス片手にけらけら笑っている。

「そういえば、電車の中で芸能界に入った経緯を話そうとしていましたよね?よかったらお聞かせ願いませんか?」

「そんな事言ったか?」

「話の途中でしたが」

「そうか。どの辺まで話ったっけ」

「確か親御さんが韓国に行って亡くなられて、それから犯人を捜すためとか言った辺りでしたかね」

「うーん、どうするかな。おっさんがどうしてもって言うなら話そうか」

「単に個人的興味ではないですよ。まがいなりにもあなたの付き人ですから知っておかないと、と思います」

「じゃあ、話そうか」

  夕はウーロンハイのコップをことりとテーブルに置くと、体が左右にぶれながら真剣な眼差しに変貌した。聡志はこの辺が芸能人なんだろうかと唾をのみ込んだ。

「高校に入って『朴佑杏』(パクユアン)と言う同級生と出会った所まで話したか」

「そうですね」

「彼女は俺の両親が死んだ『仁川』(インチョン)という、ソウルに近い都市出身だった。だから、俺は最初はその出身地の興味から友達になろうと思った」

「ええ」

「流石にのっけから両親がどうのって言うと重いだろ?だから、別に『友達のふり』をするつもりはなかったが、それがないとも言えない状況だった」

「ええ」

「彼女と俺は16歳の高校1年だったが、もうすでに彼女も芸能界に足を踏み入れていた。毎日学校で顔を合わせる訳ではなく、うーん、そうだなぁ週1くらいだったかなぁ、学校で顔を合わせたのは」

「ええ」


「お待たせしました~。若鳥のからっと唐揚げ2人前です」

「なんだそれ。俺頼んでないぞ」

「私がオーダーしました。実は大の唐揚げ好きでして。よかったらどうぞ」

「にんにく臭いから要らん」

「そうですか?寝れば臭さは抜けますよ。栄養つけないといい仕事できませんよ」

「うっせぇな。第一おっさんが言うべきことではないだろ」

「失礼しました」

「なんか興ざめしたな。この話はまた今度な」

「はい、構いません」

「そのおっさんの唐揚げ喰ったら場所変えるぞ」

「はい。承知しました」

 夕は唐揚げをうまそうにつまみながらそう言った。


「まぁまぁだったな、居酒屋も」

 店を出ると、夕はそうぶっきらぼうに言った。

「それはよかったです」

「まぁまぁ」ならそこそこ満足したんだと聡志は受けとめた。

「次はどんなお店なんですか?」

「おっさんが一生かかっても行けない店だ」

「そうですか。それは至極幸せです。そのお店はどこにあるんですか?」

「六本木」

「では、新宿からだと電車で・・・」

「電車じゃねえょ、おっさん」

 夕は徐に靖国通りの横断歩道手前で右手を挙げてタクシーを止めた。

「電車乗るのは暫く休みだな」

そう言いながら夕はタクシーに乗り込む。続いて聡志が乗り込む。

「六本木まで」

 徐にタクシーは走り出す。

「恥ずかしながら、東京で初タクシー乗車です」

「おお、そうか。これから向かう店もお初だから『初めて』づくしだな。ついでにチェリー生活も卒業だな、あはは」

  聡志はポリポリ頭を掻いている。

 タクシーは国道319号線を経由して、一路六本木へと向かう。夕は車内でも終始ご機嫌である。その理由はよく分からないが、今までに会った事の無いタイプの人間と久しぶりに話せたので新鮮だったかも知れない。

「あんまり騒ぐと運転手さんに迷惑ですよ」

「いいんだよ、おっさん。お金払うんだからさ。ねぇ、運転手さ~ん?」

「はぁ」

「だったら、次のお店で騒ぎましょうよ」

「いいじゃねぇか、別に。そうやってチクチク言うから未だにチェリーなんだよ!ねぇ~運転手さん?」

「はぁ」

 運転手は半笑いで、噴き出すのを堪えている。

「そんな事関係ありませんよ」

 聡志は少し切れ気味に答えた。

「何だよ、おっさん。切れてんのか?」

「いいえ、別にそんなことはありません」

「え~!いま若干切れかってたろ?いいじゃねぇか切れたって。たまにはそういう所も見せねぇとこの世界やっていけねぇぞ!」

「だからそんな事ないですって」

「なんだよ、面白くねぇな」

「私の言いたいのは『品行方正』までは言いませんが、貴女は有名人なんですから、どこで何をしていても注目されるわけです。だから自分の価値を下げるような行動や言動はなるべく慎んだ方がいいという事です」

「それがつまらんと言ってんじゃねぇか。わからんのか?おっさん」

「芸能界がどういうものかは、今の私にはわかりません。ですが、息長く活躍するためには、良くはならなくても悪くならない方がいいと思います」

「お説教か?つまんねぇな。運転手さん、六本木でなくて赤坂に向かってくれ」

「あ、はい。赤坂のどの辺でしょう?」

「キャピタル東京」

「承知しました」

 聡志はその「キャピタル東京」が何なのか分からずにいた。

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