最後の戦い
第23話 異常な魔物が君臨していた
そこは初心者向けのダンジョンだった。
出現するのは少数のゴブリンだけ。
普段なら、真新しい装備に身を着けたルーキーたちが慎重に、おっかなびっくりしながら進む。
そういうダンジョンだった。
だが、ある時期を迎えると初心者向けダンジョンは使用禁止期間を迎える。
そう―――
ゴブリンの繁殖期だ。
実際にゴブリンなんぞに繁殖期があるのかは、専門家でも意見は分かれている。
しかし、この時期のゴブリンは狂暴化しているのは明らかだ。
最弱の魔物とカテゴライズされる彼も、警戒心も強くなり、子供サイズだった体の発達もよくなる。 数も増え、心なしか知能も上がっているような気すらする。
そんな場所に初心者冒険者に向かわせるわけにはいかない。
中堅冒険者だって嫌がる。 上級者は、今更になってゴブリンと戦うモチベーションはない。
だから、この時期の初心者向けダンジョンは立ち入り禁止。 出入口を封鎖される。
皮肉にも、それがゴブリンの繁殖と成長の温床となっている事に気付いている者は少ない。
そんなダンジョンに忍び込み、疾走する影が1つ。
リュックだった。 その背中にはトレードマークとも言えた荷物はない。
今の彼が持つのは、切れ味と耐久性に特化した高額なナイフが一振り。
なぜ? 魔法を有したとは言え、ハーフリングとヒューマンのハーフである彼の身体能力は著しく低い。 そのはずではないのか?
しかし――――
目前にゴブリンが現れる。 その数は……3。
ゴブリンとは別種類と見間違うような大きさ。獰猛的に威圧して襲い掛かってくる。
だが、彼らはリュックの姿を見失う。
この時のゴブリンたちの心情を訳すと――――
「GOBU? GGGOGGO!?」(消えた? そんなバカな!)
「GOGO!GOBUGOBUGOUBU!」(落ち着け! 奴らは時として摩訶不思議な術を使う。きっとそれだ!)
爆発的に知能が上昇しているゴブリンたちですら、リュックの居場所に気付かない。
リュックは気配を消し、ダンジョンの天井に逆さで張り付いてた。
そして、重力に従って落下を開始。
頭上から襲い掛かってくるリュックの姿にゴブリンたちは驚き、思考が停止する。
斬。
落下の速度のまま、袈裟切りの一振りは、ゴブリンの肩口から反対側の腰まで切断。
ゴトリと胴体が滑り落ちて、ゴブリンは初めて自分が殺されたという事実に気付く。
「GUGU――――」と他の2体も大声でリュックを襲おうとしたが、できない。
なぜなら、すでにリュックの斬撃によって切り裂かれ、声を出した衝撃で体がバラバラになったからだ。
しかし、なぜ? リュックが、このような戦闘能力を有しているのか?
彼が、力の使い方に気付いたのは、あの塔の出来事。
目前でカイトの手によってアダムとイブが殺された直後だった。
不安的な感情と急速な戦闘準備。
それによって、身の丈合わない膨大な魔力が体を走り抜けた感覚がした。
魔力……本来のリュックが持つことができない後付けの力。 それは異物だ。
あれは異物だからこそ起きた拒否反応だったのかもしれない。
だが、その副産物として、リュックは全身に魔力を巡らせる感覚を手に入れていたのだ。
リュックが異常な身体能力を発揮しているのは疑似的な魔力による身体強化。
一歩、踏み込み、地面を蹴る瞬間に外部に向けて純粋な魔力放出。
それによって急加速。
この方法は、リュックが考えたものではない。
アダムが使っていた魔力放出。 それを自分用にアレンジした方法だ。
リュックがこの魔境と化したダンジョンを1人で挑むのは、この闘法を完全に自分の物とするためだ。
その塔から戻り、翌日には、このダンジョンに籠って2日。
およその感覚は身に着けた。 しかし―――
相手はカイトだ。
――――わかっている。 最初の階層で、あっさりと願いが成就してしまった事で考えない事にしていたが……本当はわかっている。
あれは撒き餌だ。 簡単に願いが叶うと思い込ませて、塔から離れなくするための布石。
だから、きっと……最後には――――
殺し合い。
2人の人間が殺し合う。生き残った片方が全てを手に入れる。
それはリュックの予想……というよりも確かな予感。
だから、身に着けるべきは接近戦、なおかつ1対1でカイトに勝てる戦闘術。
それも1週間の猶予で……
強化しているとは言え、ゴブリンを倒しても不安は払拭できていない。
だから、目指すのはゴブリンたちの王。 このダンジョンのボスともいえる存在。
そいつを探して、ダンジョン内を疾走しているのだが……
ようやく、それらしい場所を見つけた。
ダンジョンを進みながらも、休憩時に制作していた地図。
その全体図を眺めていると、明らかに不自然な空間が存在していた。
おそらくは隠し部屋。 おそらくはボスの住み家。
今、リュックは単騎でありながら、そのボスに挑む。
その隠し部屋の場所とは――――
「ここだ!」とリュックは、何もない壁を蹴った。
岩の壁のように見えていたそこは、ハリボテのように倒れた。
その先には空間が広がり――――
ゴブリンと言うには異常な魔物が君臨していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます