第22話 深紅の瞳を持つ阿修羅

 呼吸が止まってしまったような感覚。


 なぜ? と短い言葉ですら、息のように吐きだす事ができない。


 地面には、アダムとイブ。 その光景は酷く赤い。


 力を失い投げだされた四肢。 突然、糸を切られた操り人形のように無残だった。


 さっきまで、あんなにも人間だったのに……


 人間として笑い。人間として動き。人間として残虐だった2人。


 今は、もう人から物になってしまっている。


 リュックは、その惨劇を引き起こした人物に視線を移す。


 顔は返り血に染まり、阿修羅のように見える。 


 そして、赤いのは顔だけではなかった。 赤く染まった顔でありながら、さらに濃く深紅の輝きが瞳に宿っていた。


 それは、人間離れした瞳であり、


 とても――――


 とても――――



 綺麗に見えた。



 「なぜ……」とようやくリュックの口から言葉が遅れて発せられる。


 「なぜ、2人を? アダムとイブを殺した?」


 「……覚えているか? 俺の最初の願いを」


 リュックの詰問を無視したかのようなカイトの言葉。


 しかし、リュックは激高を飲み込み、記憶を探る。


 カイトが最初に叶えた願いは……


 『例えば、カイトさまは正しいことを突き進められる意思の強さ』


 「これが……こんな事が君に取って正しい事だって言うのか!」


 リュックは大きく距離を取る。 


 それは戦闘の距離。 反射的に、しかし間違いなく心がカイトとの戦闘を選んだのだ。


 体内の魔力をコントロールして、いつでも外部へ排出できる状態を整える。


 だが、カイトは、どこまでも無防備だった。


 「なぜ?」と再び問うリュック。


 その問いにカイトは答える。


 「もう俺の意識が保てられるは、この塔にいる時だけになってしまってな」


 「何を? 言っている?」


 「この目が赤く染まっている間、俺は自分が正しいと思った事を繰り返さないといけない存在に変わってしまったんだ」


 「だから、何を言っているんだよ!」


 「今の俺は、俺が悪だと認識した者を殺すだけの殺人鬼になっているんだよ」


 「――――ッッ!?」とリュックは絶句した。


 「悪を滅ぼす、正義を知らしめる。けど、世の中は、俺が思っていたよりも複雑だったよ」


 そう言うカイトの瞳から徐々に赤が抜けて、黒く変化していった。


 「もう、俺は殺人鬼だ。自分の意志じゃ抑えきれない。そこらへんに走る周る子供からですら――――悪を見出してしまう。

 自殺も考えたさ。 けど、やり残した事……最大の悪を残して死ぬことすらできなくなっている」


 「やり残した事って? 最大の悪ってなんだよ?」


 「この塔さ。俺は、最後に塔を破壊して俺の願いと終える……そのつもりさ。だから―――」


 だから、最後の階層ではお前が俺を殺してくれ。


 その言葉が耳に届いた時には、すでにカイトの姿は消えていた。


 取り残され、リュックは天を仰ぐ。 


 視線の先には塔の最上階。 そこから吹き抜けた青空が広がっていた。


 ただ……死にたくなるくらいに爽やかな青さだった。  

 

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