第25話 リュック、最後の戦いへ

 その前蹴りは、馬の蹴りに等しい。


 普通の人間が腕で受けたら骨折。 胸を蹴られようなら、アバラが折れ蹴られた部分が陥没するだろう。


 蹴りを掻い潜り、懐に潜り込んでも丸太のような腕を丸太のように振り回してくる。


 だが、一番怖いのは、それらの暴力的な攻撃に潜ませて、視界の外から体に巻き付いてこようとする触手だ。


 何度、切り払っても再生する触手。厄介なことに痛覚がないようだ。


 「だったら、再生させなければいい――――ファイア!」


 正確に触手を打ちぬいたリュックの炎魔法。


 引火した触手が一瞬で燃え上がる。

 

 「GO……?GOGOGAGAGAGA!?!?」


 燃え上がる二本の触手にゴブリンの主も冷静さを失った。


 そりゃそうだ……


 無限に再生する触手は炎の燃料。自分の背中に消えない炎がつけられたようなもの。

 

終わる事のない熱から逃げるように地面を転がり始めたゴブリンの主。


もはや、それを仕留めるのは容易であり……ゆっくりと近づいたリュックのナイフが煌めいた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「この時期にダンジョンに入って主を討伐したのですか!?」


町に戻ったリュックは冒険者ギルドに討伐報告に向かったのだが、思いのほか受付で驚かれた。


 「なんて無茶を」とギルド内にいた人々は呆れ半分。もう半分は称賛だった。


 気が付けば、リュックは町を代表する冒険者になっていた。


 魔法で強化された肉体で前衛をこなし、遠距離からでも精密射撃の魔法攻撃。


 もう彼の事を最弱と呼ぶ人間は存在しない。


 リュックが、あのダンジョンに挑んでから、僅か1か月での変化だった。


 かつて熱望した立場にリュックは立っている。けれども――――


 満たされない。


 あの日から、明日で1週間が経過する。


 再び、塔への入り口が開いた時、リュックは親友カイトと―――


 永遠の決別を迎える。


 ダンジョンに潜り、主との戦いは1日で癒えるものではないだろう。


 しかし、その痛みと疲労感が不思議と心地いい。


 それは自分への罪と罰なのだから……


 ギルドから家への帰り道。 ふいにリュックは夜空を見上げ、月を見上げる。


 「僕は知ろうとしなかった。 カイトがどこに住んでいるのか? どんな生活をしていて……


 だから! だから……気づかなかった。 彼が破滅に進んでいる事に……


 僕が、僕なら気づけたはずなのに……」


 そう呟く、彼の瞳に涙が零れ落ちるのを見る者はいなかった。


 そして―――


 翌日の夜。


 寝静まった母親に「行ってくるよ」と最後の挨拶を行い、リュックは家を出た。


 もう二度と、家の扉を潜らない。そういう覚悟を決め、あの場所へ――――


    

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