第14話 牛頭人身の断末魔

 リュックは思い出す。 長い道中、ダッカードが新たに祈った願いについて話だ。


 彼は最初、この塔について半信半疑だった。……いや、それは彼だけではなく、誰でもそうだった。


 願いを叶える。 それを鵜呑みにして、この塔へ挑んだ者がいるのかどうか……


 しかし、彼の、ダッカードの最初の願いは叶えられた。


 この衰えた肉体を全盛期の活力を―――

 

 それは、いとも容易く叶えられたのだ。


 ならば? ならば、どうする?


 ダッカードは真摯に考えた。 自信の真なる願いはなんだ?


 冒険者として、さらなる向上? さらなる名誉?


 いや、違う。


 ならば、やり直したい過去? 


 確かに意図せぬ別れはある。だが、それらは年月と共に色褪せ、どこか納得に等しい感情が芽生えていった。


 意図せぬ別れ? 


 あぁ、自分にもいた。 再び会いたい人物が……


 死別した最愛の妻。


 彼女ともう一度、言葉を交わしたい。 彼女にもう一度、触れたい。


 あぁ、真の願いは死んだ妻を生き返らせてほしいこと。


 そう新たな願いを手に入れた老兵 ダッカード


 「さらばじゃ、後輩ども」


 その言葉と共に命を散らした。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ダッカードの死を目前にリュックの内心はグチャグチャにかき混ぜられた。


 しかし、それで立ち止まったり、悲しみ、涙を零す余裕など許されなかった。


 カイトが倒した小型のミノタウロスは2匹。 つまり残り2匹が敵現存勢力。


 対してリュック側は3人。 数では勝っていても、前衛1人後衛2人の編成。


 加えて、足場が制限されているため、前衛1人で敵2匹を抑え込むなど、不可能な状態だ。


 だが、負けるわけにはいかない。 頼りない足場でカイトは駆け出し、1匹の足止めに成功。


 問題は、のこり1匹。


 突っ込んでくる小型ミノタウロスを後衛で、どう止める?


 マチダさんは魔力強化のため詠唱を必要としているタイプの魔法使い。


 言うならば固定砲台のような物であり、高い威力と引き換えに機動力と自衛力を持っていない。


 だから、止めるのはリュックの役割だ。


 リュックはマチダとは真逆の魔法使いタイプ。 高い機動力を有し、詠唱を不要とした魔法が使える。


 「ファイア!」と発動した魔法はミノタウロスの頭部を捉えた。


 だが、止まらない。 詠唱を不要とする事で速射性は高いが、その分威力に劣る。 その欠点が出てしまった。 ミノタウロスは、そのままマチダに向かって加速する。


 「ならば……ファイアEX」


 この日、2回目のEX化。 大量に内蔵されているはずの魔力が持っていかれる感覚。


 魔力とは、すなわち精神と直結した力。 それが失われると精神にも変調をきたす。


だが、その代償を払ってでも―――


EX化した炎の塊は強烈。


巨獣が踏み潰す如く、落下した火球はミノタウロスを押しつぶす。


肉が焼ける強烈な匂いと共にミノタウロスは動きを止めた。


勝った……しかし、これで終わらなかった。


「しまった!」とカイトの叫び声。


リュックが1匹と倒したことで油断が生じたのかもしれない。


止めていた最後の1匹がカイトと抜き去り、リュックたち後衛へ迫りくる。


対処しようにもリュックは大量消費した魔力の影響で体が動けない。


それどころか、力を使い果たして前のめりに倒れ始める。


手をつけば、そこは安全地帯である白線の外側。 巨大なミノタウロスが背後に現れ、リュックを葬り去るだろう。


 その時、何かがリュックの脳裏に過った。


 ミノタウロスと迷宮……


 生贄の牛と王妃の間に生まれた不義の子 ミノタウロス。


 迷宮に閉じ込められた彼は心まで怪物になりはて、人を殺して食らう存在となり……


 やがて勇者の手によって退治される。


 あれ? じゃ、この白線は何の意味があるんだ? 何かを示している。


 なんだ? まだ続きがあったはずだ。 ミノタウロスを倒した勇者は何をしたのだったか?



 『進め 進め 白い糸の上 


 内はよいよい 外には行くな


 色盲の王子がやってくるぞ 


 話を合わせて、出口を開けろ』 

   

 一瞬の中に老婆の歌声が頭の中で繰り返される。


 あれ? あれれ?


 白い線ではなく、白い糸の上?


 じゃ、糸ってのは一体どこにあるんだ。


 この時、迫りくる敵影もリュックの意識から消えていた。


 確信。 答えを引き当てた手ごたえ。


 ただ、それを証明するためだけに手を伸ばす。


「あぁ、決まっている。昔から相場が決まっている。白い糸を隠すなら、白い線の中だ!」


白線に仕込まれていた糸。 確かに、それを掴んだリュックは力を込めて糸を引いた。


それがどのような力の伝わり方をしたのだろうか?


 地面から引き出された糸は、迫ってくる小型のミノタウロスを縛り上げるだけでは終わらず、消えていた巨大ミノタウロスを顕現させ、動きを封じていた。


 「すまない。とどめは俺がもらい受ける」


 その声の主はカイト。 その宣言を果たそうと一振り。


 小型ミノタウロスのそっ首を切り落とし、むしろ速度をあげて巨大ミノタウロスに向かって飛翔。 高く飛び上がった。


 しかし、相手は牛頭人身 ミノタウロス。その巨大版。


 頭部をぶつけ合って戦う牛。 その強度と衝撃を抑える首の太さはそのままに……


 斬るならば、巨石を一刀両断するほどの技と膂力を必要とする。


 だが、カイトは裂ぱくの気合を上げての一振り。


 その剛腕と妙技は牛頭人身の頭部を切り裂くには十分すぎるほどだった。


 後にはミノタウロスの断末魔が響くだけだ。

 



 


 

 


 


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