第13話 老兵は死なず、ただ去るのみ

 「汗……そんな物まで反応するなら、服から落ちたホコリで攻撃なんてないよなぁ」とカイト。


 「さすがにホコリにまで反応するなら、何度も攻撃を受けているはずだよ」


 「誇りと埃をかけた死因なんぞ、さぞかしあの世でうけるじゃろうな」とダッカ―ドは豪気な笑い。


 「確かに、気温というよりも湿度が高い気がします。温度自体が罠というのは考えすぎかもしれませんが……」とマチダ。


 「それなら、みなさん」とリュックは背負った巨大リュックを器用にクルリと前に持ち帰ると「あーでもない。こーでもない」と内部をあさる。


 そして取り出したのは4枚の布。


 「これは、南の国で使われてる繊維でして、外部からの熱をカットしてくる素材。また吸汗性にも優れています」


 「そんなものが……でも、これお高いんでしょ?」とマチダ。


 「いえ、まだ一般レベルでは普及してないだけで、割と普通に流通している物なんで皆さん使ってください」


 「おぉ」と3人だけの歓声。 受け取ると同時に身にまとわりつける。


 確かに涼しい……気がする。 それに表面がサラサラしていて全身を覆っても不快感がない。


 これが現状、安値で手に入るなら、帰ったら買おうとリュックを除いた全員が思っていた。


 また一つ、小さくても死ねない理由が生まれた。



・・・


・・・・・・・


・・・・・・・・・・


今後、これ以上の罠があって当然と気を引き締めて進む4人組。


確かに罠はあった。 安全地帯である白線が蛇行しているとか、白線の幅が太くなったり細くなったり、それが目の錯覚を起こしてバランスを崩しそうななったり……


 逆に言えばなかったのだ。 予想外とか、困難と思うほどの罠は……なかった。


 精々、進みにくいとか、バランスを崩しそうになるとか、その程度の罠。


 ミスれば1発即死クラスの罠はない。 それはどうしてか?


 こうなってしまえば、この階層の本当のルールがわかってくる。


 これは耐久レースだ。 過酷な環境で長々と歩かせ体力を消費させる。


 極寒、試される大地。かと思えば砂漠。熱と風が視線を歪めさせる。 


 それを下の白線をしっかりと踏みしめて一歩一歩進んでいく。


 文字通りの踏破。 そして、徐々にゴールが見えてくる。


 それまで、ただただ広い空間と床に書かれた白線を進むだけだった。


 しかし、目前にはこの空間には明らかな異物のように扉が現れている。


 そして門番のように仁王立ちしている影が2つ。


 なぜか?


 「なぜかってそりゃ……出口の直前には守護者がいて、戦って去れって事だろ?」


 2つの敵影が駆け出してくる。 


 近づくにつれ、それがミノタウロスだとわかる。 ただし小型……人間サイズ。


 白線は挟むように左右2手に分かれて――――否。


 「後方からも2体! 新手がきてます!」


 「何!」と絶叫が上がる。 恐れていたこと、最後尾のマチダへの敵襲が現実となった。


 「ファイア!」とリュックは後方ミノタウロスの1体を狙って集中砲火。


 マチダも迫りくるもう1体を狙うが、如何せん詠唱に時間がかかる。


 彼女を庇うようカイトが前に出る。 


 1対1の状態タイマン


 しかし、安心はできない。 リュックを魔法を受けて怯んでいる、もう1体が強引に前に出る。


それを押し返すようにリュックは魔法の弾幕を張る。


 ガリガリと魔力精神が削られていくような幻聴。 


 いや、魔力だけではなく、高威力の魔法を放射する時に生まれる反動の力。


 それを抑え込むための筋疲労。 魔法を放てば放つほど、体力も消費していく。


 そして、このメンバーで最も消費が激しいのは老兵ダッカ―ドだ。


 2体のミノタウロスを相手に奮闘しているが……崩されるのも時間の問題。


 もしもミノタウロスに人並みの知性があれば、ダッカ―ドなど1体だけが相手をして、リュックを襲う。 そうするだけで、この膠着状態は簡単に終わってしまうのだから……


 だが、ここでようやくマチダの詠唱が終了する。 


 拘束効果がある風属性魔法。 問題はどこを狙うか?


 苦戦しているダッカ―ドを支援するか? ……いや、問題外だ。


 1体を吹き飛ばし拘束しても、そこ効果は10秒程度。


 その10秒でダッカ―ドが2体のうち1体を確実に打倒せねば無意味。


 ならば……リュックが足止めしている1体? いや違う!


 マチダの目前まで迫り、カイトが戦っている個体だ!


 吹っ飛ばされて、拘束されたミノタウロス。 


 そいつを素早くカイトが――――


 「まずは1匹」と処理をする。


 カイトは、さらに切り込む。 リュックが狙い撃ちしている2体目へ。


 白線の外に出るにも構わず、駆け抜けてくる。


 相手のミノタウロスにしてみたら、


 打ち続けられた魔法が一瞬途切れた事を感じただろう。


 その瞬間、黒い影が過った事を知覚できたか、どうか……


 「2匹め」


 「それから、3匹めだ!」とカイトは振り向いた。


 そこで初めて、気づいた。 どうして白線を越えても巨大ミノタウロスが背後から現れてこないのか。


 その答えは最前衛。 ダッカ―ドの足元には水たまりのような血が……


 老兵はそれでも笑いながら「さらばじゃ、後輩ども」と手を振っていた。


 その後、覚えているのはグシャという異音。 巨大なミノタウロスの一撃。


 老兵 ダッカ―ドは死んだ。


 

 

 

 

  


 

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